SBエナジーが設立されたきっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災だという。情報革命に取り組むソフトバンクグループにとって、通信事業やテクノロジービジネスを支えるエネルギーの重要さに直面する出来事だった。SBエナジーらしいエネルギーとは、クリーンで小規模分散型のエネルギーネットワークを基礎としたものになる。同社の現在とこれからの方向性について、SBエナジー代表取締役社長の三輪茂基氏に聞いた。
エネルギーがなければ通信もITも機能しない
―SBエナジーの設立は、東日本大震災がきっかけだとおうかがいしています。あらためて、設立のことからおうかがいします。
三輪茂基氏:SBエナジーが設立されたきっかけは、おっしゃるように東日本大震災です。現在は戦略的持ち株会社となったソフトバンクグループですが、当時のメインビジネスはITを含む通信事業でした。
震災の被害により、被災地域では通信設備にダメージを受け、一時的に通信サービスが提供できない状況となりました。自助努力で通信設備の復旧はできても、設備へのエネルギー供給が途絶してしまえば、通信もITも使えなくなってしまう。
このことを体験した孫(正義、ソフトバンクグループ代表取締役会長 兼 社長、SBエナジー取締役会長)は、エネルギーはインフラのインフラであると認識し、ソフトバンクグループらしいエネルギー事業に着手しました。そして2011年10月6日にSBエナジーを設立し、自然エネルギーの普及促進への取り組みを開始しました。
それまでの日本の電力事業は、大規模集中型の発電で長距離の送電を行うというものでした。しかし、これからは小型分散型ネットワークでの電力供給になる必要があるし、しかもコンベンショナル(伝統的)な化石燃料ではなく、クリーンな電源である必要があります。そういったエネルギー事業になっていくべきだと考えています。
―通信やIT、あるいはAI(人工知能)に取り組んできた事業者がエネルギーを扱うとき、それは既存の電力会社とは大きく異なるものになると思います。実際に、VPP(仮想発電所)のように、通信やITを活用したエネルギーサービスが求められています。
三輪氏:おっしゃる通りです。我々もエネルギー事業をスタンドアローンでは考えていません。よく、「B・M・W」と表現するのですが、我々はこの3つの文字に代表される軸で考えています。
WはWatts、再エネの発電事業を意味しています。
BはBits、情報です。ソフトバンクグループとしては、当然取り組むべき分野です。SBエナジーは過去4年にわたって、AIやIoTを活用したVPPの実証事業に参加してきました。この実証のデータを基に、ソフトバンクグループらしいVPPの実装を考えています。
MはMobility、移動です。Mobilityはおそらく電気自動車(EV)に移行していきますし、そこでバッテリーや電力貯蔵システムがかかわってきます。
このB・M・Wのすべてが結びついたところに、ソフトバンクグループの持つリソース、強みを生かしていくことが差別化につながると考えています。
再エネ電気をバッテリー、エネルギー貯蔵システムへ
―それぞれの分野について、現況をおうかがいします。
三輪氏:Watts事業からお話しします。この分野では、2011年の会社設立以来、再生可能エネルギー発電所の開発を進めてきました。現在、事業化発表済みの案件では、太陽光発電だけで47件、合計出力規模は668.4MWになります。他に、風力発電2件55.9MW、バイオマス発電1件50.0MWがあります。この他にも、モンゴルでは50.0MWの風力発電所を運転しており、将来は2GW規模の開発を検討しています。
モンゴルの風力発電所続いてBits事業です。
VPPについては、経済産業省の実証事業として2016年度に開始されて以降、4年間にわたって実証事業者として採択されていますが、これまでは採択された各事業者がさまざまな実証を行う、いわばR&Dの段階にありました。この実証事業を通じて、技術や経済性などの知見が蓄積されてきたところです。今年度(2020年度)は総括的な取り組みとして、実用化に向けた実証を行っていますが、VPPのアグリゲーションコーディネーターとしての十分な役割を果たすことができる見通しです。
