アジア・太平洋地域における総合エネルギーリーディング企業を目指すサイサンの海外戦略とは
埼玉県に本社を置く、株式会社サイサンは、国内有数のLPガス事業者だ。創業100周年となる2045年の目標は売上高1兆円。その原動力となるのは海外展開だという。加えて、国内での事業拡大や電力事業、脱炭素戦略など含め、代表取締役社長の川本武彦氏に話をおうかがいした。
「Gas Oneグループ 未来へ加速!」環境変化をチャンスに変える
―最初に、サイサンの事業全体の概況、および新型コロナウイルスによる影響についておうかがいします。
川本武彦氏:2019年8月期の連結決算では、売上高が前期比13%増の1,346億円、経常利益は38億円となりました。これは、海外事業の売上高が37%増の299億円となったことや、「エネワンでんき」ブランドで展開している電力事業の売上高が249億円と、前期比28%の大幅な増収になったことが主な要因です。
2020年はさまざまな業界で、新型コロナウイルス感染症の影響を受けています。当社も例外ではありません。外出自粛により家庭用のLPガスの売上は微増しましたが、業務用や産業用、自動車向けLPガスは減少しました。また、病院の受診者が減ったため、医療用ガスの売上も減少しました。
一方、ステイホームの影響によりミネラルウォーター宅配水事業「ウォーターワン」は、今年の3月から追加注文数が前年同月比で2.2倍になりました。また、CP価格(LPガスの原油価格)の下落が、増益のプラス要因にはたらいています。加えて、リモートやオンライン会議などによる移動・交通費の削減、また、イベントの延期・中止などにより営業コストも減少しています。そのため2020年8月末の決算では、減収増益となる見込みです。
さて、新型コロナウイルス感染症によってもたらされたものは、ひとつの未来のあり方ではないでしょうか。「Withコロナ」と呼ばれるスタイルは、まさに未来の姿だと思います。今月(2020年10月)、感染症対策を講じた上で延期していた今年度の入社式と、次年度の内定式を実施いたしました。入社式では初めてオンラインを併用し執り行いました。何もなければ遠い未来のままであったものが、パンデミックをきっかけに「未来が早くやってきた」と考えています。
2020年度のガスワングループのスローガンは「Gas One グループ 未来へ加速!」です。このスローガンには、時代の変化を常に先取りし、環境への迅速な対応により、夢のある未来に向けて加速し、自ら先頭に立って行こうという思いが込められております。現在、環境変化はすさまじい勢いで進んでいます。当社はこの変化をチャンスと捉え、挑戦していきます。
株式会社サイサン 川本武彦代表取締役社長LPガスの潜在的顧客は全世界で30億人
―近年の成長の原動力の1つとなっている、海外の事業展開の現状についてお聞かせください。
川本氏:当社は東南アジアを中心に得意とするLPガス販売事業を拡大してきました。近年では2019年6月にラオス、8月にはインドへ進出し、9ヶ国10社で事業を展開しています。(ベトナム、モンゴル、バングラデシュ、インドネシア、カンボジア、ネパール、タイ、ラオス、インド)発展途上国ではLPガスのニーズが高く、世界の人口77億人のうち未だ30億人が燃料に薪や石炭を使用しており、LPガスの潜在的なお客さまと言えます。
多くの途上国では、薪を取りに行くのは女性や子どもの仕事とされています。薪を取りに行くのには大変な労力と時間がかかる上、自然破壊にもつながります。また、薪が燃えて出る煤(すす)による健康被害も発生しています。こうした多くの問題を一挙に解決できるのがLPガスです。
世界LPガス協会(WLPGA)では、LPガスを「Exceptional Energy(卓越したエネルギー)」と表現しています。今の日本では実感が湧かないかもしれませんが、薪や石炭などを使っている途上国では強く共感されます。実際にLPガスを使ったお客さまからは「すすが出ず、便利で炊事場がきれいになった」「火をおこす大変な作業から解放された」という声をいただいております。
ご存知のように、LPガスには国際価格が適用されるため、発展途上国にとっては高価なエネルギーです。しかし、現地のお客さまからは、LPガスの方が安価との意見をいただくこともあります。というのも、薪の場合、火おこしは大変な作業ですから、一度火をおこすと暫くのあいだ消さずにそのままにしておくそうです。LPガスは点火・消火が簡単にできるため燃料の節約にも繋がり、結果的に安く抑えられるという話を聞きます。
こうした状況から、LPガスの世界的な需要は非常に高いと考えています。当社が長年培ってきた技術をもとに、それぞれの国の状況に合わせた供給方式や保安管理などのソリューションを提供し、今後も成長戦略の要諦としてアジア・太平洋地域の拠点拡張を進めていきます。
スタートアップとガスの量り売りに挑戦
―海外では「LPガスの量り売り」を展開していくそうですが、どういった販売方法なのですか?
