テスラ車、ビットコイン決済の波紋 | EnergyShift

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テスラ車、ビットコイン決済の波紋

テスラ車、ビットコイン決済の波紋

2021年04月20日

テスラがEVを超えて経済そのものに大きな影響を与えるトピックとなったのが、2021年2月のビットコインの購入と、購入を可能としたメニューの開始(3月)だ。これにより、暗号資産の市場価格は大きく変動した。テスラのどのような狙いがあるのか、今後の展開はどうなるのか、ジャーナリストの田中茂氏が報告する。

テスラ・ウォッチャーズ・レポート(2)

世間を驚かせたビットコイン15億ドル分の購入

テスラは2021年3月24日、暗号資産(仮想通貨)のビットコインを使用してテスラ車の購入を可能にするメニューを米国内で開始した。米国外でも同様のサービスを今年中には開始する予定だという。

これに先駆け、同社のCEOイーロン・マスク氏は2021年2月8日、自身のTwitterアカウントで15億ドル分のビットコインをテスラで購入したことを公表した。

多額かつ個人ではなく会社としてビットコインを買い付けたことから一大ニュースとなり、ビットコイン価格は4万4,000ドル台まで急上昇。その後、3月には一時値を下げるが、4月19日直近では、下がり局面ではあるものの5万ドル台を維持しており、ビットコイン市場は好調だ。

ただ、2月8日以降に発信されたテスラ車のビットコイン決済関連の記事を追っていくと、世間一般、金融業界、自動車業界といった立場の違いにより、テスラのビットコイン活用に対する受け止め方が異なることが見えてきた。今回はその違いを紹介する。

ビットコインのチャート(単位:BTC/USD)

暗号資産を普及させる資産家としての役割

世間一般では、1月に米アマゾンのCEOジェフ・ベソス氏を抜いて世界一の大富豪となったイーロン・マスク氏が、暗号資産のひとつであるビットコインに目をつけたところに、価値を見出している。

新たな貨幣として注目を集めているものの、まだ世間一般の信用を得るまでには至っていない暗号資産を、大手の企業が取引メニューに設定したことで、今後暗号資産決済を始める企業が増えていくのではないかという期待だ。

これには、イーロン・マスク氏が、2002年にイーベイに買収されたオンラインバンキングサービスの提供会社ペイパルを作った会社のひとつx.comを1999年に設立した経験を持っており、オンライン決済について専門的な知識を持ち合わせていると見られていることも少なからず影響している。


イーロン・マスク氏

決済よりも投資に重きを置かれたビットコイン

金融関係者の間でも、テスラ購入が、暗号資産の普及拡大に一役買うとして、積極的に捉える人が多い。同関係者が注目しているのは、テスラが米証券取引委員会(SEC)に提出した年次annual report(年次報告書)の中のリスクファクター(RISK FACTORS)項目の中で、「投資方針の一環として、デジタル資産、地金、金のETFなどにその一部を投資する場合がある」と報告していることだ。

テスラが米証券取引委員会に提出した年次報告書の抜粋

We hold and may acquire digital assets that may be subject to volatile market prices, impairment and unique risks of loss.

当社は、市場価格の変動、減損、固有の損失リスクを伴う可能性のあるデジタル資産を保有しており、取得する可能性があります。

In January 2021, we updated our investment policy to provide us with more flexibility to further diversify and maximize returns on our cash that is not required to maintain adequate operating liquidity. As part of the policy, which was duly approved by the Audit Committee of our Board of Directors, we may invest a portion of such cash in certain alternative reserve assets including digital assets, gold bullion, gold exchange-traded funds and other assets as specified in the future. Thereafter, we invested an aggregate $1.50 billion in bitcoin under this policy and may acquire and hold digital assets from time to time or long-term. Moreover, we expect to begin accepting bitcoin as a form of payment for our products in the near future, subject to applicable laws and initially on a limited basis, which we may or may not liquidate upon receipt.

2021年1月、当社は投資方針を更新し、十分な営業流動性を維持するために必要とされない現金をさらに多様化し、リターンを最大化するための柔軟性を提供しました。当社取締役会の監査委員会によって正式に承認されたこの方針の一環として、当社は、このような現金の一部を、デジタル資産、金地金、金の上場投資信託、および将来指定されるその他の資産を含む特定の代替準備資産に投資することができます。その後、当社はこの方針に基づき、総額15億ドルをビットコインに投資しました。また、当社はデジタル資産を随時または長期的に取得・保有することができます。さらに、近い将来、適用される法律に従い、当初は限定的にですが、当社製品の支払い手段としてビットコインの受け入れを開始することを見込んでいます。このビットコインは、受け取り時に清算することも、しないこともあります。

The prices of digital assets have been in the past and may continue to be highly volatile, including as a result of various associated risks and uncertainties. For example, the prevalence of such assets is a relatively recent trend, and their long-term adoption by investors, consumers and businesses is unpredictable. Moreover, their lack of a physical form, their reliance on technology for their creation, existence and transactional validation and their decentralization may subject their integrity to the threat of malicious attacks and technological obsolescence. Finally, the extent to which securities laws or other regulations apply or may apply in the future to such assets is unclear and may change in the future. If we hold digital assets and their values decrease relative to our purchase prices, our financial condition may be harmed.

