現在欧州では、様々な水素関連プロジェクトが行われている。その中で最大規模のプロジェクトが、ドイツのエネルギー大手RWE(本社・エッセン)など68の企業、団体、自治体が参加しているアクア・ヴェントゥス(AquaVentus)計画だ。アクアはラテン語で水、ヴェントゥスは風を意味する。
日本ではグリーン水素検討評議会と呼ばれているこのコンソーシアムは、2020年12月にドイツに創設された。この計画にはRWEの他ドイツのエネ大手エーオン、EnBW、スウェーデンの国営電力会社バッテンフォール、欧州最大の電機電子メーカーであるジーメンスの子会社ジーメンス・エナジー、ドイツの工業ガス大手のリンデ、石油大手シェルのドイツ子会社、オランダのガス輸送企業Gasunieなどが参加している。日本からはJパワーと丸紅が加わっている。
巨大プロジェクトの舞台となるのは、北海に浮かぶヘルゴラント島周辺の海域だ。この島は、ドイツのニーダーザクセン州の沿岸から約北西に約50kmの場所にある。
ヘルゴラント島
Carsten Steger, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
RWEなど参加企業は、この海域に洋上風力発電所と水の電気分解施設を建設する。2GWの洋上風力発電・電解施設が5ヶ所に建設され、2035年までにこの施設は、10GWの水素製造能力を持つことになる。参加企業は、毎年100万トンのグリーン水素を製造することを目指している。一種の水素クラスターが、ドイツの沖に出現するわけだ。
まずRWEはパイロット・プロジェクトとして、ヘルゴラント島に近い海域に、容量14MWの電解施設を2基建設する。この電解施設は、洋上風力発電プロペラの基部に取り付けられる。
アクア・ヴェントゥスに関連して、RWE、シェル、Gasunieとノルウェーのガス・天然ガス企業Equinorは、今年7月23日にAquaSektorという実証実験プロジェクトの実施について、趣意書に調印した。
このプロジェクトはアクア・ヴェントゥスの準備を行うために、まず容量300MWの洋上水素製造施設を建設し、毎年2万トンの水素を製造する。このプロジェクトによって、参加企業はグリーン水素の経済性や輸送可能性について、検証を行う。
アクア・ヴェントゥスのロードマップ アクア・ヴェントゥスウェブサイトより
洋上に風力発電プロペラと電解施設を設置すれば、現場でグリーン水素を製造できるので、効率性が良い。RWEによると、洋上風力発電所から高圧直流送電線で本土に電力を送って陸上の電解施設で水素を製造するよりも、海中パイプラインでグリーン水素を本土に送る方がコストは低くなる。今のところグリーン水素の製造コストは、化石燃料由来の水素よりも割高だが、アクア・ヴェントゥス計画が軌道に乗れば、グリーン水素の価格競争力が改善されるかもしれない。
このようにして洋上で作られた水素は、2028年からヘルゴラント島の中継拠点を経て、パイプラインでドイツ本土へ送られる。海底に大規模な水素のパイプラインが設置されるのは、ヨーロッパでは今回が初めて。この輸送プロジェクトはAquaDuctusと命名され、RWE、シェル、オランダのガス輸送企業Gasunie、ドイツのガス輸送企業GASCADEが担当する。
RWEウェブサイトより 水素パイプライン
本土に到達した水素は、鉄鋼メーカー、化学メーカーなどの大口消費者に送られる。現在これらの業界は、製造工程で使われている化石燃料を、グリーン水素によって代替するための研究プロジェクトを急ピッチで進めている。EUが発表した目標に合わせて、2050年までにカーボンニュートラルを達成するためだ。またグリーン水素の一部は、船舶の化石燃料を水素で代替する実証実験にも使われる。
ちなみにこのプロジェクトの参加企業は、将来英国やデンマーク、オランダなどに水素を供給することも検討している。つまりアクア・ヴェントゥスは、欧州全体を視野に入れたプロジェクトに成長するのだ。ドイツの電力業界の経営者団体であるドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)はアクア・ヴェントゥスを「水素エネルギー普及のための模範的なプロジェクト」として推奨している。
ドイツはEUの中で水素エネルギーの実用化に最も力を入れている国の一つだ。メルケル政権は、2020年6月10日に「国家水素戦略」を発表した。その狙いは、製鉄所、化学プラント、トラック、船舶、航空機、暖房などのエネルギー源を重油や石炭、コークス、ケロシンなどの化石燃料から水素または水素由来の合成燃料(E燃料)に切り替え、CO2排出量を大幅に減らすことだ。
同国は「我々は、水素エネルギーの実用化に関して、世界のリーダーになる」と宣言している。
ドイツは今後水を電気分解して水素を製造する施設(電解施設)の建設、技術開発、外国からの輸入体制の構築などのために合計90億ユーロ(1兆1,700億円・1ユーロ=130円換算)の予算を投入する。
水素には余剰電力の蓄積手段としても期待がかけられている。現在ドイツでは、北部で強い風が吹いて風力発電装置によって大量の電力が作られても、南部に送る高圧送電線が不足しているので、再生可能エネルギーによる電力が余ることがある。
大量の電力が短時間に系統に送り込まれると系統が不安定になり、大規模停電などの原因になる。このため現在では、電力需要が少ない時にドイツ北部で強い風が吹くと、送電事業者が、再エネ発電事業者に発電を見合わせるように要請することがある。
送電事業者は、再エネ発電事業者が売れなかった電力について、補償金を支払い、消費者の託送料金に上乗せしている。ドイツの電力業界では、こうした措置をリディスパッチと呼んでいるが、発電事業者・消費者双方にとって大きな無駄である。
将来こうした余剰電力を水素に変えれば、地下のタンクなどに貯蔵できる。電力が不足した時には、蓄積した水素を電力に変えて供給する。水素の輸送や貯蔵には、既存の天然ガスのためのインフラを使用する。その意味でも、水素エネルギーに関するインフラを整備することには大きな意味がある。
水素国家戦略によると、同国は2030年までに水素エネルギーの製造キャパシティー(容量)を5GW、2040年には10GWに引き上げる方針だ。
アクア・ヴェントゥスは政府の水素拡大計画の中で、重要な役割を演じることになりそうだ。
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