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エネルギー・シフトを進める米陸軍 「超小型・超安全」な次世代原子炉も開発

脱炭素化を進めるアメリカ陸軍 「超小型・超安全」な次世代原子炉も開発

2020年06月09日

エネルギーと軍事力には大きな関係がある。例えば米国国防総省が再生可能エネルギー開発を進めた背景には、石油の供給が不足したときのエネルギー確保というねらいがある。さらに言えば、米国などの軍事費はそもそも中東地域のエネルギー資源確保の見えないコストだと指摘されている。現在、米陸軍は、脱石油の一環として、電化および小型原子炉の開発を進めているという。米陸軍のエネルギー動向について、日本サスティナブル・エナジー株式会社の大野嘉久氏が解説する。

かつて石油の輸送は軍事作戦の最重要課題

軍隊において石油が世界で初めて主要な動力源となったのは、第一次世界大戦が始まる前の英国と米国である。英国では1910年2月に内務大臣だったウィンストン・チャーチルの主導によって海軍艦船の燃料が石炭から石油へと切り替えられた。これは石炭産業にとって大きな打撃だったが、既に英国がペルシャで大規模な油田の利権を得ていたこともあり、石油の戦略性を重要視していたチャーチルだからこそ、成し遂げられたとされる。

そのチャーチルは翌1911年10月に海軍大臣となってドイツ軍の様子を睨みながら軍備の近代化と増強を続け、第一次世界大戦が始まる頃には250機の飛行機、2万6,000台の軍事車両、そして827台の軍事用バイクを保有するようになっていた。その後は英米のみならず、各国の海軍で石炭から石油への燃料転換が進み、第二次世界大戦前の1939年には全世界における艦船の約85%が石油で動いていた。その結果、石油の輸送は軍事作戦における最重要課題の一つとなった。

英国の燃料補給ルートを絶とうとしたヒトラー総統によるナチス政権下のドイツは、潜水艦Uボートで5,000隻の船を沈没させた。チャーチルはのちに「第二次大戦回顧録」の第二巻において“この戦争で私が本当に恐れたのはただ一つ、ドイツのUボートであった”と述べている。

発展が著しいEVの技術を陸軍でも適用

このように燃料補給は食糧や弾薬と並んで極めて重要な軍の生命線の一つであり、現代でも新しい技術開発の焦点となっている。
そしてこのたび、米陸軍のフューチャー・アンド・コンセプト・センター(U.S. Army Futures and Concepts Center)はEV(電気自動車)の著しい技術進歩を鑑み、軍事用車両を内燃機関車から電動車へと切り替えるホワイト・ペーパ-の作成を進めていることを明らかにした。

同センターの所長を務めている米陸軍エリック・ウェズレー中将は“10年前と比べ、現在のEVは電池コストが大きく下がり、充電時間も短縮され、さらに航続距離も伸びている。この調子で開発が進むと、2年以内にはエンジン車を持つよりも効率を上回るだろう”と、電動化が実用レベルに達したことを評価。その上で、以下に言及している。

  • 軍事車両が電動化されると内燃機関車に比べてとても静かに行動でき、さらに赤外線でも探知されにくい
  • 搭載されている電池によってセンサーやレーザー兵器システムあるいはロボットなど様々な機器に電力を供給できる
  • ディーゼル燃料車において軍事機器へ電力を給電するためには別に発電機を起動させなければならない場合もあり、兵士にとって大きな負担となっている

このように、軍事における電動化の様々なメリットを強調している。

米陸軍はこのほか、電動ATV(All Terrain Vehicle/全地形型車両、四輪バギー)を遠征戦士実験(Army Expeditionary Warrior Experiments)に導入することを決めている。ATVとはオフロードの悪路でも進むことのできる四輪の車両で、農林業やレジャーなどに使われている。

ATVの農林業における使用例(The Yamaha Grizzly 450 EPS versus Honda Rancher)

かつて日本でも自動二輪車メーカーや農業機械メーカーが販売していたが、現在は多くが日本国内向け販売から撤退しており、このたび米軍への導入が決まったのはイスラエルの企業が開発した「EZ Raider」である。

EZ Raider社提供

従来のATVは座って操縦するが、EZ Raiderは水上スキーのように立ったまま乗ることが機動性とスピードを増しており、加えて静寂さが高く評価されて採用となった。発売されている3製品のうち上位機種では3kWhの電池と合計出力18kWのモーターを備え、1回の充電における走行距離は75キロとなっている。乗用車に比べると短いようにも感じるかもしれないが、舗装されていない悪路を進むことを前提としているので単純な比較はできないだろう。
既に米特殊作戦軍が採用しているほか、オランダ軍そしてイスラエルの警察や国境警備隊でも使われており、実績は十分に積んでいる。

ただし電池にはエネルギー密度の限界がある。前出のウェズレー中将によると“戦車のような重量物を動かすことはできない。そのため米軍は全ての機器の電動化を望んでいるわけではなく、装甲部隊は従来どおり内燃機関を動力源にする”とのこと。

米国防省はモバイル小型原子炉も開発

石油などの燃料と同じように、電池にも電気の容量があり、電動化しても燃料補給という課題は残る。
こうした課題に対し、どこでも電気の補給を可能にするため、米国防総省は電動化と並行して超小型原子炉の開発も進めている。2020年3月20日には米原子力大手のウエスチングハウス社、BWXテクノロジーズ社そしてX-エナジー社に対して小型モバイル原型炉を設計する契約の締結を発表した。

これは国防省内にある戦略的能力室のイニシアチブによって進められる案件となっており、「プロジェクトPele」と呼ばれている。その目的は国防のために遠隔地で電力を得る技術の開発であり、陸路・鉄道・海運・空輸のいずれでも安全に移動でき、迅速な組み立てとシャットダウンが可能で、根本的に安全であることが求められている。

米国国防総省のプロジェクトPeleに関するプレスリリース:DOD Awards Contracts for Development of a Mobile Microreactor

今後2年間にわたり3社が設計に取り組み、そのうち1社が選ばれて原型炉を建設する。仮に計画どおり原型炉が無事に完成し、続いて実証炉そして実用炉が普及すれば、米軍は地球上のどこでも燃料の補給を気にすることなく、安定した電力を得られるようになる。

その軍事的なメリットは計り知れないが、それ以外の目的として米国防省は「災害の現場において早急に復旧のための電力を供給できるほか、そのあとも長期にわたり病院などのインフラ設備へのエネルギーを提供できる」と、プロジェクトPeleの広範にわたる重要性を説いている。

よく知られるようにインターネットや携帯電話といった身の回りにある多くの製品は軍事技術から生まれたものであり、そもそも原子力発電は軍事技術と非常に近い。遠くない将来に、このプロジェクトPeleから実用化された安全な原子力発電も世界中に普及する日がくることを期待している。

参照

大野嘉久
大野嘉久

経済産業省、NEDO、総合電機メーカー、石油化学品メーカーなどを経て国連・世界銀行のエネルギー組織GVEPの日本代表となったのち、日本サスティナブル・エナジー株式会社 代表取締役、認定NPO法人 ファーストアクセス( http://www.hydro-net.org/ )理事長、一般財団法人 日本エネルギー経済研究所元客員研究員。東大院卒。

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