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テスラのAIトレーニング・マシン「Dojo」が人間の未来を大きく変える

テスラのAIトレーニング・マシン「Dojo」が人間の未来を大きく変える

2021年09月28日

テスラを電気自動車(EV)メーカーとしてとらえていると、本質を見誤るのかもしれない。テスラのEVにおいては、積極的に自動運転技術が取り入れられているが、テスラにとっては話は逆で、自動運転を目指す車両がEVになっている、ということなのかもしれない。テスラが開発しているAIトレーニング・マシン「Dojo」が目指す先は、EVにとどまらず、AIを搭載した人型ロボットにまでおよぶという。日本サスティナブル・エナジー代表取締役の大野嘉久氏が、テスラのAI技術の本質について解説する。

「EV(電動車両)」は「自動運転化」の一つの側面

米電気自動車大手テスラのイーロン・マスクCEOは2019年4月22日に開催した「Autonomy Investor Day」にて、「3年以内にテスラ以外の車を買うのは馬を買うのと同じことになる」「自動運転機能のついていない車は馬と同じである」「テスラ以外の自動運転できない車を買う人は、自分がクレイジーなことをしていると理解した上で買ってほしい」と言っていた。

つまり、ここでイーロン・マスクが言ったことを整理すると、人間の主要移動手段は「馬」から「人が運転する車」そして「自動運転の車(AIが運転する車)」へと移り変わっており、且つAutonomy Dayの3年後となる2022年ごろから先は「自動運転でない車」が現在における「馬」のような扱いになる、ということであった。

注目すべきなのは、このときEVメーカーの社長であるイーロン・マスクがEVという言葉を一度も使っていない点であり、よって“電気自動車”は "AIによる自動運転" の結果に過ぎない、ととらえているのだろう。


著者作成

自動車が内燃機関車(石油燃料車)から電動車(EVなど)へと転換している現状を、「欧米によるトヨタはずし」あるいは「独VWの燃費不正問題が発端」「脱炭素の一環」などとする分析があり、もちろんそうした側面もあるかもしれない。

しかし地球上のほぼ全ての人を巻き込むこのような巨大な構造転換は「VW」とか「トヨタ」などのように特定のメーカーを原因として起きるはずはなく、イーロン・マスクが言うように「馬→人が運転する車→自動運転の車」という大きな動きの過程であると考える方が適切である。したがってEV化(電動車化)はあくまでその変化の一部と見た方が良い。

その自動運転は既にテスラが技術的には、ほぼ完成させており、2021年9月11日には一部のユーザーおよびテスラ社員にのみ使用が許可されている完全自動運転ソフトウエアの試行版「Full Self Driving (FSD) Beta」のバージョンが9.2から10に引き上げられた。

前回、バージョン9.1から9.2へと更新した際には“運転の判断に以前より自信が感じられ、人間のスムーズさに近づいた”と評されたが、今回はドライバーによる“Disengagement(介入)”がさらに少ないことがFSDベータの利用者から報告されている。

Tesla FSD Beta 10 - ZERO Interventions First Drive
↑介入なし

Tesla FSD Beta 10 - First Disengagement, Forced Rerouting, Trolley Lane, Pedestrians (Rob Maurer)
 ↑
一部、介入の必要あり

自動運転の鍵を握るのはAIのトレーニング

テスラは自動運転システム「FSD」の性能を向上させるために膨大な量のトレーニングを実施しているが、そのために市中を走るテスラ車に搭載されている8つのカメラから走行の映像をテスラの本部に送信させている。こうして集めた実際の走行データをもとに自動運転プログラミングの改良を重ね、随時、最新版を総数1,000台前後といわれるFSD利用車両に送っているが、それによって開発される自動運転技術(特にシミュレーション)のクオリティは他社を圧倒している。


著者作成

上記で紹介した動画を見れば分かるように、テスラ車のFSDシステムは発車から運転そして駐車までほぼ完全に終えられる技術を確立している。理屈から言っても、極めて安全に運転できるドライバーが同時に8つの方向を見ながら運転し、さらに(情報を処理する速度は人間よりずっと速いため)周囲がスローモーションで動いているなかを判断しているようなものであり、通常であれば事故は確実に防ぐことができる。

