3月28日、日本経済新聞は「脱炭素へ石炭火力の輸出支援停止 政府、米欧と歩調」と大きく報じた。しかし、同日、加藤官房長官は報道を否定。この一連の動きの裏には、なにがあったのか。元外交官、前田雄大の分析をお送りする。(エナシフTV連動企画)
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先日、ブリンケン米国務長官の訪日の際、アメリカ側からの脱炭素プレッシャーが半端ない、ということを詳しくご説明しました。
4月22日のアメリカ主催の気候リーダーズサミットまでに「(脱炭素を)もっとやれ」と言われ、宿題を日本として背負った。その宿題の第一陣は、4月上旬の菅総理訪米の際に土産としてもっていかないといけない、ということでした。
そうした中、やはり来ましたね。本決定ではまだないですが、日経が報じました(3月28日)。内容としては以下の通りです。
今回の発表、日本政府の腹積もりがどこにあるのか。やはりバイデン政権発足が大きいのだと思います。2月の段階で、ケリー米大統領特使と小泉環境大臣の電話会談の段階で、石炭火力は話題に上っていました。そして決定打は前述のブリンケン米国務長官の先日の発言でしょう。
日本政府としてはおそらく、バイデン政権発足時点で、元々「お土産」として、こちら調整をしてきていたのだと思います。が、この前のプレッシャーもあり、内々準備していたものについて、情報をいま露見させることで、「僕ら脱炭素やっています」感をPRせざるを得なかった、そんなところだろうと思います。
今回政府が取った手法は、政府あるあるです。最初にメディア(今回は日経)を一本釣りして報道させ、世間の様子を見るというやり方です。
検索画面を見ていただくとすぐにわかります。日経だけが10時間前に報道、他の報道機関は「これは大ニュース!」と思って問い合わせ、そこで情報を仕入れて報道する、という格好です。
最初の日経の報道を見ると、構造が良く見えます。注目すべきは「複数の政府高官が明らかにした」というところです。では、この「複数の政府高官」とはどこの省庁のだれなのか?
日本政府は石炭火力発電所の輸出支援について、新規案件を全面停止する検討に入りました。世界的な脱炭素の流れを背景に、インフラ輸出の柱と位置づけてきた戦略を転換します。https://t.co/IaH1eFv7b8
— 日本経済新聞 電子版 (@nikkei) March 28, 2021
本来、政府は本決まりになるまで、物事を発表しない、という原則があります。ただ、省庁によってはこのように小出しにしてくる時があります。特に世間から反対がありそうなテーマについて。あとは(これはくだらないですが)省庁の間の主導権争いで、自分たちがこのタマを動かしている感を出したいというときなどです。
外交は相手との関係があるので、このような形で情報を出してしまうことはご法度です。今回に関しては、外交というよりも内政寄り、というところが大きいとみられます。
今回の報道は関係する省庁が多いので、調整は内閣官房のところでやっているとは思います。経産省、外務省が関与していて、また、国際協力銀行の支援の文脈もあるので、財務省も関与、脱炭素ということでどこまで深くかは別として環境省も入ってきていると見て間違いないです。
環境省は脱炭素ポジション、外務省も日米の関係からは今回は脱炭素ポジション寄りでしょう。財務省はこの件に関してはニュートラルです。
経産省はこれまでは炭素(石炭火力発電)を守る側だった上に、今回も経産省は守る側にいることが実態、だとは思います。
ただ、経産省は実態とは別に、どうにか「脱炭素の旗をこれまで振ってきたのは自分たちである」という印象を打ち出したい、そういうところもあると思います。世界がこれだけ脱炭素ですからね。
では、この情報を漏らした主体は誰か。
先ほどお伝えしたように、外務省はめったにこのような漏洩は体質上しません。財務省もお堅いところだとして、誘因をもつことと、普段の傾向からして、政府高官は経産省、それからその筋の官邸職員だろうなと個人的には見ています。
今回の報道の狙いは3つあります。
一つはやはり、脱炭素がこれだけリアルな潮流になってきた中、早い段階で世界にPRしておかないとまずいと思ったというところです。ブリンケン米国務長官から「do more」もっとやれ、と言われた、そこに対して「やってますよ~」というのを小出しにしたかったと。
海外でもロイターが報じており、そこまで計算しているでしょう。逆に言えば、それだけ追い込まれたということです。
