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電力取引ブロックチェーンの謎を解く LO3 ENERGY 大串康彦氏に聞く

電力取引ブロックチェーンの謎を解く LO3 ENERGY 大串康彦氏に聞く

2019年08月01日

LO3 ENERGY 大串康彦氏に聞く

電力の取引にブロックチェーンを用いたピアtoピア(P2P)取引というものが話題になることが増えている。ただ、ブロックチェーン自体がまだ発展途上の技術であり、一般への浸透度も低い。P2Pの電力取引といわれても、なかなかピンと来ないのが実際のところ。そこで、エネルギーシフトのエキスパートであり、ブロックチェーンを用いた電力取引に詳しい米LO3 ENERGY社の事業開発ディレクター(日本担当)の大串康彦氏に、いろいろな疑問点を聞いてみた

ブルックリンからはじまった

−世界中でブロックチェーンを用いた電力のP2P取引が行われるようになっているようですが、これはいつごろスタートしたものなのですか?

大串:確かに、現在世界中で数多くのP2Pの実証実験が行われていますが、一番はじめは2016年4月にLO3 ENERGY社がアメリカ・ニューヨークの一角、ブルックリンにおいて行ったものだと思います。

地元の住人約10人が参加しての実証実験で、電力会社や規制当局に対し「将来はこんなことができるようになる」ということを見せることを目的にスタートしたのです。

https://www.brooklyn.energy ウェブサイトより

どのようなものか簡単にいいますと、各家庭の屋根に設置した太陽光発電の余剰電力を地域内で取引するのをブロックチェーン技術を使って行うのです。ブルックリン・マイクログリッドという、この実証実験は現在も続いており、数百人という規模にまで広がってきています。その後、世界中で同じような実証実験が数多く行われるようになってきています。

−世界的に見ても現状はまだ実証実験の段階なのですか?実際ビジネスとしてスタートしたところはないのでしょうか?

大串:ブロックチェーンを用いたP2Pの実証実験は、世界中で50以上あると思いますが、どこも実証実験の段階であって、本当にP2Pで商用化できているものはまだありません。みんな電力のような会社もありますが、小売電気事業者の従来のシステムの中で供給と需要の紐付けをブロックチェーン技術を使って行った段階で、P2P電力取引そのものを商用化できているわけではないので、まだこれからという段階ですね。

ブロックチェーンを用いた電力取引の再整理

−改めて、このブロックチェーンを用いた電力取引のシステムってどんなものなのかを簡単に教えてください。

大串:現状、なかなか整理された情報がなく、人によってとらえ方が違ったり、みなさん混乱されているのが実際のところです。

ブロックチェーンを用いた電力取引のシステムとは、発電量や使用量など電力量をデジタルアセット化し、ブロックチェーンを用いて取引・記録していくシステムです。予測を使って事前にマッチングしたり、実績値を使って事後にマッチングしたり、その中で細かい方法は複数あります。

太陽光発電の余剰電力など末端の需要家が供給する電気をP2Pでやりとりするものが、一番取り組まれているアプリケーションではありますが、必ずしもP2Pだけでなく、その他のユースケースも出てきています。

たとえば卸売市場での取引や、調整力の取引、デマンドレスポンスに使ったり、電気自動車への充電に利用するなど……。

また取引側面だけが強調されていますが、ブロックチェーンの電力分野の応用事例では、取引は伴わないけれど、台帳としてのブロックチェーンに記録することで改ざんのない確実な記録方法として利用されるケースもありますね。

電力取引に最適なブロックチェーンはあるのか

−一言でブロックチェーンといっても、いろいろな種類があると思うのですが、電力取引用には、これ、というものはあるのですか?