その上で、ソフトバンクグループのリソースを活用した、我々らしいVPP事業が構築できたらと考えています。将来的にはグループの通信事業やeコマース、オンライン決済各社との連携を模索したり、全国の通信基地局に設置されている蓄電池もリソースとして活用できればと考えています。
―これまで、調整力公募で商用化されてきたものは、むしろ産業用のDR(デマンドレスポンス)だと思います。そうした分野には進出されないのですか。
三輪氏:過去4年のVPP実証で分かったことは、産業向けのVPPは簡単なようで難しいということ。産業向けのVPPで強いプレーヤーもいます。工場と組んで、工場の稼働を大きく変更させることで需給バランス機能を発揮する。
でもそれはSBエナジーが一番力を発揮できるところではなかった。経済産業省のコンセプトにも入っていますが、オンラインネットワークとかeコマースとか、決済プラットフォームと組んで、VPPに広がりを持たせる。それから収益性も確保していくという、ソフトバンクグループの一員として、SBエナジーにしかできないVPPの取り組みを進めていくということです。
―一方、Mobility事業についてはいかがでしょうか。
三輪氏:バッテリーやエネルギー貯蔵システム(ESS)は、これからのゲームチェンジャーになると思っています。次の段階として、スタンドアローンの発電事業ではなく、大規模な電力貯蔵システムや電気自動車のバッテリーなどとの組み合わせが出てくるので、この両方に注目する形で考えています。
実際に、発電側ではありますが、今年(2020年)7月には、三菱UFJリースと共同で、19MWhの蓄電池を併設した、出力規模64.6MWのソフトバンク苫東安平ソーラーパーク 2の運転を開始しましたが、この発電所にはリチウムイオン電池を併設しています。
ソフトバンク苫東安平ソーラーパーク 2これに続き、Mobility事業としては、電気自動車のバッテリーや定置用電力貯蔵システムと自然エネルギーの組み合わせによるパラダイムシフトを実現していきたいと思います。
蓄電リソースについては、リチウムイオン蓄電池だけではなく、レドックスフロー電池にも注目しています。現段階では、蓄電池の分野でどこが主流になるか、いわゆるWinnerはまだ分かりません。技術競争というより、一番大きなマーケットにいち早くアクセスできた技術が主流になると考えています。結局、量産によってコストが低下するので、本質はいかにマーケットをつかむか、という競争なのだと思います。
エネルギー事業への投資はFixed Income Modelで
―再生可能エネルギーはこれから主力電源化していきます。社会を支えるインフラとしてより重要なものになってくるのだと思います。そこで、同じ公益事業である通信事業を行い、インフラを担ってきたソフトバンクグループにとって、エネルギーインフラを担うということには、また別の意味があるのではないでしょうか。
三輪氏:まずグループとして、通信に次ぐ事業の柱にしていきたい、ということがあります。世の中は明確にSDGs、ESGに目線が向いている。クリーンエネルギーはSDGsの7番目、ど真ん中です。それから、ITにはエネルギーが必要です。その意味では、繰り返しになりますが、インフラのインフラがエネルギーだということになります。
人間の体にたとえると、ITは神経系だといえます。これに対し、循環器系がエネルギーです。我々は神経系を生かす循環器系を担っていくという役割があると思っています。
―そうしたとき、どのように投資をしていくのか、その戦略ということも決まってくると思います。
三輪氏:ソフトバンクグループの事業を投資という目線で見るならば、エネルギー事業には、Fixed Income(固定収益)モデルで考えています。
投資に対するリターンを考える場合、短期的なキャピタルゲインを目指す場合と、長期的な収益を目指す場合の、2つのモデルがありますが、再生可能エネルギーによる発電事業は、長期的な収入に入ります。ソフトバンクグループの投資ポートフォリオの中で、規模は持ち株会社の投資事業とは違いますが、エネルギー事業は固定収入モデルと言えます。
―他のスタートアップなどへの出資についても同様に考えているのでしょうか。
三輪氏:過去、世の中に訪れた大きな変化は通信、移動、エネルギーの3つの分野で起きています。これらは、基本的な人間および社会の枠組みのイノベーションが起こる単位です。これからのエネルギー事業はこの3分野をすべて含んでいます。
