福岡を拠点に活動しているアークエルテクノロジーズは、デジタル化による脱炭素社会を目指すクライメートテック企業だ。自動車や住宅におけるエネルギーの効率化と再エネ導入の拡大を目指す、付加価値の高い電気事業を目指している。2020年度は経済産業省の再エネと電気自動車などと活用したゼロカーボンのモデル事業にも採択された。代表取締役CEOの宮脇良二氏にお話をうかがった。(第1回)
― 最初に、アークエルテクノロジーズ設立の背景を教えてください。
宮脇良二氏:2018年8月に当社を設立してすぐ私が渡米したため、実際には2019年10月からが本格的なスタートでした。渡米の理由は、スタートアップの聖地と呼ばれるシリコンバレーから世界のクリーンテックを研究するためでした。
私自身のお話をすると、前職のアクセンチュアでは、特別高圧の自由化が始まった2000年からエネルギー業界に携わってきました。2010年から8年間は電力・ガス部門の責任者を務めました。東日本大震災以前のスマートグリッド・ブームや震災後の電力自由化、デジタル化などをお客様の側でずっと見てきました。
その中で、コンサルタントの立場以上に世の中に貢献できる可能性が、これからのエネルギービジネスにはあるだろうと考えました。もともとアクセンチュア入社時、いつか会社をつくりたいと思っていましたので、そのときは入社20年の節目でもあり、起業にチャレンジしたのです。
エネルギーのバックグラウンドがあったこともありますが、地球温暖化問題の深刻さを感じ、社会に貢献する会社をつくりたいとの思いから「脱炭素という社会課題を解決する」ことを会社の目標に掲げました。この目標を自分なりのフィールドで解釈し、解決手段として出した答えがデジタルイノベーションだったのです。
そこで、会社のミッションを「デジタルイノベーションで脱炭素化社会を実現する」と定め、プロフェッショナル集団をつくって長期にわたる課題解決に取り組むことにしました。そうして立ち上げたのがアークエルテクノロジーズです。メンバーは2021年4月で25名になります。
アークエルテクノロジーズ株式会社 代表取締役CEO 宮脇良二氏
― 現在、取り組んでいる事業は、どのようなものになるのでしょうか。
宮脇氏:現在の事業の柱は、実質再エネ100%の電力供給とデジタル化、そしてEVにクリーンエネルギーを充電するシステムの開発に取り組んでいます。クリーンエネルギーを可能な限り有効活用する仕組みづくりを目指しています。
当社は福岡に本社を構えていますが、脱炭素化がこれだけ叫ばれる中でさえ、九州電力管内ではクリーンエネルギーの多くが出力制御により無駄になっています。したがって、私たちが直近でフォーカスしている課題解決策は、無駄にされているクリーンエネルギーの有効活用になります。
「どのようにクリーンエネルギーを活用するか」に対する答えのひとつが、ダイナミックプライシング(卸電力市場の価格に連動した小売料金)です。
JEPX(日本卸電力取引所)のスポット市場価格とクリーンエネルギー比率の間には逆相関の関係があります。出力制御が実施される時間帯には、JEPXの市場価格が最低価格の1銭にはりつくなど、非常に安価になるのです。
一方で、出力制御のときの電気は非常にクリーンです。ベースロード電源としての水力、原子力、地熱発電に加え、風力発電と太陽光発電を中心とした電源構成となるからです。風力発電と太陽光発電が出力制御される間は、火力発電はほとんど動きません。つまり、出力制御時にはクリーンなのに安い電気が捨てられているのが現実なのです。
― なぜ、せっかくのクリーンな電気の有効利用ができていないのでしょうか。
宮脇氏:こうした問題が発生している原因のひとつには、情報の非対称性があると思います。情報の非対称性とは、電力会社はJEPXの市場価格を知っているが、消費者は知らないということです。この非対称性のギャップを埋める手段がダイナミックプラインシングです。出力制御時の安価なJEPXの価格シグナルを、消費者に見えるようにしっかり出していくことが、非対称性をなくすための第一歩です。
― しかし、ダイナミックプライシングのような市場連動型の電気料金メニューは、今冬のJEPXの価格高騰により、利用する需要家にも大きな影響を与えました。