川本氏:「LPガスの量り売り」は、海外のお客さまのニーズにお応えした販売方法です。海外ではLPガスの使用量を測定するガスメーターを取り付けていないため、LPガス容器を1本単位で販売しています。そのため、ガスを少量使用したいといった要望や、1本は高額で購入できないといった声を多くいただきます。そこで考えたのが「量り売り」です。
弊社は、2015年にケニアで設立されたスタートアップ企業であるPayGo Energy Inc.(以下、ペイゴー社)とパートナーを組み、アジア・太平洋地域において「シリンダースマートメーター」プロジェクトを立ち上げました。これにより、アジアの家庭に初めてスマホを利用したプリペイド式シリンダースマートメーターでのLPガス販売を展開してまいります。
ペイゴー社が特許を取得したスマートメーターは、お客さまのガスの使用量を正確に計測するIoTデバイスであり、お客さまはモバイルマネーで、使用したい分だけ少額ずつガスを購入することができます。
LPガスの容器に取り付けた専用装置。スマホで注文した量だけ使えるようシリンダーで制御する。これまでガス事業者にとって料金回収は大きな課題でしたが、前払い方式にすることでこれもクリアできました。また、残量チェックも遠隔でできるため、確認のために社員を派遣する必要もなくなりました。残量管理を自社で行えるようになったことは大きな利点です。加えて、GPSを内蔵した機器を使用するため、LPガス容器の紛失のリスクも低減します。
この機器を使用することにより、薪などを燃やして煮炊きの生活をしているお客さまへ初めてLPガスを使う機会を提供できるだけでなく、既にLPガスを利用いただいているお客さまには、プレミアムなサービスの提供が可能になると考えております。まずは、既に販売事業を展開している9ヶ国での流通、および小売りネットワークと現地で培ったノウハウを活かし、このプロジェクトを進めて参ります。
―海外展開に取り組んだきっかけはどのようなものでしょうか。
川本氏:約50年前に韓国へLPガススタンドの設備を輸出したのが始まりです。その頃から、将来は海外でもLPガス事業を展開したいという想いがあり、今日の展開に繋がっています。例えばモンゴルでは、自動車の排気ガスなどによる大気汚染がひどいため、解決策のひとつとして、環境に優しいLPガス自動車の普及を支援するべく、LPガススタンドを17ヶ所展開しており、市場シェアはトップを維持しています。
海外事業はパートナーとの縁があってのものですが、求められるところがあれば世界中どこへでも進出していきます。
長年にわたり積み重ねてきた信頼で「地域一番のエネルギーパートナー」になる
―国内事業についておうかがいします。
川本氏:LPガス事業では、昨年新たに岩手、滋賀、広島、佐賀の4県に、電力事業では愛媛、大阪に進出しました。これにより、全国28都道府県に事業を拡大しています。いずれは全ての都道府県に進出できるように引き続き規模拡大に注力していきます。
国内は人口減少が進む中でビジネスを拡大していかなければなりません。ガス単体ではなく、電気や灯油、水といった商材を組み合わせることで他社との差別化を図り、売上を伸ばしていきます。また、代理店制度にも注力し、地域のパートナーに協力いただきながら進めてまいります。
―「エネワンでんき」ブランドで展開している電力事業について状況をお聞かせください。
川本氏:エネワンでんきは、全国全ての電力管内で販売が可能になり、グループ全体でのお客さま件数は24万件を超え、LPガス業界ではトップを維持しております。
電気の販売が拡大した要因には、LPガス事業や関連事業を通じて、地域密着型企業として長年にわたるお客さまとの信頼関係が固い絆になったこと、加えてガスワンブランドの浸透による安心感などが挙げられます。その結果、「電気もサイサン」に任せようとのご判断を賜った結果だと考えています。
