『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』『夕陽に赤い町中華』などでおなじみの北尾トロさんの連載。カーボンニュートラル?脱炭素?SDGs??という自称・脱炭素オンチの北尾トロさんが、「知らぬが仏」にしておけないキーワードを自ら調べ上げ、身近な問題として捉えなおします。今回のキーワードは・・・
知らぬがホットケない 第2語 水素 の巻
読者諸氏は水素という単語から何を思い浮かべるだろうか。「H2Oだっけ。あれは水か。水素はHだ」とか、だいたいの人は水素の元素記号Hを覚えているんじゃないかなあ。
元素とは"それ以上簡単にできないもの"のことで、その数は自然界に存在するもので92個とされる(数については諸説あり)。
元素のことなど考えずに暮らしているのにHだとわかるのは、水素が原子番号の1番で、理科の授業で必ず習うことだからだ。テストにも出た。これに対抗できるのは酸素のOくらいのものだと思う。水がないと人間は生きていけないから記憶にとどまりやすいのかもしれない。
試しにいくつ覚えているかやってみたら、僕はたった3個しかなかった。HとOとC(炭素)である。フッ素やナトリウム、鉄が思い出せなかったのが悔しい。
元素の周期表
水素の活躍ぶりはそれだけにとどまらない。宇宙は元素でできているんだけれど、その約90%は水素なのだ。すべての気体の中で最も軽く、反応も活発でほかの元素とも結びつきやすいとされる。
最近だと、燃やしても水しか生成しない(炭素を出さない)ことからクリーンエネルギーとして注目されていることをご存じの方も多いと思う。脱・炭素化社会の切り札みたいな扱いをされ、エネルギー業界でやたらと評価が高い。
炭素が幅を利かせすぎて住みづらくなっているので、地球温暖化にストップをかけるためにも、水素とうまくつきあっていく必要があるというのが専門家たちの意見だろう。
水素エネルギーの技術もじわじわ進んでいるみたいで、将来的にはエネルギー問題をいい方向に導く役割が期待されているらしい。
ところが、一般の水素に対する感覚はちょっと違う。とくに僕のような昭和の高度成長期育ちの人間には、ぬぐい切れない警戒心を抱く人が多いのではないか。水素と聞いただけで身構えてしまうところがありそうだ。
水素爆弾のせいである。僕たちの世代は小中学生のとき、原子爆弾をはるかに上回る破壊力を持つ水素爆弾の存在を授業で習い、途方もなく凶悪なイメージを植え付けられてしまった。
架空の話ではなく、水素爆弾は1950年代に開発され実験も行われていたから、「世の中には原爆の数十倍も数百倍も破壊力がある核兵器というものがある」という教師の話は僕たち子どもに圧倒的な恐怖心を植え付けた。ゴジラが原爆から誕生したのなら水爆はどんな怪獣を生み出すのか、と想像して描いた絵は、ただただ巨大なだけのゴジラだったが。
こういう怖さは尾を引く。子どもだけに、水素に心を許すのはまずいと思い込んでしまった。学校では明るく太陽みたいな存在の同級生が、裏では別の顔を持っていて、ヘタに付き合うと底知れないところに連れていかれそうな感じに近いか。
誤解である。水素に悪気はないのだ。社交性がありすぎて誰とでもつきあう性格なので、いろんな元素とくっつきやすく、結びつき方が悪いととんでもない結果を生むだけなのだ。
我々の知る最高のエネルギー体のひとつである太陽は、その98%以上が水素とヘリウムでできている。太陽光は可視光線や赤外線、紫外線として放出されるものだけど、それを発生させる大本となるのは水素の核融合だったりする。
水や空気に加えて太陽光に至るまで、我々は水素のお世話になりっぱなしなのだ。それなのに、一面だけを捉えておっかないイメージを持ち続けたまま今日まで過ごしてきた僕は、ヘンケンの塊だったと言っていい。
そろそろ呪いを解いて、新たな気持ちで水素とつきあう頃合いなんだろう。そのためにも、水素の能力をいい意味で知らしめる画期的な技術に登場してもらいたい。たまに話題になるのが「水素水」だったりするとなんだか悲しくなるのだ。
参考資料:『元素図鑑 宇宙は92この元素でできている』(エイドリアン・ディングル 主婦の友社)
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