大串:電力取引のブロックチェーンに何を使うかは各社まちまちで、何がいいかを指定するのは難しいですね。基盤技術としてはイーサリアムやハイパーレッジャー・プロジェクト下の技術などいろいろあります。

決め手となる要素は大きく4点あると思います。1つ目は処理のスピード、2つ目はトランザクション単位での取引コストがどのくらいになるか、3つ目はスケーラビリティ(規模が増したときに処理容量を高められるか)がどれだけあるのか、そして4つ目はセキュリティーですね。

この状況はどんどん変化していくので、3か月もすれば、優劣は変わってきます。そのため、私自身は各システムごとのブロックチェーンのある時点での技術的特性にはあまり注目してないんですよ。

ちなみにエネルギー業界でデファクトを取ろうとしているコンソーシアム、「Energy Web Foundation(https://www.energyweb.org)」が「EW Chain」という基盤技術を作っているところです。2019年6月に商用バージョンをリリースしたばかりですが、性能についてはホワイトペーパーに関して記載があるだけで実測値が発表されていないので、どうなるかは未知数というのが実情でしょう。

−ブロックチェーンのシステムにはパブリックとプライベートがあります。一般的にはパブリックのほうが、よりセキュリティも高く、信頼性も高い……と言われていますが、やはり電力取引においても同様だと考えていいですか?

大串:これは私見ではありますが、電力取引のためのブロックチェーンの場合、プライベートのほうが向いているのではないか、と考えています。

確かにプライベートシステムはセキュリティーなどの問題で批判されることが多いですし、もともと認証した人たちの中だけで取引しているのなら、それはブロックチェーンとは言わないんじゃないか…といった意見があるのは事実です。でも、電力の情報システムはもともとセキュリティーが高く、スマートメーターや電力データがハッキングされた、なんて話は聞いたこともありません。

もし非常にセキュリティーが低いところに導入するなら別ですが、こうした世界への導入であれば処理速度などの要件を満たすものがよく、現在の技術ではプライベートの方が向いているものが多いのではないかと考えています。

電力取引はP2Pに向かっているのか

−そもそも、世界的にみて電力取引はP2Pに向かっていくのでしょうか?

大串:P2Pの定義にもよると思いますが、仮に太陽光の余剰電力など需要家が供給する電気を直接ほかの人に売っていくケースを考えれば、間違いなくP2Pに向かっていくと思います。

とはいえ、現時点では制度上それはできません。というのも直接売るとなったら、余剰電力を売電する個人家庭も小売電気事業者の登録をしなければいけないですからね。もっと細かなことをいえば、託送料金をどうすればいいか、同時同量をどう担保するか……などなど決まっていないことが多く、これにあった体系ができていませんから。前述のブルックリンの事例も、電力と紹介しましたが、実際は電力そのものはP2Pで取引できないため、電力から分離したローカルでクリーンなエネルギーの価値を取引しています。

(2019年)5月10日にエネ庁で「次世代技術を活用した新たな電力プラットフォームの在り方研究会*」、通称プラ研が開かれましたが、ここで大まかな指針が示されました。これは大きな前進だったと思いますが、それを実現するためには法律を変えていく必要があるので少なくも数年以上はかかる話ですが……。

経産省資料:
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/denryoku_platform/pdf/007_03_00.pdf

ブロックチェーン電力取引は拡大するか

−家庭の屋根の太陽光発電における余剰電力について、現在の実証実験においてはどのような形になっているのですか?

大串:P2Pではそれに参加する顧客同士で同時同量を実現する形になります。つまり供給側である太陽光発電が系統へ流す電力量と、需要側で使用する電力量をマッチングさせるわけです。これを1つの小売電気事業者間の顧客同士や同じバランシング・グループ内である小売電気事業者内で行うのであれば問題ないのですが、事業者間をまたいでできるかとなると、同時同量の制度的にみて現状においては難しいのが実情ですね。

−太陽光の余剰電力だけだと、電力系統全体からすると微々たるものだと思います。将来的には再エネ全体、さらには火力発電所、原子力発電所も含めてP2P化し、ブロックチェーンが使われていくようになるのでしょうか?