二つ目、僕は本当にくだらないと思うのですが、どこの省主体でやっているのかというところを各方面に見せておきたいというところがあるんだろうなと思います。
これはバイデン文脈もあり、官邸の話しですから、官邸に対しての存在アピールもあるんだろうな、と。アメリカに対しても、アピールになるかどうかは別として「うちの省庁が」との狙いがきっとあるのでしょう。
日経を一本釣りして、複数の政府高官が今後のスケジュール感も含めて話をして報道に出た。ちなみに、最初に内容を紹介したように、外交上どうするつもりかも含めて漏らしています。外交筋は日米文脈は機微で、絶対にここはメディアに話さない。今回の漏らし方を見ると、あぁ、いつもの感じであそこが漏らしたか、というところですね。正直、これは他の省庁の土俵を荒らしているのでよろしくないです。
で、3つ目の狙い。国会を含めた日本社会の反応の様子見と道筋形成です。
日経が報道すると各社新聞社は問い合わせをする。問われれば「脱炭素については世界の潮流を踏まえて重要であると考えており、石炭火力の方針については不断に見直している」というような回答ぶりを用意しているのでしょう。
なので新聞各社は日経以上の報道は出せない。
国会でも聞かれるわけです。そこもうまくさきほどのようなラインでいなしながら、政府内調整と産業界調整を同時並行でして、政策意思決定。アメリカには訪米の際に内々伝達をしていく。
それで菅総理の実弾として、気候リーダーズサミットで政府発表をする。それ以後の国会答弁やメディアには、この「新規案件」については停止、というところを述べていくという算段です。
ちなみに、今回の隠れたポイントはもう一つ。今回はあくまでも「新規案件」への停止。すでに案件を仕込んでしまったものについては、「新規」ではないという整理にするかどうか。まだ案件の着工が始まっていなくとも、すでに案件調査等が行われている、ないし、相手国政府と何かしら発表をしているものについては、「新規」ではないとして、そこは支援対象になるのだと思います。
今回の発表に至った経緯と、その影響、実はここにこそ日本の脱炭素の遅れがある、と思います。
石炭火力の輸出方針については世界の脱炭素潮流が本格化するかも、と政府が思った2020年7月に方針改定がされています。
この時の報道として、「石炭火力輸出支援」を「原則行わない」という内容となったと報じられましたが、我々専門家の目からしたら、何も変わっていなかったと。ここは当時もエナシフの記事に掲載しています。
2020年7月以前からも、石炭火力の輸出方針は、石炭をエネルギー源として選択せざるを得ないような国に「限り」、支援するとしていました。つまり、そもそも「石炭以外の選択を選べる国は支援の対象外」としていたのです。
この方針は2018年初頭から国会答弁を初め政府が使いだした内容です。つまり今回の変化の根源は実は2018年初頭にすでにあったと見ていいと思います。
石炭火力発電所はフェードアウトへ
というのも脱炭素については、2017年くらいからはすでに兆候として明確になって、かつ、世界の明らかなるトレンドになることが見えていたんですね。
なので、2018年には、おそらく何かの力が働いたんでしょう。この石炭火力の輸出方針の文言の修正がされたけれども、肝心なところまで言えなかった。それ以降も、煮え切らない文言になってきたわけです。
その言葉をたくみに変化させて「名目的に」変更したのが、2020年7月。原則として石炭火力に対する「支援を行わない」という否定の表現を初めて入れたわけです。
このとき重要だったのが原則に対する例外規定。石炭火力を「選択せざるを得ない国に限り」高効率な石炭火力の導入を支援していく点は維持したという点です。つまり、ここでも煮え切らない文言は残ったわけです。
でも、そんなことは海外はすぐに分かるわけです。今年のG7サミット議長国のイギリスのボリス・ジョンソン首相からも2月に石炭火力支援について問題提起をされ、ケリー米大統領特使、ブリンケン米国務長官などから言われる格好となりました。
気候変動問題をやっていこう、パリ協定の下でみんなで頑張って温室効果ガスを減らしていこうと世界中で言っている中、日本が世界にCO2を排出する石炭火力を輸出していたわけですから、「おまえ何をやっとんねん」と、こうなっているわけです。
もちろん、途上国はエネルギー需要が伸びる、日本の石炭火力は効率がよく、他の火力に比べてCO2排出が少ない等、論点はあります。が、再エネ導入も増えてきている中、国家がお金をつけてまで導入支援をするべきものなのか、というところ、ここが重要な論点です。