―電力事業に取り組むきっかけというのがあったと思います。
川本氏:2001年1月に私が社長に就任した時に、「21世紀は規制緩和がさらに進みボーダレス社会になる。LPガス業界も近い将来、都市ガス業界との垣根が無くなりガス業界へと変化し、やがて電力も含めたエネルギー業界へと変革していく。集中から分散へ、そして複合化がエネルギー業界のトレンドであるならば、21世紀は我々にとって大きなビジネスチャンスが広がる世紀である」と話しました。
その流れの中で、2003年に“ガスワン(Gas One)”というブランドを作りました。その基本となる「ガスワン憲章」の中でガスワンとは何かというところを述べています。基本は「お客さまにとって最も身近なホーム・エネルギーパートナー」がガスワンである。
その時の認識は、ホーム・ガスパートナーではなく、「ホーム・エネルギーパートナー」という考え方です。そもそもお客さまは便利な生活をしたい、美味しい料理を作りたいという、その結果としての熱源がLPガス、都市ガス、電気、灯油だったりします。生活形態やその地域の気候や家族構成によって、エネルギーは様々なベストミックスがあると思います。ガスワンは、お客さまの立場に立っていろいろなエネルギーを供給できる事業者ということです。
これまで、電力会社は電力を売ることだけを考えてオール電化を勧め、我々は何とかガスを売ろうと努力してきました。しかし、エネルギーにはそれぞれ特性があり、お客さまの立場に立ったベストミックスを提案するホーム・エネルギーパートナーになろうと目標を立て、事業を進めてきました。
電力の自由化は我々が望んでいたことでもあり、社員もやる気満々で“待っていました”という感じです。外からは新規事業に見えるかもしれませんが、我々からするとずっと待っていたことであり、それほど違和感はなかったですね。
エネワンウェブサイトより環境保全活動支援で地域貢献
―創業100周年となる2045年には、売上高1兆円が目標だとおうかがいしています。
川本氏:2045年の創業100周年に向けてThe Gas One Vision2045「我が国を含め、アジア・太平洋地域において総合エネルギー・生活関連事業でリーディング企業になる」を掲げています。その中の数値目標として、売上高1兆円を目指しています。過去、100億円から1,000億円を達成するまでに42年を要しました。今回1,000億円から1兆円を目指すには25年しかありません。しかし、明確な目標を掲げることで、グループ会社を含めて各部門・支店で目標とする数値を逆算して達成方法を試行錯誤できます。引き続き、お客さま第一主義と凡事徹底の理念のもと、社員と共に一歩一歩前進してまいります。
―以前から環境保全活動の支援にも力を入れています。
川本氏:「公益財団法人サイサン環境保全基金」を設立して、今年で23年になります。当時、環境保全を目的とした財団は少なく、地域の環境保全活動への助成や寄付は先進的でした。専門家から意見を伺いながら助成基準を策定し、環境にとって本当によいこととは何かを考えながら活動を続けてきました。そして、これまでの取り組みを評価いただき、平成29年度「彩の国 埼玉県環境大賞特別功労賞」を受賞することができました。受賞団体の中には当財団が支援している団体も多くあり、活動を続けてきた成果ではないかと思っています。
―脱炭素に向けた取り組みはいかがでしょうか。
川本氏:再生可能エネルギーに関しては、メガソーラーに加えて、森林間伐材などを燃料としたバイオマス発電事業への投資や、風力発電の検討を進めています。
(Interview:本橋恵一、安達愼、Text:山下幸恵、Photo:関野竜吉)