2020年10月の菅首相による2050年カーボンニュートラル宣言を受けて、第6次エネルギー基本計画の見直しは、これまで以上に重要なものとなっている。日本がとるべきエネルギー・気候変動政策とは何か? 経済産業省の総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会の委員である、公益財団法人 地球環境産業技術研究機構システム研究グループ(RITE)主席研究員の秋元圭吾氏にお話を伺った。
短期集中連載:秋元圭吾氏に聞く脱炭素への道
(全5回 毎日更新)
第1回 カーボンニュートラルは、なぜ困難な挑戦なのか (本稿)
第2回 エネルギーミックスの目標と技術の進展をどう考える (3月16日公開)
第3回 原子力発電をエネルギーミックスにどう位置づけるのか (3月17日公開)
第4回 エネルギーインフラへの新規投資に必要なものとは? (3月18日公開)
第5回 DXとEV、ユーザーに立ち返ったサービスでCO2削減を (3月19日公開)
―まず、菅義偉首相の2050年カーボンニュートラル宣言に対する評価をお聞かせください。
秋元圭吾氏:正直に言うと達成は相当に難しく、なかなか見通しが立つものではないと思います。
カーボンニュートラルを目標に据えること自体は、取り組まなければならない課題と認識しています。というのも、カーボンニュートラルにしなければ気温は上昇し続けるからです。どこかのタイミングでは、この判断をしなければならなかったでしょう。
地球環境産業技術研究機構システム研究グループ(RITE) 秋元圭吾 主席研究員
秋元氏:ただし、2050年まであと30年というのは、エネルギーの世界ではあっという間です。達成が不可能だとは言えませんが、相当にチャレンジングな目標です。
中でも、非電力部門をいかにカーボンニュートラルにするかは難題です。
産業部門の中には、非電力、熱利用で、化石燃料による高温熱をどうしても使わなければならない部門があります。そういった部門でカーボンニュートラルをどのように目指していくかは非常に難しい問題だと思います。
技術的な達成可能な手段はすでに存在します。問題は、経済的に成り立つかどうかです。もし、世界のすべての国々が手を携えて2050年カーボンニュートラルを本当に真剣に目指すのであれば、経済的に成立するかもしれません。
秋元氏:現在は、ビューティーコンテストのように各国が意欲的な目標を出し合っていますが、実際のところ、中国やロシア、中東諸国やインドまでもが本当にカーボンニュートラルを目指すのかと問われると、私は想像しがたいと思います。誰かが抜け駆けをした場合、果たして日本の産業が生き残れるのでしょうか。
例えば製鉄を例とすると、日本で「水素直接還元製鉄」のような技術が確立できたとしましょう。これに対し、一部の国々が従来の製鉄技術で安価な鉄をつくり続ければ、日本企業の国際的な競争力は失われます。日本でカーボンニュートラルな製鉄技術が生まれたとしても、価格競争力がなければ輸出はできません。結局、他国でCO2が排出され続けてしまいます。
このような状況になれば、国内でのカーボンニュートラルの意味はありません。経済的な成立を含め2050年カーボンニュートラルの達成は相当に難しいと考えています。
こうした障壁を乗り越えるには、イノベーションが必要です。技術的な実現可能性だけでなく、ある程度価格競争力のあるコストに近づける努力が欠かせないでしょう。そうした努力なしでは、事実上のCO2削減にはなりません。ただし、現時点でイノベーションができるという見通しが明らかではなく、やはり困難が伴うというのが私の考えです。
製鉄は日本の産業の要である 神戸製鋼所加古川製鉄所
―日本では再生可能エネルギーばかり注目されますが、欧州では省エネルギー政策も重視しています。
秋元氏:カーボンニュートラルとはいえ、省エネの重要性には変わりありません。
カーボンニュートラルには省エネは不要という考え方もあるようですが、再エネのコストと賦存量の関係や炭素貯留・回収(CCU)などの導入可能性を考慮すると、省エネに取り組むことは非常に重要です。
エネルギーの無駄な使い方はまだまだ存在しています。これに対し、デジタル化の技術が大きく進歩する今、デジタル化によって“隠れたエネルギーコスト”を取り除ける可能性が高まっています。また、デジタル化による省エネが進めば、カーボンニュートラルの観点からだけではなく、経済自立的に再エネ化が加速すると期待できます。
顕著な例が、カーシェアリングサービスです。車が完全自動運転になれば、CO2の制約がなくてもライドシェアとカーシェアは広がるでしょう。消費者は高額の車にお金をかけるより、シェアする方が低いコストで便益を得られるからです。
シェアリングエコノミーは従来経済を変える
こうしたサービスが普及するにつれ、経済のあり方は新たなサービスに適応していきます。このように経済モデルそのものが変化すれば、カーボンニュートラルな世界に少し近づくのではないでしょうか。
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