しかも、海外の投資は石炭火力から逃げ、商社はいたるところで石炭火力の案件が焦げ付き始めていた。もうそろそろ潮時かなと思っていたところに、アメリカからの圧力もあった。
じゃぁ、とりあえず「新規」の石炭火力の支援停止については差しだそう、と。今回の報道はこう見るのが自然な流れだと思います。
なぜこうまでして、粘って石炭火力輸出の支援を政府は取り下げてこなかったのか。石炭火力は「日本製は、モノはいいけど高い」ため、純粋な受注ができない。なので、政府が支援をしないといけないという実態があるからとも言われています。
市場競争力がないから支援する、という構図ですね。放っておいたら中国にその市場を取られてしまう、でも、中国のは効率はよくないからCO2を出す、そうであれば、「CO2の論点だ」と逆手にとって、「日本の石炭火力の方がいいでしょ」とトップセールスできる。これを理由に守っていこう、支援していこう、と。
そこに色々な商社はじめ、グローバル企業やメーカーが載って商売をしていた、と。でも、実態は先ほど述べたような形です。そこまでこだわって守る、ということは守らなかったら(受注ができない)、というのが見えていたということですね。
今回の報道に戻ります。石炭火力は海外投資家が手を引いていますし、政府もお金もつかない。じゃぁ、厳しいね、ということで、これまで一生懸命政府が延命をはかってきましたが、もう転換をせざるをえないわけです。
重工系のメーカーやそのサプライチェーンの下にある企業はもろに影響を受けるでしょう。商社も事業ポートフォリオから、石炭火力は引かざるをえない。そういうところの事業ポートフォリオが大きければ大きいほど、経常利益が下がり、株価も、というような流れになると思います。
で、この構図、しつこいようですが、2016年段階では、すでに、こうなることが見えていました。で、ですね、その主張をしてきた人もいるわけです。ここはもう僕がよくよく知っています。
こうなることが分かって、でも延命するとどうなるか。民間は事業転換が遅れるわけです。なぜなら政府がシグナルを出さないから。
そうしている間に世界の潮流は一気に脱炭素へと進み、遅れを取る。今後商売になる太陽光、風力については、それぞれシェアを中国、欧州に取られ、こちらではインフラ輸出をできる産業がない、という状態になる。
こうした状態を日本の政府が招いたわけですよ。その責任は重いですよ。予測できないことならまだしも、予測できることに対して、手を打たなかったわけですからね。
2018年に石炭の輸出方針の文言が変わっている。そこがチャンスだったんじゃないでしょうか。トランプ政権下でアメリカが進まない間に、日本が脱炭素を進めておけば、今頃、実弾ももっとあっただろうと思いますし、日本経済にももっと好影響があったと思います。投資も呼び込める流れになっていたでしょうし。
ということで、これは脱炭素の立ち遅れを象徴する出来事だというところ、ここをぜひ皆さん覚えていただきたいです。
この教訓から得られる日本の企業、個人が取り組むべき方向性は、非常にシンプルです。
自分たちで取り組まないと、世界から置いて行かれることになる、これにつきます。
アメリカのプレッシャーもあり、この方針転換となりましたが、他の政策も日本政府はまだ脱炭素に舵を切り切れていない、延命したいものがいっぱいあるように見えます。
脱炭素、世界はもうものすごい勢いで進んでいます。金もものすごい額が落ちます。日本もその波に飲み込まれます。その中で、日本政府は、おそらくこのように外堀が埋まって初めて一つずつ動き始めるという形、これがどうしても傾向として多くなるように思います。
でもどっかのタイミングで立ち行かなくなる。それで思いきった政策がどかっと来るのではないでしょうか。例えば、カーボンプライシングなどもその好例です。
シグナルを政府が出さないので、社会が脱炭素転換できない、そうなっているうちに外堀が埋まり、いきなり高めのカーボンプライシングとなったらどうでしょう? 突然世界中が国境炭素税を導入したら、どうでしょう?
いまから備えている企業しか世界についていけないと思います。
こと、脱炭素については、再エネ、蓄電池、このあたりが重要です。日本は再エネ比率が低いです。低い中の取り合いをすることになります。なので、早めの対策を、どのような企業レベルであれ、取られることが重要になってきます。
以上を踏まえて以下の一言で締めくくりたいと思います。
『石炭火力のような構図に巻き込まれないよう みなさん、脱炭素のご準備を』
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