6月7日、中部電力とJパワーを含むアジアの電力会社5社に対し、アジアの機関投資家グループがCO2削減要請を送った。この機関投資家グループとはなにか。その目的、関連する投資家の動きを紹介する。
6月7日、アジアの機関投資家グループは中部電力とJパワーを含むアジアの電力会社5社に対し、CO2削減要請を送った。
対象は、日本と中国(本土)、香港、マレーシアで石炭火力発電所を運用する電力会社合計5社。社名はJパワー(日本)、中部電力(日本)、華潤電力(中国)、CLPホールディングス(香港)、テナガ・ナショナル(マレーシア)。
要請を送った機関投資家グループとは、三井住友トラスト・アセットマネジメントやJ.P.モルガンなど、AIGCC(Asia Investor Group on Climate Change・気候変動のためのアジア投資家グループ)に加盟する13の機関投資家だ。
AIGCCのパブリック・ステートメントによると、これら対象企業は温室効果ガスを大量に排出していること、大規模な石炭火力発電設備を持っていること、パリ協定の1.5℃目標のためのネット・ゼロに移行する上で戦略的な役割を担っている企業を選んだという。この5つの電力会社の2019年の温室効果ガス排出量は2億8,500万トン。スペイン一国の年間の排出量に相当すると試算している。
アジアの電力会社は世界の温室効果ガス排出量の約23%を占め、アジアの株式市場で2,000億ドル以上の時価総額を占めている。世界の石炭火力発電の割合はアジアだけで65%以上を占める。このようなことから、アジアの機関投資家としては同じ地域の電力会社への働きかけは気候変動リスクの対応として非常に重要だという。
今回の要請はリリースを出すだけでは、当然、ない。機関投資家であるという立場をフルに活用して各企業の取締役会や上級管理職に直接働き掛けていくものだ。このリリースはいわば果し状のようなものだ。
では、AIGCCは具体的に何を要請しているのか。ステートメントでは具体的に下記の施策を重点的に働き掛けるという。
この中の「具体的な気候シナリオ」では国際エネルギー機関(IEA)の発表したネット・ゼロ・2050の移行シナリオを参照するように促している。その移行シナリオでは先進国では2030年までに石炭火力発電を段階的に廃止するよう求めている。先進国以外でも2040年までの期限だ。さらにCCSなどの炭素回収を行わない石炭火力発電は2040年には2020年比で90%削減するとしている。
今回の要請に対し、英フィナンシャルタイムズの取材にJパワーは水素の利用促進をしていると答えている。CLPもAIGCCとの対話を歓迎とコメント。しかし、中部電力、テナガ、華潤電力はコメントに応じなかった。
今回の要請内容は、AIGCCも参加しているClimate Action 100+イニシアチブ(後述)の要請にも合致している。
今回要請を出したAIGCCは、アジアの投資家、金融機関、資産家に気候変動リスクや低炭素投資についての認識を高め、行動を促す目的で2012年に結成された。
参加国は中国、日本、インド、韓国、シンガポール、香港、台湾、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、ベトナムと太平洋地域で活動する投資家が参加している。合計の運用資産残高は15兆米ドルになる。太平洋地域で活動する投資家として、米ブラックロックや仏BNPパリバアセットマネジメント、イギリスの大手資産運用会社も参加している。
昨年2020年12月には日本を含むアジアの電気事業者に対し、脱炭素戦略を要求している。このときは電力会社のネット・ゼロ移行への詳細なガイドラインを発行している。
AIGCCはアジアの投資家のためのグループだが、世界規模の同内容の投資家グループ、GIC(Global Investor Coalition on Climate Change・気候変動のための世界投資家連合)の一員でもある。
このGICとは、4つの地域の気候変動のための投資家グループの共同イニシアチブだ。AIGCC(アジア)、セレス(北米)、IGCC(オーストラリア・ニュージーランド)、IIGCC(欧州)の気候変動投資家グループが共同で活動している。
AIGCC:気候変動のためのアジア投資家グループ
GIC:気候変動のための世界投資家連合 AIGCCを含む4つの地域連合で構成
そして、このGICに、さらにPRI(責任投資原則:国連環境計画・金融イニシアチブおよび国連グローバル・コンパクトとのパートナーシップによる投資家イニシアチブ)という投資家グループが加わり、現在強力に気候変動対応を、投資家サイドから企業に働き掛けているのが、Climate Action 100+というイニシアチブだ。
Climate Action 100+:GICにPRIを加えた投資家イニシアチブ
AIGCCウェブサイトより
Climate Action 100+は、上述のように、気候変動に対応するように投資家にアプローチする団体としては世界最大のものになる。GICの発足から5年後、2017年に発足したClimate Action 100+は、現在570の機関投資家が参加しており、資産総額は54兆米ドル(約5,900兆円)。時価総額1位のアップルが2兆ドルだから、アップル27社分、という数字遊びもしてみたくなるほど途方もない。
2020年1月にはAIGCCにも参加しているブラックロックもCA100+に加入。日本では三井住友信託銀行、第一生命保険、野村アセットマネジメントなど9社が加盟。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も加入している。
Climate Action 100+ ウェブサイトより
Climate Action 100+の活動内容は、実はシンプルだ。温室効果ガスの排出量が多い世界の企業に対して排出削減と情報開示を求めている。
このように書けばシンプルだが、その手法は極めて直接的だ。投資家という立場を使い、直接上級役員に面談し、ロビー活動をおこなうなどして、強力なプレッシャーをかけていく。上述のAIGCCの手法もこれと同じ方法だ。
その温室効果ガス排出量ベスト100(上位100)の選出方法もシンプルで、CDPスコアを使っている。それに加えて、特に地域、国家レベルで重要とされる企業も投資家によって選出されている。つまり、ベスト100+の「+」の部分だ。2021年6月現在で167のグローバル企業にアプローチをかけている。
日本企業ももちろん対象だ。ダイキン、エネオス、日立、ホンダ、日産、日本製鉄、パナソニック、スズキ、東レ、トヨタが対象企業になっている。
冒頭に紹介したJパワー、中部電力などに対する今回のAIGCCの要請は、これらClimate Acrion 100+の中にまだ入っていない企業に対して、補完するプロジェクトである、とAIGCCはステートメントで述べている。
最近のClimate Action 100+の動きで大きなものといえば、エクソン・モービルの役員選出だろう。環境科学者など、気候変動対策の推進に力を入れる3人が新しく取締役のポストを獲得した。
このエクソン・モービルの取締役ポストをめぐる動きはClimate Action 100+とEngine NO.1という投資家グループとがキャンペーンを張り、他の株主(個人投資家も含む)も巻き込んで現在の取締役人事を大きく変えたことで話題となった。
また、オランダの裁判で負けたシェルも、Climate Action 100+からの提案を大きく受け入れ、2020年4月には共同でリリースを出していた(それだけに敗訴はショックだっただろう)。
今回のJパワーと中部電力へのAIGCCからの要請は、このような世界の投資家からの温室効果ガスの削減、それも約束だけではなく、具体的なスケジュール、情報開示など、行動を求めている流れに沿ったものになっている。
一方、機関投資家からのプレッシャーだけでは足りないという(シェルの裁判でのFoEのように)立場もある。
ただこれだけは言えるのは、5年前、3年前、いや、1年前からにしても、企業の気候変動に求められている対策は激変している。のんきに構えている企業は投資の側面からも、消費者からも、厳しい目で見られることになる。
(Text:小森岳史)
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