ただしAIは学習している事であれば判断できる一方、知らないことには対処できない。そこでテスラは事故の確率を0,00000000,,,,,1%にまで引き下げるため、世界最高性能のAIトレーニング・マシンとなるスーパーコンピューター「Dojo」の開発を進めており、2022年には運転開始を計画している。

2021年8月19日に米国で開催された「AI Day」ではDojoの仕様が初公開されたが、従来と比べて拡張性が非常に高く、とりわけチップ間でデータを送る情報量(Bandwith、1秒あたりに転送できるデータのビット数)は1方向あたり9TB(テラバイト)つまり4方向の合計で1秒あたり36TBの情報を送ることができる。これは世界最速のAIトレーニング・マシンを実現させるためにとても重要な要件であり、Dojoが完成すればAI技術が飛躍的に発展することが期待される(注)。


Tesla AI Dayより

テスラは史上最高の性能を引き出すために半導体チップを社内で製造しただけでなく、半導体チップを製造する設備さえも内製したという。

確かにテスラはこれまでも世界最高の技術を実現するために、車体を製造する世界最大のアルミニウム鋳造機械(ギガプレス)やコイルを巻く機械など様々なものを内製しており、その意味で「なければ何でも自社で作る」姿勢を貫き通しているテスラは史上最強の製造会社と言っても過言ではないだろう。

日本では一般的に「電気自動車大手」と報道されるため本稿でもそれに従っているが、イーロン・マスクが「テスラ車はロボットである」と言っているように、テスラをより正しく表現すると「米ロボット大手」「米AI大手」だと言うことができる。

注:スーパーコンピューター「Dojo」は走っているテスラ車の自動運転に使われるのではなく、Dojoでトレーニングした自動運転ソフトウエア“FSD”(または“Autopilot”)の最新版がテスラ車に送信され、車両に搭載したコンピューターがそれを自動運転に使う。

スーパーコンピューター「Dojo」は、
テスラ自動運転だけでなく
様々なロボットのトレーニングに使われる

自動運転のためにつくられるDojoはさらに多くの分野で活用が可能だが、中でも人間の労働という概念そのものを変える可能性を秘めているのが、AIデーで公開されたヒト型ロボット「テスラ・ボット」である。

イーロン・マスクはこれを「人間にとって危険な作業、あるいは単純な作業を代行する」存在になるとしているが、鉱業や農業、漁業、畜産業あるいは林業など、現在の第二次産業や第三次産業に比べて自動化が進んでいない分野への大規模な拡大が期待される。さらにイーロン・マスクが経営している米宇宙企業「スペースX」において、宇宙飛行や月や火星などでの作業を担うことも推定されており、宇宙飛行士のリスクを大幅に軽減することが可能となる。

テスラは太陽光発電および電力貯蔵設備を中心として再生可能エネルギーでも大きな実績を上げているが、もし太陽光発電+電池でテスラ・ボットを完全に充電するシステムを作ってしまえば故障しない限り無料でいつまでも動いてくれるので、テスラの製品群+Dojoが産業に与えるインパクトは計り知れない。


Tesla AI Dayより

このように自動運転用AIをトレーニングするために開発されているスーパーコンピューター「Dojo」は、世界から交通事故を最小限に減らすだけでなく、全世界の人々の労働環境や暮らしを変え、さらに宇宙の開発さえも大きく変える可能性がある。

2021年8月に開催された「AIデー」は世界中からAIスペシャリストを集めるためのリクルーティング・イベントであったが、きっと当日の発表内容に魅せられた多くの天才たちが未来をつくるためにテスラの門を叩くことであろう。

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大野嘉久
大野嘉久

経済産業省、NEDO、総合電機メーカー、石油化学品メーカーなどを経て国連・世界銀行のエネルギー組織GVEPの日本代表となったのち、日本サスティナブル・エナジー株式会社 代表取締役、認定NPO法人 ファーストアクセス( http://www.hydro-net.org/ )理事長、一般財団法人 日本エネルギー経済研究所元客員研究員。東大院卒。

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