テスラの自動運転に関する最新情報をお届けする。テスラはレーダーを使わずに、カメラだけで自動運転を実現しようとしているが、そこには大きな優位性があるという。最新バージョンの自動運転は、その性能がどれほど高いものなのか、そしてGoogle陣営とはどれほど差を広げているのか、興味あるところだろう。日本サスティナブル・エナジー代表取締役の大野嘉久氏が解説する。
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電気自動車(EV)大手の米テスラは米国カリフォルニア時間の2021年7月10日午前0時、一部のユーザーおよび社員に限り提供されている自動運転ソフトウェア試験版(Full Self Driving Beta)の最新バージョン(FSD Beta Version 9)を公開した。
テスラは既に前バージョン(FSD Beta Version 8.2)でも市街地における自動運転を高いレベルで実現していたが、この最新版では動きが人間の運転に大きく近づいており、早々に運転レポートをアップロードした多くのユーザーたち(ベータ・テスター)は口々に「Confident(車は判断に自信を持っている)」「Smooth(運転がなめらかである)」と唱えている。
例えばHyper Change氏はダウンロード直後の午前1時ごろ、米ワシントン州シアトルの郊外から繁華街に乗り入れているが、街灯すらほとんどない暗闇の細い道でさえも車の前方を照らすヘッドライトだけで通り抜けている。
繁華街では道路を横切る酔客が出現したらスローダウンしただけでなく、前方が赤信号のとき右折してHyper Change氏が驚く場面もあったが、これは信号無視ではない。なぜなら米国では赤信号でも車がなければ右折は許可されているので、ベータ9が「前方の信号は赤だが右折しても安全である」と正しく判断していることになる。
そして同氏は新バージョンで運転がとても滑らかになったと何度も強調している。FSDの前の自動運転プログラム「オートパイロット」では車の動きが不自然だったためドライバーが警察に飲酒運転を疑われて停められたこともあったが、このベータ9では人間の運転とほぼ変わらない動きをさせており、Hyper Change氏の車の同乗者は「いま運転しているのが人間なのかベータ9なのか区別できない」と語っている。
Tesla FSD Beta V9 First Drive! (HyperChange)
別のベータ・テスターであるDirty Tesla氏も街灯がなく真っ暗な未舗装の道を誤動作なしに走り、たとえ日中の明るい時間帯に人間が運転しても難しいと思われる細い道を時速20マイル(およそ時速32km)で走り続けた。
そののち市街地に入って問題なく走行を続けたが、Dirty Tesla氏が故意に行き止まりに向かわせたところ、正しく停止しており、システムの信頼性は高いと言えよう。
Tesla Vision FSD Beta 9 First Drive and Initial Impressions with New Visualizations! | 2021.4.18.12 (Dirty Tesla)
ここで特筆すべき点は、テスラが2021年5月の出荷分から自動運転システムへのレーザー距離計の搭載をやめていることである(既に出荷されている車については、テスラCEOのイーロン・マスクが"レーザー距離計を取り外してほしい"とツイート)。
というのもテスラは従来から光を使って物体を検知するLiDAR(ミリ波レーダー)を使わないことで知られていたが、さらに電磁波を使って物体との距離を測定するレーザー距離計の使用もやめたため、8台のカメラから得られる視覚情報だけで全てを判断するシステムを構築したことになる。
Googleなどテスラ以外の自動運転開発事業者はほぼ全てLiDARやレーザーなど多くの最新鋭機器を搭載したシステムでないと安全な自動運転は不可能と考えており、孤高の立場を貫いたテスラはついに技術を完成させつつある。
テスラが独自のFSDシステムを開発した背景について、2021年6月20日・21日に開催された「CVPR'21(Conference on Computer Vision and Pattern Recognition)」でテスラのAI担当シニア・ディレクターであるアンドレ・カパーティー氏(Dr. Andrej Karpathy)が次のように解説している。
CVPR'21 WAD] Keynote - Andrej Karpathy, Tesla
「現在の社会では自動車という鉄でできた巨大なモノが高速で走っているが、人間はそれを完全に制御できてない。そもそも人間は運転に不向きであり、事故を起こすものである。また人間は何らかの原因で運転中に注意力が落ちる場合もある。これに対して機械は運転中にスマートフォンを操作することもなく、さらに機械の反応速度は人間の倍以上も速い。視点も人間が前方だけなのに対し自動運転システムは360℃の全てをカバーしている。だからテスラは安全な自動運転システムを作って人々を事故から解放したい」(抄訳)
一方、長きにわたり自動運転システムの技術で対立していたGoogleのウェイモ陣営については下記のように述べている。
これらの問題を解決するため、テスラはカメラの情報だけを使うことにしたという。そこでテスラは大量の走行データをAIに学習させて正しい運転判断ができるようになることを目指した。例えば自動運転で最も大切な技術の一つは物体の識別(ラベリング)だが、既に800億個のラベリングを終えていると語っている。
そして、このラベリングでは「Hindsight(後から物事を考える)」という手法が重要だという。
例えば遠くにある物体が何なのか分からなくても、それが近づくと「**だった」のように分かるが、それを逆に使うことで「**は遠くから見るとこのように映る」と理解させて識別能力を高められる。したがって自動運転のAIを学習させるためには膨大な量の映像と巨大なストレージが必要となるが、テスラは最終的に100万以上の運転映像と1.5ペタバイト(1,500,000ギガバイト)の保存容量を確保するという。
このFSD用AIは「Dojo」と名付けられ、今も開発中だが、Dojoとは格闘技の稽古場を指す日本語の「道場」から取ったそうである。様々な敵と戦うことで戦闘力を高める格闘家の姿をFSDのAIに重ねているのであろう。
Google陣営がコスト的に事業化が難しいLiDAR方式を採用したのは、多くの最新機器を使わないと安全を担保できるシステムを構築できないと考えたからだろう。このほか、既に実用化しているGoogle Mapを高精度3Dマップに転用できると考えたのかもしれない。
しかしLiDAR式だと一台の車両価格が1,000万円から2,000万円ほどかかるうえ、高精度3Dマップもいまだほとんど完成していないため、このままでは永久に実現しないと指摘されている。一方でテスラはGoogle陣営の予想を裏切って多くの技術を社内で完成させてしまったので、テスラという企業がいかに優れているかが分かると言えよう。
とはいえ、このベータ9も「完全自動運転」からはまだ遠いのが現状である。例えばHyper Change氏が運転していた際、モノレールの柱を正しく認識できておらず、衝突しそうになってあわててハンドルを切ることがあった(ベータ9ではドライバーが常にハンドルを握って道路を見ていることが要求されており、それを遵守しているか車内カメラがドライバーをいつも監視している)。
またChuck Cook氏は交通量が多い道路への合流を何度も失敗したことを報告しており、“残念(Disappointing)”という動画をアップロードしている。
FSD Beta 9.0 - 2021.4.18.12 - Three Unprotected Lefts .. Disappointing. (Chuck Cook)
では、いつ自動運転は多くの人が使えるようになるのだろうか?
イーロン・マスクは「数ヶ月以内に全てのFSD機能つきテスラ車が自動運転を利用できるようになるだろう」と2021年7月8日にツイートしている。もちろんテスラのスケジュールは大幅に遅れるのが通例となっているが、何年先となっても安全性を究極まで高めた上でリリースしてほしいものである。
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