脱炭素時代の大きな潮流は、太陽光や風力といった再生可能エネルギーや、車で言えばEVを含む電動化だが、そこで脱炭素が進むと、見えてくるのが、水素の利活用だ。
再エネは、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が6月に発表したように、最も安価な石炭火力よりもコストが低下している。脱炭素文脈における水素は、CO2フリーの水素であり、メインは再エネ由来のグリーン水素だ。つまり、脱炭素が進展し、再エネのコスト低減と十分なボリュームが見えてきた先に、水素時代は見えてくる。
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水素時代を見据えて、各国も動き出している。特に進んでいるのが欧州だ。
欧州にはガスパイプラインが張り巡らされており、既存のパイプラインに水素を流し込むことで流通網を確立できるからだ。そうした特性もある欧州は2020年7月に水素戦略を発表。2050年までにグリーン水素への投資額の累計は1,800億ユーロ~4,700億ユーロ、日本円にして約20兆円から50兆円の投資額が見込まれている。
また、欧州各国も取組みを加速。イギリスは8月17日、2030年までに40億ポンド(約6,000億円)の投資を含む水素経済計画を発表した。ドイツも2020年6月10日に「国家水素戦略」を発表し、今後、水を電気分解して水素を製造する施設(電解施設)の建設、技術開発、外国からの輸入体制の構築などに合計90億ユーロ(1兆1,700億円・1ユーロ=130円換算)の予算を投入する予定だ。
そのドイツでは、すでに大手電力会社を中心に68の企業、団体、自治体が参加して水素プロジェクトを具体的に進めており、洋上風力発電所と水の電気分解施設を建設し、グリーン水素を国内で流通させる方針だ。
とはいえ、元々、水素についてはトヨタがかなり注力をしていたこともあり、日本がその取組みを国際的に進めてきた。2018年の世界経済フォーラムでは当時の安倍首相が水素戦略を世界にアピールしたほどだ。
実際、燃料電池など関連技術の特許出願数は世界1位である。
水素は、まだまだ価格が高いため、非現実的、水素は来ないなどの批判がある。しかし、再エネも、批判された時代があった。仮に電力目的で水素が来なくても、エネルギーは何も電力だけではない。熱もある。また、製鉄では、還元作用をもたらす工程でコークスを代替する水素還元が今後の手法として考えられている。
このままの勢いで脱炭素化が世界で進展したら、グリーン水素という文脈は必ず出てくるだろう。つまり、次の次の手、という位置づけに水素はあるわけだ。もちろん、脱炭素の進展の中で、水素よりも効率の良いものが出てくるかもしれない。しかし、いずれにしても、競争はすでにスタートしている。
現状、技術においては日本の水素産業が世界をリードしており、2兆円のグリーンイノベーション基金を活用し、その動きがさらに加速している。
そこで、日本の水素産業について、以下の4つの取り組みを紹介したい。
どの技術が花開くのか、見ていこう。
まずは、三菱重工と東邦ガスによる都市ガス・水素混焼の運転から見ていきたい。
水素に関しては、実証系が多い中、2社の取り組みは具体的な達成事項となる。
具体的には三菱重工と東邦ガスが、コージェネレーションシステム用のガスエンジン商品機を用いた都市ガス・水素混焼実証に共同で取り組み、定格発電出力で水素混焼率35%での試験運転に国内で初めて成功したというもの。コージェネレーションシステムとは、燃料を使って発電をするときに、出てくる熱などの副産物を、冷暖房や給湯などに使う一石二鳥の仕組みだ。
試験運転で用いたガスエンジン 三菱重工 ニュースリリースより
すでにこのガスエンジンは顧客に納品されており、実績を持つ。脱炭素時代においては、実績があるものをうまく活用した方が、効果的だ。その道を三菱重工と東邦ガスは模索してきた。つまり、すでに設置済みのコジェネシステムに対し大幅な改造を加えることなく、都市ガス・水素混焼運転の実現を目指してきたというわけだ。
ただ、都市ガス・水素混焼においてはいくつか乗り越えなければいけない課題がある。
一つはバックファイアと呼ばれる、エンジンの吸気側に火が逆流する現象だ。水素は都市ガスと比べ最小着火エネルギーが小さく、また、燃焼速度が速いため、都市ガス専焼に比べバックファイアが発生しやすい。
2つ目の課題がノッキングと呼ばれる気体が自ら着火して燃焼室内の圧力が急激に上昇する現象だ。水素は都市ガスと比べ燃焼性が高く、シリンダ内圧・温度が上がりやすいことから、都市ガス専焼に比べノッキングが発生しやすい。
3つ目としてプレイグニッションと呼ばれる通常の点火の前に、気体が自着火してしまうという問題もある。これらの問題を三菱重工と東邦ガスはクリアし、安定した燃焼状態での運転を確認した。しかも、発電効率などを下げずに、35%の水素混焼率での定格運転成功は国内初だ。
今回の成功によって、需要家は、自らが有するコジェネシステムでの水素の利活用が見えてきた。
次が川崎重工、岩谷産業、ENEOSによる液化水素サプライチェーンの商用化だ。
川崎重工 100%子会社の日本水素、岩谷産業、ENEOS3社が、水素の大量消費社会を見据えて、CO2フリーの水素サプライチェーンの本格的な社会実装に備えるべく、年間数万トン規模の大規模な水素の液化・輸送技術を世界に先駆けて確立し、水素製造・液化・出荷・海上輸送・受入までの一貫した国際間の液化水素サプライチェーン実証を行うというものだ。