だからこそ、SBエナジーは昨年4月、米国のボストンにあるClimaCellという、天気予報システムを提供する会社に出資しました。実は、電波の通信スピードは湿度の影響で変化します。ClimaCellはこのしくみを利用し、無線通信などの基地局間での電波の通信速度から得られるデータを既存の気象観測データと組み合わせて、正確な予報を行います。日本においても携帯電話の基地局などからデータがとれれば、全国で正確なデータがとれるようになります。こうした技術によって、太陽光発電や風力発電の発電予測、あるいは需要予測をより正確なものにしていくことができます。こういうものとどう組み合わせていくかがこれからのエネルギー事業になっていきます。
あるいは、よりコンシューマーに近い分野への投資も行っています。スウェーデンにあるExegerという会社にソフトバンクグループが昨年出資し、SBエナジーは戦略的パートナーシップを締結しました。同社が手掛ける太陽電池セルは色素感応型で、室内光などの人工光でも発電します。さまざまな形状や色彩にプリントできるため、いろいろなデバイスにこの製品を組み込むことで、恒久的な電力供給が可能となります。電気のユビキタス化とでもいうのでしょうか。エネルギーをエネルギーだけで考えるのではなく、ソフトバンクグループらしい要素と組み合わせて、できるだけ多くの人に役立てれば、そこに収益もついてくると考えています。
次の電源開発は洋上風力と地熱を中心に
―一方、今後、発電事業の開発案件というのは、国内では減少していくのではないでしょうか。
三輪氏:コンベンショナルな太陽光と陸上風力に続くものとして、洋上風力と地熱には力を入れていくつもりです。洋上風力は単独でできる事業ではないので、多くのパートナーと組み、リスクダイリューションを図りながらやっていきます。国内の太陽光発電については、卒FITをどうするかが焦点になり、コーポレートPPAなどを考えていきます。
もう一つはグローバル展開。海外では太陽光や陸上風力もまだ余地がある。もともとモンゴルで進めていますし、米国ハワイ州は、太陽光や風力の発電と蓄電池の組み合わせが世界的にも進んでいる地域ですが、SBエナジーは今年5月にはマウイ島で、蓄電池を組み合わせた出力規模70MWの太陽光発電案件を落札しました。確実な完工に注力していきます。また、アラブ首長国連邦のドバイに子会社を設置し、中東とアフリカへの展開の可能性も見ています。そのほか、インドや米国などに関しては、ソフトバンクグループで海外のエネルギー事業を所管する別法人が手がけています。
―孫会長は以前、アジア各国を海底送電線でつなぐ、アジアスーパーグリッド構想を提唱されていました。
三輪氏:今も検討を続けています。ただ、これはどうしても政治的な側面が関係するので、一民間企業だけで実現できるものではありません。引き続き持ち続けている夢でもあります。
―あらためて、SBエナジーはソフトバンクグループの一員として、消費者にどのような豊かさをもたらしてくれる存在なのでしょうか。
三輪氏:いつも考えているのは、Inside outとOutside inです。 Inside outというのは、いかにしてソフトバンクグループらしい内部の強み、何を活かせば競争力の源泉になるかを考えています。
一方、Outside inでは、社会の変化をいかに業務に取り入れていくか、ということです。
時代は、脱炭素、分散型、クリーン。まさにSDGsやESGの世界です。コロナ危機にもそのインプリケーションがある。再生可能エネルギーには耐性があるということです。脱炭素で言われていた世界の都市部の空気汚染について、新型コロナがそこに意識を向けました。クリーンな電源や再生可能エネルギーへの理解がより深まったと思います。
さらに、蓄電池やより正確な気象予測などの技術が、再エネ利用を促進します。
エネルギーはインフラのインフラだと話しましたが、これは豊かな社会であり続けるための究極の黒子でもあります。ソフトバンクグループが進めるAI群戦略が作る世界が人の神経系であれば、その人を生かし、優秀な神経系を動かす血管系、循環器系となる。ソフトバンクグループのエネルギー会社としてはそういうことを掲げていきたいと思っています。
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