脱炭素に向けて発電時にCO2を出さない再生可能エネルギーの普及が求められるなか、これまで廃棄されるしかなかった排水から電気を生み出す、新たな技術が開発された。大手機械メーカー、住友重機械工業は1m3の排水から0.3kWhの発電に成功した。2025年の実用化を目指している。
生活排水や工場排水などの汚水は、微生物を入れ、この微生物が汚れの成分を分解することで浄化されている。微生物の働きを利用するこの処理方法は生物処理と呼ばれ、酸素のない環境で活発に働く微生物を利用した嫌気処理と、逆に酸素が十分にある環境で元気に動く微生物を使う好気処理の2種類がある。
日本においては、下水処理や工場排水などの多くで、浄化能力が高い好気処理が採用されてきた。
しかし、好気処理は微生物の働きを活発化させるために大量の酸素を溶け込ませる必要があるため、多くのエネルギーを使う。さらに、処理プロセスにおいてCO2やN2O(亜酸化窒素)などの温室効果ガスを排出してしまうという課題があった。
一方、嫌気処理はそもそも空気を必要としないため、エネルギー投入量が少ない。さらに微生物が汚れを食べて分解する際、メタンなどが発生する。このメタンをバイオガスとして回収し、燃料にすれば発電が可能だ。
たとえば梅干しやビールなどの製造過程で食品排水が出るが、その排水にはタンパク質や糖などの有機物を多く含むため、メタンガスが発生しやすい。こうした製造現場では、電気料金を削減でき、好気処理と比べCO2排出が少なく、カーボンニュートラルな電気を生み出すことができると、嫌気処理への乗り換えが進むと期待が高まっている。
ただし、バイオガス回収後の排水には、臭気などを含んだ分解成分が残ってしまう。臭気などがあれば捨てられず、わざわざ空気と接触させるなど追加処理を行ったうえで、廃棄されている。
嫌気処理で浄化される排水量は1日あたり最大で数万m3にも及ぶという。1万m3といえば1万トンだ。東京23区だけでも、毎日約458万m3の下水が処理されている。東京都下水道局では嫌気処理の導入を進めているが、こうした大量の排水から電気をつくり出せれば、その分だけ再エネ拡大に弾みがつく。
バイオガス回収後の排水から電気をつくり出せないか。この課題解決に動いたのが住友重機械工業だった。
微生物の働きによって有機物を電気エネルギーに変換する「微生物燃料電池」という技術はすでにある。外部回路に接続された電極を排水に浸しておくことで、発電と同時に排水の浄化も可能なため、新しい排水処理として世界的に研究が進んでいる。
しかし、発電効率やコストに課題を抱え、さらに電極に電子をうまく渡せるよう微生物を電極近辺に保持しなければならないという制約もあり、広く普及していない。
住友重機械工業は、液中に溶け込んだ成分が簡単に分解される性質に着目し、燃料電池の原理を応用した。
一般的な燃料電池は燃料として水素が電極と反応するが、同社は排水中に含まれる臭気物質などを燃料とし電極に反応させることで、直接、電気を生み出すことに成功した。この技術は世界初だという。
資料提供:住友重機械工業
微生物燃料電池を排水浄化に用いると、浄化性能に応じて発電装置自体も大きくしなければならず、その分、コストが余計にかかってしまう。
一方、住友重機械工業が開発した技術は、微生物による水質浄化と電極による発電を分離させたことで、浄化性能を維持したまま、必要な電力に合わせて発電装置の大きさを自由に調整することができるという。ここが微生物燃料電池と大きく違う点だ。発電装置のコスト削減が可能になる。
環境・エネルギーグループの中條晃伸グループリーダーは「人間と一緒で、微生物にも元気があるとき、ないときがある。もともとは微生物の働き具合を測定できる新しい装置開発を目指していた」という。
その開発過程で、液中に溶け込んだ成分を発電に利用できないかと着想したのが、今回の成果につながった。また、社員が思いついたアイデアや商品構想など、新しい挑戦を支援する社内環境も開発を後押しした。
排水中の有機物濃度によって左右されるが、現在の発電量は毎時1m3の排水から0.3kWhの電気を生み出せるという。24時間稼働させると7kWh程度の発電量になる。一般家庭の1日の平均電気使用量が8.6kWhなので、一般家庭が1日に使う電気を生み出せる計算だ。
開発の中心的役割を担った環境・エネルギーグループの清川達則氏は、今後について、「カーボンニュートラルなエネルギー回収が可能な嫌気処理施設のさらなる普及につなげたい。バイオガス由来のエネルギー利用が盛んなEU圏、特にドイツと比べると国内におけるバイオガス生産量は低く、バイオマスの有効活用が十分ではない状況です。国内における課題は様々ありますが、人手不足への対策や運転の効率化に向けて遠隔監視の重要性が増しています。本技術で得られた電力をセンシングや通信の動力として活用することで、嫌気処理施設の付加価値を向上し、未利用バイオマスの利活用を推進できればと考えています」と述べる。
世界的な脱炭素化が進むなか、微生物発電の開発競争はアメリカなど各国で激しくなっている。住友重機械工業では、装置コストなどの課題解決を図りながら、2025年の実用化を目指している。
住友重機械工業 技術本部 技術研究所 環境・エネルギーG 中條晃伸グループリーダー(右)と清川達則氏
(Text:藤村朋弘)
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