中国企業の世界進出には目をみはるものがあるが、エネルギー分野も例外ではない。途上国だけではなく、英国など先進国でも、中国資本がエネルギー事業に参加している。新型コロナウイルスの影響で世界経済が落ち込む中、すでにウイルスを克服したかに見える中国は、いっそう存在感を強めるのだろうか。日本サスティナブル・エナジーの大野嘉久氏が中国エネルギー企業の世界進出について紹介する。
ファイナンスと機器をセットで用意
新型コロナウイルスの影響で世界中の石油や電力そしてガスなどのエネルギー需要が激減するなか、中国企業はそれを冷静に見つめて機を窺っていることだろう。なぜなら中国はこれまでも世界中で財政難に陥ったエネルギー会社に魅力的な条件を提示して近づき、敵対的ではなく先方が同意する形で支配を拡大してきた。非常に巧みで辛抱強く、狙われた方は気がついた時点でもう逃れられない状況が作られている。まさに賢者そして強者の勝ち方と言えよう。
多くの場合、売上高や利益の大幅減に苦しむ一方で、どうしても資金や設備を必要としているエネルギー企業に対して、ファイナンス込みのソリューションを提供することからコンタクトが開始される。
例えばイタリアの南にあるマルタという島国では電力需要の急増と設備の老朽化によって停電が日常化していたにも関わらず、国営電力会社エネマルタは6億ユーロ(約630億円)もの負債を抱えて困窮していた。
そこへ中国国営の中国電力投資公司(CPIC)が子会社の上海電気を通じて3億2,000万ユーロ(約448億円)をエネマルタに投資する事を2014年3月に決定。そのときは負債が解消されたことで安心していただろうが、今では電気を購入するために不当に高い料金を上海電気へ支払わざるを得なくなっている。
そして主要火力発電所の権益も半分以上を中国側に買い取られてしまったため、この状況を変えるには多額の資金を用意して買い戻さなければならないが、上述のとおり販売する電気さえも中国に所有権が渡った発電所から高値で買い取らなければならないため、当面は経営が改善する見通しが立たない状況である。
英国では原子力発電所に出資したほか、中国製原発を英国内に建設させる事も認めさせる
このほか英国では、仏国営電力会社EDFと英電力・ガス会社セントリカの合弁会社NNB GenCoが主体となって推進していた「ヒンクリーポイントC」原子力発電所でも、中国が権益の取得に成功している。というのも同発電所では仏アレバ社製の第三世代炉である欧州加圧水型炉(EPR)2基の建設が進められていたものの、低炭素電力を拡大させる試みとして導入された「差金決済取引(CfD)」のため採算の見通しがつかなくなってセントリカが資金引き上げを表明し、代わりの出資者が必要となっていたからである。
建設中のヒンクリーポイントC 2017年(写真:Nick Chipchase)同制度では、ヒンクリーポイントC原発でつくられた電力を92.5ポンド/MWhという固定価格(“行使価格”という)で35年間にわたって買い取り、市場価格が行使価格を下回っているときは事業者が差額分を政府から補填される一方、逆に上回った場合には差額分を事業者が政府に支払う仕組みとなっていた。
この制度のもとでは事業採算を見通せないと考えたセントリカは2013年2月に同事業から撤退する意向を表明し、その穴を埋める先として中国に白羽の矢が立った。そして2015年10月21日には習近平中国国家主席とキャメロン英首相が、同原発の総工費における33.5%に相当する60億ポンドを中国広核集団有限公司(CGN)が投資する合意書に署名した。
英国で20年ぶりとなる新設原子力発電所で中国が3分の2の権益を握るとは、恐らく20世紀では考えもつかなかったであろう。
話がここで終わらないのが中国である。同日にはさらに英国エセックス州で建設予定のブラッドウェルB原子力発電所において、CGNおよび中国核工業集団公司(CNNC)両社の第3世代設計を統合して開発した「華龍一号」の英国版原子炉「UK HPR1000」を建設することも決定し、なんとその事業においてCGNが全体投資額の66.5%を出資することも決定した。
つまり中国は資金難で困っていた原発への出資を切り口に、世界のどこでも商業運転を開始していない最新型原子力発電所を英国で、しかも中国が6割以上の資本で建設させることを承認させたのである。中国の人がどれほど優秀なのか、想像さえつかない。
(ただし英国はロンドンタクシーを中国の吉利汽車/ジーリー・オートモーティブに売却したり、伝統的な自動車メーカーであるジャガーやランドローバーをインドのタタ・モーターズに売ってしまうなど、さらにしたたかである。恐らく、もっと先の、あるいは別のモノを見ていて、古いブランドは平気で売ってしまうのだろう。)
そののち華龍一号の工程は順調に進んでおり、2020年2月13日には包括的設計審査(GDA)の最終段階となる第4ステップに進展することになったと英原子力規制庁が発表した。同プラントが無事に稼働できたならば、それは国際原子力産業において西欧・日本から中国への明確なパラダイム・シフトとなるだろう。
UK HPR1000の内部構造図(ukhpr1000.co.ukウェブサイトより)ただし、そんな中国でも全戦全勝というわけでもなく、EPR建設遅延などが原因となって仏国営原子力企業アレバが経営危機に陥ったとき、CNNCはアレバ本体から燃料サイクル分野を分離させた新会社「NewCo」においてフランス政府に続く大株主となることを目指した。ところが本件では政治的判断によって中国の要求が退けられ、外国資本は三菱重工と日本原燃(それぞれ5%ずつ)だけとなった。"肉を切らせて骨を絶つ" 戦略が苦手なフランスは、イギリスほど狡猾にはなれないのである。
コロナ不況で経営が弱体化したタイミングを見計らい、底値で買い叩く
より最近の事例だと中国はスペイン建設会社ACSの再生可能エネルギー資産やパキスタンの電力事業者K-Electricなどでも資産の買い取りを検討しているが、狙った獲物の価値がコロナ不況で大幅に下落した今は、中国にとってまさに絶好の機会である。
もちろん中国企業も痛手を受けているのは事実だが、こんな時期だからこそ国家から資本のバックアップを使って確実に入手するのではないか。中国に頭脳でも資本でもスピードでもかなわないなら、逃れる手段は見つからない。
世界がコロナから回復するころ、きっと世界各国の電力資産が水面下で中国に買い進められているだろう。それは良いとか悪いとかいうことではなく、そういうものだと考えてよい。そして狙われた企業が抗いたいならば、中国以上の知力と資本力とスピードを備えた味方をつけるしかないのではないか。