デジタル資産の価格は、これまでも、そして今後も、関連する様々なリスクや不確実性の結果として、非常に不安定なものとなる可能性があります。例えば、このような資産の普及は比較的最近の傾向であり、投資家、消費者および企業による長期的な普及は予測できません。さらに、物理的な形態を持たないこと、その生成、存在および取引の検証を技術に依存していること、分散化していることから、その完全性が悪意のある攻撃や技術的陳腐化の脅威にさらされる可能性があります。最後に、証券取引法やその他の規制が当該資産にどの程度適用されるか、または将来適用される可能性があるかは不明確であり、将来変更される可能性があります。当社がデジタル資産を保有し、その価値が当社の購入価格に比べて低下した場合、当社の財務状況に悪影響を及ぼす可能性があります。

Moreover, digital assets are currently considered indefinite-lived intangible assets under applicable accounting rules, meaning that any decrease in their fair values below our carrying values for such assets at any time subsequent to their acquisition will require us to recognize impairment charges, whereas we may make no upward revisions for any market price increases until a sale, which may adversely affect our operating results in any period in which such impairment occurs. Moreover, there is no guarantee that future changes in GAAP will not require us to change the way we account for digital assets held by us.

さらに、デジタル資産は現在、適用される会計規則において耐用年数が確定できない無形固定資産とみなされています。つまり、デジタル資産の取得後、その公正価値が帳簿価額を下回った場合には、減損を認識する必要がありますが、売却するまでは市場価格の上昇に対する上方修正を行うことはできず、このような減損が発生した期間の経営成績に悪影響を及ぼす可能性があります。さらに、将来のGAAPの変更により、当社が保有するデジタル資産の会計処理を変更しなければならないという保証はありません。

Finally, as intangible assets without centralized issuers or governing bodies, digital assets have been, and may in the future be, subject to security breaches, cyberattacks or other malicious activities, as well as human errors or computer malfunctions that may result in the loss or destruction of private keys needed to access such assets. While we intend to take all reasonable measures to secure any digital assets, if such threats are realized or the measures or controls we create or implement to secure our digital assets fail, it could result in a partial or total misappropriation or loss of our digital assets, and our financial condition and operating results may be harmed.

最後に、中央集権的な発行者や管理機関を持たない無形資産であるデジタル資産は、これまでも、そして今後も、セキュリティ侵害、サイバー攻撃、その他の悪意のある活動、さらには人為的なミスやコンピュータの誤作動により、これらの資産にアクセスするために必要な秘密鍵の紛失や破壊の対象となる可能性があります。当社はあらゆるデジタル資産を保護するためにあらゆる合理的な手段を講じることを意図していますが、このような脅威が実現した場合、あるいはデジタル資産を保護するために当社が構築または導入した手段や管理が失敗した場合、当社のデジタル資産の一部または全部が流用されたり消失したりする可能性があり、当社の財政状態および経営成績に悪影響を及ぼす可能性があります。

リアルな世界はどう動いたのか

この中から読み取れるのは、テスラは、資産のリスク管理として、ビットコインに限らず、他の暗号通貨や金にも投資をすると言及していることだ。では現実はどう動いたのか。

まず、金関連については、イーロン・マスク氏が買付を行ったと公表していないので値上がりは進んでいない。一方、ビットコイン以外の暗号資産については、イーサリアムのようにビットコインと連動した値動きを見せるものもあった。

ビットコイン15億ドル分の購入額については、一見多額にみえるが、2020年末の現金資産199億ドルで換算すると約7%。企業の株価の上昇により得た分を、利益確定して現金化し、そこで増えた分を暗号通貨に置き換えたとも捉えれば、金融界の投資としては正当な手法だ。

金融関係者の興味は、今後テスラの自動車が売れれば売れるほど、ビットコインの残高が増えていくことにともなうスキームにあり、また、ビットコインが企業財務に関わり、かつほかの暗号通貨や金のETF(上場投資信託)とどうバランスを取っていくかにあるといえそうだ。

イーサリアムのチャート(単位:ETH/USD)

 

金地金のチャート(単位:USD/kg)

車の購入に限ればリスクしかない 

自動車業界の関係者は今回のビットコイン決済をどう見ているのだろうか。

意外なことだが、購入の視点となると、テスラのビットコイン決済を推薦している人はあまり多くない。これは、テスラが提示したビットコインの規約と条件の説明が、テスラにとって有利な条件ばかりが記載されているからだ。

まず、テスラ車をビットコインで購入した後、何かしらの都合で「払い戻し」を行おうとした際、顧客は、購入価格以外の値段で「払い戻し」をされるリスクを取らなければならない。

仮に5月1日に、テスラの「モデルY」を4万ドルで購入したとする。適用されるのは決済時のビットコイン価格だ。

また、取引の際は、やり直しが許されず、ビットコインアドレスと支払金額のどちらかに不備があると、ビットコインの資産が消滅する危険にさらされるが、これに対する保証は一切ない。

くわえて、顧客は取引の確定後、取引手数料を支払う必要がある。割引といった形でのビットコイン取引に誘導するためのインセンティブメニューも存在しない。

テスラがビットコインの規約と条件の中で注意喚起している箇所

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果たしてビットコインの相場まで揺るがしたテスラ車購入の際のビットコイン決済は、消費者の心を捉え続けていくのだろうか。

新しもの好きで多少のリスクを冒してもよいと考えているアーリーアダプターなら、暗号資産決済の普及が進む社会の一員になれるという点で、メリットはあるだろう。しかし、あくまでテスラ車を購入したいという人にとって、ビットコイン決済はリスクでしかない。

とはいえ、事業においてスピードを最も重視するイーロン・マスクの性格から判断すると、ビットコイン決済の大幅なメニュー変更は十分にありえる選択肢のひとつといえそうだ。

田中茂
田中茂

産業アナリスト。日常生活に欠かせないエネルギー使用のあり方について、制度・ビジネスの観点から調査・研究しています。

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