この3社の組み合わせが非常に興味深い。いずれも水素に早くから注目をしてきた企業であり、それぞれ違った強みを持つため、サプライチェーンに関しては、補完しあえる関係にあるからだ。
日本で水素といえば岩谷産業だろう。日本の誰よりも早く、1941年に水素販売を開始。そこから水素の製造、サプライチェーンの構築、利用開発を進め、日本の水素利用の拡大を支え続けてきた、日本の水素の老舗だ。圧縮水素及び液化水素のシェアは国内トップ、特に、今回サプライチェーン形成の対象となる液化水素については高い製造能力とハンドリング技術を活かして、日本唯一のメーカーとして100%のシェアを有している。
ただし、サプライチェーンというだけあって、うまく運べなければ使えない。そこで強みを発揮するのが川崎重工。世界中で作られた水素を運ぶためには容量を減らすべく液化するわけだが、マイナス253℃に冷却し、体積が気体の800分の1となった液化水素を安全かつ大量に長距離海上輸送する必要が、サプライチェーン構築にあたっては欠かせない。それに取り組んできたのが川崎重工だ。世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」を開発し、まさにこの実証事業でその船を活用していくという。
持ってきた水素は、今度は国内で流通させなければいけない。そのサプライチェーン構築は、ENEOSの流通網を活用していく。全国の製油所やガソリンスタンドのネットワークなど、ENEOSが保有する既存インフラを活用して、水素供給サプライチェーンの構築を進めていくというのが彼らの計画である。
これら3社の強みを一体にして今回の液化水素サプライチェーンの事業は実施されていく。
具体的には、16万m3クラスの液化水素タンクを搭載する液化水素運搬船や5万m3クラスの陸用液化水素タンクなどの商用化の実現に向け、大型設備を川崎重工が供給しつつ、2030年30 円/Nm3の水素供給コストの実現を目指していく。
NEDO ニュースリリースより
3つ目が、日揮・旭化成による大規模水素製造システムを活用したグリーンケミカルプラントだ。
この実証、端的にいうと、再エネ由来のグリーン水素を活用したグリーンアンモニアの事業になる。
実は、旭化成は2020年から福島県浪江町の福島水素エネルギー研究フィールドにて、最大10MWクラスの電気を使う、世界最大規模のアルカリ水電解システムを運用しており、グリーン水素を生成してきた実績を持つ。
一方、日揮は、CO2フリー水素を活用したアンモニア製造技術に取り組んできた。
今回、事業を大幅にスケールアップさせ、100MW級を見通した大規模アルカリ水電解システム及び、グリーン水素を原料としたグリーンアンモニアなどの化学品の合成プラントを実証する。
実は、CO2の排出に関しては、電力セクターや製鉄業もさることながら、原材料に原油などを使用する化学業界も多くを排出している。この原油を、グリーン水素に置き換えて、グリーンケミカルを作ろうというのが、今回の実証だ。
その全体像は、再エネで発電した電気を、旭化成が担当する水電解システムで水素にする、そして旭化成・日揮がともにその水素を使ってグリーンケミカルを作るというもの。そのままグリーン水素の供給という選択もできるし、アンモニアをはじめとする化学品の需要家にはそれらを届けることもできる。
ただし、再エネ由来のため、水素製造は、再エネの発電が不安定であることから変動する。この変動も織り込み、全体プロセスを監督するべく、旭化成と日揮は共同で、水素供給量を制御し、運転最適化を実現する統合システムの開発を目指している。
これも、脱炭素が進展して、再エネが安くなることを想定して、水素を作るところから、それをさらに原料に、化学品を作る、という図式だ。
日揮ホールディングス プレスリリースより
最後の事例が、より直接的なエネルギー供給の論点。JERA、関電それぞれによる水素発電についてだ。
JERAといえば火力発電だが、この脱炭素化の時代に、水素やアンモニアを利用しながら、化石燃料比率を低減していき、最終的には発電時にCO2を排出しないゼロ・エミッション火力の開発を目指している。
そんなJERAが水素発電の実証で採択をされた。
内容は、JERAの有するLNG火力発電所において水素供給設備等の関連設備を建設するとともに、水素とLNGを混合燃焼できる燃焼器をガスタービンに設置し、2025年度に体積比で約30%のLNGを水素に転換して発電することを目指すというものだ。なお、体積比30%は熱量に換算すると10%に相当する。
NEDO ニュースリリースより
前述した三菱重工・東邦ガスは需要家企業がもっているガスエンジンの水素転換の話だ。
一方、JERAのように大規模な商用LNG火力発電所において、大量の水素を燃料に利用するのは、実は国内初であり、画期的な一歩と言えるだろう。
また、水素の受入・貯蔵からガス化、発電まで一連にわたる水素発電の運転・保守・安全対策など、水素発電に関する運用技術の確立を目指す、のが関電だ。
JERAだけでなく、関電まで水素実証に動いたという点は、やはり昨今の水素に向けた国内の動きを象徴している。
冒頭で述べたとおり、水素は次の次の手になるが、来るべきときに花開けば、日本の脱炭素並びに経済成長を支えることになるだろう。
今日はこの一言でまとめたい。
『国内の水素の動きが実態を伴って加速』
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