宮脇氏:今冬のJEPX高騰では市場連動型の電気料金メニューが批判の対象となりましたが、私は市場連動型を悲観的には捉えていません。当社は「ナチュールエナジー」というブランドで小売電気事業を展開していますが、昨年12月中旬の時点でこの価格高騰は長期化するだろうと予測し、市場連動料金メニューの従量料金単価を35円/kWhに上限設定しました。
あの市場高騰を経験してもなお、消費者に対して適切なリスクヘッジができれば、ダイナミックプライシングのメリットはトータルでみて大きいと考えています。むしろ、ダイナミックプライシングは人々の電気に対する行動をシフトする大きな手段になりえます。その可能性を我々は追及していく考えです。
ナチュールエナジー ブランドロゴ
あとは、電源の調達側がJEPXや相対電源などを組み合わせた電源ポートフォリオでリスクヘッジすれば、ある程度適切な価格で消費者に提供できると思います。今後、JEPXの市場制度が成熟するとともに発電情報等の公開も進展すれば、この冬のような長期的な高騰は起こりにくくなりますので、新電力にとっては事業の見通しを立てやすくなるのではないかと思います。
蓄電池やEVが普及すると、エネルギー貯蔵を活用するオプションがどんどん増えるでしょう。モビリティとエネルギーの融合は加速し、これからは両者の垣根はなくなっていきます。そうなれば、ダイナミックプライシングの効果はより顕著になります。それらを効率化できる仕組みを作り上げるのが我々の方向性です。
― その点では、海外の電気事業は参考になるのではないでしょうか。
宮脇氏:当社は海外市場を継続的にモニターしていますが、特に英国市場に注目しています。英国の容量市場では、すでに蓄電池も落札しており、その領域で多くの新しいビジネスが生まれつつあります。蓄電池が発電所の新陳代謝や分散型電源への適応、普及に寄与するようになれば、日本の容量市場も新しい局面を迎えるのではないかと思います。
そこで求められるのは、やはり適切な情報公開です。事業者がリスクマネジメントするのに必要な情報がオープンになり、日本市場も適切なリスクマネジメントを行える成熟した市場になることを望みます。
― そうした中で、デジタル化の役割というのはとても大きいのではないでしょうか。
宮脇氏:エネルギーの世界には最適化のエンジンをもつべき箇所が多いと思います。需要予測や発電予測など、あらゆるところに機械学習が適用できます。加えて、エネルギーのオン・オフを自動化できるスマートホームのように、再エネの需給に応じた効率的な運用の仕組みを構築することが重要です。
ダイナミックプライシングと組み合わせ、蓄電池やEVへの充電や給湯といった需要を制御するシステムは我々が目指すところです。例えば、1つの建物に対してクリーンで安価なエネルギーを供給したいと考えていますが、そこで我々が提供する付加価値というのは、単に電気を売ることではなく、もっともクリーンで安価なタイミングで調達する仕組みであり、建物の仕組み全体をデジタル化した付加価値とセットで販売する方向性を目指しています。
それに加えてポイントとなるのは、電気の需給コントロールとトレーディングです。これらと家やEVの制御を結び付けるには膨大なデータ蓄積などのハードルがありますが、我々が目指す世界です。海外で先行するモデルや実証を組み合わせながら、仕組みづくりを行っていきます。
― 新しいサービスはいつ頃の開始を目指しているのでしょうか。
宮脇氏:サービスのローンチのタイミングを見定めるには、日本の市場はまだ未成熟です。昨年から続く容量市場やJEPX高騰の問題は、市場の未成熟さが引き起こしたものと考えています。この経験を踏まえて制度設計が成熟し、プレーヤーが適切なリスクマネジメントをできるようにするには、やはり情報公開が欠かせません。
また、蓄電池やEV、給湯器などのエネルギー貯蔵手段がより身近なものになるべきです。普及には価格の低減が必要ですが、それにはおそらく5年、10年といった時間がかかるでしょう。
そうした中でもEVはより早く価格低減が進むでしょう。日本では遅れていますが、世界はすでにEVにシフトしていますから。
(第2回は明日4月15日に掲載予定)
(interview:本橋恵一、Text:山下幸恵、Photo:清水裕美子)
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