大串:現状は、全体のボリュームから考えるとP2Pのスケールはとても小さいです。住宅の太陽光の余剰電力だけだと、2025年になっても日本の需要の1%以下である見込みですからね。

まあ0か100かという問題ではないので、すぐにすべてがP2P化していくとは思いません。個人的には今の内に実証実験を重ねながら、ブロックチェーン技術の特徴を活かせる新しい利用法、新しいアプリケーションの開発が進めばいいな、と考えています。

−家庭の余剰電力のP2P取引を行うにあたって、計量法に則した電力メーターが必要なのではないか、という声がありますが、これについてはどうお考えですか?

大串:計量法の話は、強調されすぎなのではないか、と思っています。実際、余剰電力の取引だけであれば、現在あるスマートメーターを使うだけなので、新しいメーターが必要なわけではありません。

たとえば太陽光発電の自家消費分の環境価値の取引を行う、といった場合、スマートメーターでは自家消費量を測定できないため、発電量と逆潮流の差し引きをする新しい電力メーターが必要となるので、計量法にマッチしたメーターを導入しなくてはなりません。これはコスト的に大きな負担になり得ます。

また電気自動車の充電量を測定するといった場合も同様で、新規に計量法検定を通った電力量計が必要になります。

日本の電力市場は岐路に立っている

−P2Pでの電力の売買、仮想的に考えれば遠隔地同士のやりとりでもいいと思いますが、本来であれば、屋根で発電した余剰電力は近所で消費されるのがベストだと思います。そうした場合、マイクログリッドは有効な手段だと思いますが、今後、日本はマイクログリッドへ進んでいくと思いますか?

大串:確かにマイクログリッドを利用するというアプローチもあります。でも、すでに日本全国送配電網はあるので、何がインフラ投資として正しいのか、という議論になってくるのではないでしょうか?

新しい地域に新規に作るのならマイクログリッドの優位性はあるけれど、送配電網があるところに新たに作って投資した分の便益を得られるか、ということですね。余剰電力を地域で消費する仕組みづくりのためであれば、系統から独立して運用可能なマイクログリッドでなくても可能と思います。

マイクログリッドについては、北海道でのブラックアウト以降注目を集めており、経産省でも補助金を出して推奨をはじめています。もっとも、これは災害対策であって、災害時にインフラが落ちても系統から切り離し再生可能エネルギーで地域の需要を満たすことなどが主目的のようです。

30年先は分からないですが、今すぐ全国の送配電網をマイクログリッド化するというのは、現実的ではないでしょう。とはいえ、インフラの老朽化は深刻な問題となってきているので、全体最適でいかに社会コストを下げるかという意味で有効なソリューションになる場所はでてくると思います。

−最後に、日本の電力市場は今後どのようになっていくと思われますか?

大串:今後、P2Pを含め、面白いサービスがいろいろと登場してくるとは思います。でも、その反面で、インフラの老朽化であったり、少子高齢化、投資原資の縮小……と国内の難しい課題がいろいろと押し寄せています。

ちょっと図を描いてみましたが、これは電力市場に限ったことではないかもしれません。

うかうかしていると海外から攻め入ってくるのではないでしょうか? 日本は課題先進国といわれていますが、いかにこの課題を解決し、それを材料にして、海外に出ていけるかが問われています。このままいくと国内市場は縮小し、老朽化したインフラや社会保障費の増大により日本は貧乏な国になってしまいます。まさに岐路に立っている状況ではないでしょうか。

−ありがとうございました。

(取材・執筆 藤本健 撮影:寺川真嗣)

大串康彦
大串康彦

米国LO3 Energy Inc. 事業開発ディレクター(日本担当)。プラント会社にて廃棄物処理プラントおよび燃料電池発電システムの開発、海外の電力会社にてスマートグリッドの事業企画および研究開発プログラムの運営、外資系事業会社にて燃料電池発電システム、蓄電システムの事業開発などを経験。IEEE P2418.5 エネルギー分野のブロックチェーンに関する標準化ワーキンググループメンバー、経済産業省「次世代技術を活用した新たな電力プラットフォームの在り方研究会」オブザーバー、経済産業省「平成29年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備」ブロックチェーン法制度検討会(物流、サプライチェーン、モビリティ分野)構成員なども務める。

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