米国の政権交代にともなって、中東諸国も米国バイデン政権を意識した動きとなっている。イランに接近し、他の中東諸国と国交断絶してきたカタールがサウジアラビアなどと国交回復したこともそのひとつだといえよう。では、この背景にはどのような地政学がはたらいているのか。そして石油の中東依存度が高い日本にとって、どのような意味があるのか。和田大樹氏が解説する。
今年に入って大きなニュースが中東から飛び込んできた。サウジアラビアやUAE、バーレーンやエジプトなどは、2017年6月以降外交関係を断絶していたカタールとの国交回復を突如発表した。既にサウジアラビアとカタールの陸、空、海の境界封鎖は開放され、ドーハとリヤドやドバイなどを結ぶ国際線のフライトも再開されている。
筆者も2018年に仕事で欧州を歴訪した際、ドーハのハマド国際空港をトランジットとして往復で利用(カタール航空)したが、サウジアラビアやUAEを避けるように、イランやイラクなどの上空を通過したことをよく覚えている。
サウジアラビアやUAEなど一部のイスラム諸国とカタールとの国交断絶は“カタール危機”と呼ばれる。
サウジアラビアなどは2017年6月、カタールがイランへ外交的に接近するだけでなく、サウジアラビアやエジプトで非合法化されているムスリム同胞団を支援しているなどとして、カタールとの外交関係を断絶した。
サウジアラビアなどは、衛星テレビ局アルジャジーラの閉鎖やカタール国内にあるトルコ軍基地の閉鎖、イランとの外交関係の縮小、イスラム過激派組織への支援停止など13項目からなる要求をカタールへ突きつけたが、カタールは2017年8月に対抗阻止を発動し、イランと経済的結び付きを強化するなど今日まで緊張が続いていた。
ここでの最大のポイントは、なぜこのタイミングでカタールとの国交回復に至ったかである。今回の件は、カタールが同13項目の要求に応じたわけではなく、サウジアラビアなどが歩み寄る形となったが、その背後には中東地域を取り巻く各国の政治的思惑がある。
サウジアラビアの首都リヤド
スンニ派の盟主を自負するサウジアラビアは、長年シーア派の盟主であるイランと対立しているが、イランがイラクやシリア、レバノンやイエメンにある親イランのシーア派勢力を背後で支援するだけでなく、戦闘員や物資を送り込むなどして中東地域で影響力を高めようとすることを強く警戒している。
よって、近年イランとカタールが政治経済的な結束を強めていること自体がサウジアラビアにとっては神経を尖らせる問題であり、国交断絶後もサウジ当局は水面下でカタールに接触を試みていた。例えば、カタールは2019年5月末、サウジアラビアからの招待で湾岸協力会議(GCC)の緊急首脳会合に参加している。
そして、繰り返しになるが、何より重要なのがこのタイミングだ。
今回の国交回復では、トランプ大統領の娘婿で上級顧問を務めるクシュナー氏が交渉を支援するなど積極的な仲裁役を担ったとされる。トランプ大統領の任期は今年1月20日までだったが、トランプ政権はその寸前にイスラエルとサウジアラビアの接近、イスラエルとUAEやバーレーンなどアラブ諸国との国交正常化などで一役を買った。
過去に幾度も戦争を交えてきたイスラエルとアラブ諸国が国交正常化を達成したことは、歴史的にも大きな出来事である。トランプ政権の中には、バイデン政権に移行する前に対イラン包囲網をできるだけ強固なものにしておきたいという狙いがあった。
それはサウジアラビアにも当てはまることで、サウジアラビアがカタールと国交回復を突如発表した背景には、バイデン新政権になると米国の対イラン政策が大きく変わる可能性があることから、カタールとの関係を修復して対イラン包囲網を今のうちに固めておきたい狙いがあった。
2019年、マイク・ポンペオ米国務長官と一緒にムハンマド・アル・サーニー副首相兼外務大臣 U.S. Department of State from United States, Public domain, via Wikimedia Commons
では、カタール危機終焉後の中東情勢はどうなるのか。また、それによって石油市場はどのような影響を受ける可能性があるのだろうか。
まず、サウジアラビアなどがカタールと国交回復をしたが、現在、近年緊密化したカタールとイランとの関係で大きな変化は見られず、今後はそれでもカタールはイランとの関係を重視するのか、もしくはイランから離れていくのかがポイントになる。
イランから離れていく可能性は低いだろう。そして、カタール危機の終焉それ自体が石油市場に与える影響は限定的だろう。それによって、軍事的衝突の危機が高まっているわけではなく、テロや暴動などが産油国で生じているわけではない。昨年初めにイラン革命防衛隊の司令官が殺害されたことで一触即発の事態となり、日経平均株価が一時500円安となったが、そういった事態は短期的には考えられない。
だが、石油市場の行方を注視していくならば、中長期的には、カタール危機の終焉を“サウジアラビア、イスラエルVSイラン”という枠組みの中で考えることが重要となる。繰り返しになるが、サウジアラビアがカタールと国交回復をした背景には、今後のイラン情勢を見通したサウジなりの戦略がある。
カタールとその他の湾岸諸国とのヒト、カネ、モノの動きが元に戻ることで、各国の多くの市場(企業)関係者たちは安堵しただろうが、カタール危機の終焉は、中東の主要国間を巡る政治対立をさらに悪化させる要因となる。
仮に、真正面からの軍事衝突が発生すれば、石油市場の9割を中東に依存する日本が受けるダメージが測り知れないことは想像に難くない。
イランもサウジアラビアもイスラエルも、自らが被る経済的損害を考えるとそういった行動を最後まで避けるだろうが、例えば、イエメンを拠点とする親イラン武装勢力によるサウジ領内へのミサイル攻撃、ペルシャ湾の海上での商船への攻撃や拿捕、もしくは湾岸地域の大都市や石油施設を狙ったテロなどが増える可能性は排除できない。
昨年(2020年)11月にサウジアラビア・ジッダにある石油製品供給施設がミサイルで攻撃され、最近もペルシャ湾沖で韓国のタンカーがイラン当局に拿捕されたが、こういった石油市場に影響を与える事件は、イランを巡る緊張悪化によって今後さらに増える恐れがある。
カタール危機の終焉は決して中東リスクを下げる要因にはなっておらず、日本の石油市場関係者は中長期的なスパンで中東リスクを考えていく必要がある。
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