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台湾洋上風力発電がもたらす生態系の懸念と取組み

台湾洋上風力発電がもたらす生態系の懸念と取組み

2020年02月06日

台湾では再生可能エネルギー推進に、政府が強く洋上風力発電を推している。2019年12月に大出力の洋上風力発電施設「フォルモサ I」が商業運転を実現したが、建設中に環境影響評価法違反によって罰金が科せられていた。開発のスピードを上げるだけでなく、生態系の保護も重視することは可能なのか。また、実際にどのような問題が起きているのか。
JETRO・アジア経済研究所所員で東アジアのエネルギー問題の専門家、台湾在住の鄭 方婷(チェン・ファンティン)氏が具体的な事例をもとに紹介する。

前回は、台湾の洋上風力発電開発ブームに国内外の期待が高まる一方で、割高な買取価格による国民負担の増加など、多くの課題が残る現状に触れた。そうした課題の中でも、周辺海域の生態系に及ぼす負の影響については特に強い懸念が持たれている。連載4回目の今回は、洋上風力開発が生態系に及ぼす影響とその対策や課題について、具体的な事例から見ていくことにする。

台湾における生態系保護法「環境影響評価法」

洋上風力発電所の建設工事や運営に伴う環境変化に敏感であるとして、最も懸念されている対象がクジラ類と鳥類である。特にクジラ類は、これまでに行われた数々の調査や研究でも、その脆弱性が明らかにされている。例えば、音に対して非常に敏感なシナウスイロイルカ*は、工事中の騒音により聴力だけでなく、最悪の場合、意思疎通能力までも喪失する恐れがある。

一方、鳥類は風車に巻き込まれ死傷する事故が後を絶たない。台湾では台湾海峡を通る渡り鳥が主な保護対象である。その種類は多く、クロツラヘラサギ**などの絶滅危惧種も含まれているとされ、風車稼働時の鳥類の巻き込み回避が課題である。

洋上風力開発事業には、台湾環境保護署(日本の環境省に相当)主管の「環境影響評価法」という法律により規制がかけられている。

これによると、開発業者は環境影響評価に関する説明書を専門の委員会に提出し審査を受け、審査結果に基づいて二者協議を持ち、そこで最終的に決定された対処案を遵守しなくてはならない。このプロセスは環境影響評価といい、対処案に違反した場合には30万から最大で150万台湾ドル(約525万円)の罰金が課される。

実際に、2019年10月に竣工した「フォルモサI」では問題が起こった。事業主体の海洋風電が、環境影響評価の対処案に規定された「観察員10人+観測船10船」の派遣を怠ったことが事前に判明したのだ。これにより、2019年8月に、環境影響評価法違反が同社に下り、罰金の上限である150万台湾ドルが課された。

この事件は今後、洋上風力発電所が建設ラッシュに入ることを見据え、政府が業界全体に対し発した警告の意味合いが強いと思われる。

* 国際自然保護連合(IUCN)が準絶滅危惧種(Near Threatened)として指定
** IUCNのレッドリストにおいて絶滅危惧種(Endangered Species)、日本の、環境省レッドデータブックでは絶滅 危惧ⅠB類に指定

フォルモサ1での竣工式 出所:総統府公式ウェブサイト

具体例を見る-エルステッドによる対策と試み:クジラと鳥類

フォルモサIに35%と最大の出資をしているデンマークのエルステッド社は、世界で1,200機以上の風車建設と運営の実績がある。台湾では、彰化県沿岸部での洋上風力発電所建設を単独で請け負うことが既に決まっている。

彰化県での洋上風力開発に当たり、環境影響評価によるエルステッドの対処案には下記の項目などが盛り込まれている。

  • 1:クジラ類の出現頻度が高い場所を避けて発電サイトを選定すること
  • 2:建設時の水中騒音・振動を低減するため、地震に比較的強く騒音発生の少ない三脚式を基礎構造とすること
  • 3:クジラ類の移動経路を確保するため風車の同時施工を避けること
  • 4:泡が水中で浮かび上がる際に音を吸収する原理を利用したエアバブルカーテン(写真)を採用すること

エアバブルカーテンを生成して工事を実施する様子。写真はドイツ北部、北海に位置するボルクム島付近の洋上風力発電所。出所:Wikimedia Commons

これに加えて、前回(連載第3回)で紹介したような、観測員を観測船で巡回させる手法も取られる予定となっている。しかし、実際にクジラ類の存在を確認したところで、いつでも、直ちに施工を停止できるわけではなく、この対策の実効性には疑問が残る。

一方、鳥類については、彰化県の当該海域ではこれまで十分な生態系調査が行われておらず、詳細な種類や飛行時期・ルートなどに不明な点が多い。

そこでエルステッドは、風車群から距離を隔てた場所に、鳥類飛行通過のための通路状スペース「エコロジカル・コリドー(生態回廊)」を確保するとしている。

それだけでなく、鳥類の大きな群れの通過を事前に把握するため、サーモグラフィーや超音波センサー、レーダーなどによる動体検知・モニタリングシステムの設置についても対処案には盛り込まれている。

このような生体回廊の設置やモニタリングシステムの導入はよく用いられる手法であるが、実は実績については不明な点も多い。

開発のスピードと環境対策の両立をより積極的に行う必要がある

洋上風力開発では、生態系への影響について厳しい視線が注がれてはいるものの、確実な対処法が確立されないまま開発行為が先行しがちである。

本来は開発計画の初期段階からより慎重に計画を立案する必要があり、政府には目標達成や開発業者誘致のスピード感との間で難しい舵取りが迫られている。

また、前述の環境影響評価法の罰則規定は対処案の不遵守に対し課され、生物の保護実績に対して課されるものではないことから、同法の「生態系の保全」という目的を達成するための実効性に関して、不安が残る。

生物の保護状況を監視し、その実績を判定していくには相応の技術やコストが必要となるが、現時点でこの要求を満たすのは容易ではない。今後政府による積極的な対策が望まれる。

今回は台湾の洋上風力発電開発における生態系の破壊への懸念に対する現状を、具体例から見て頂いた。次回は視点を変え、風力発電開発業者に課される「国産化」義務の様々な側面について紹介する予定である。

鄭方婷
鄭方婷

国立台湾大学政治学部卒業。東京大学博士学位取得(法学・学術)。東京大学東洋文化研究所研究補佐を経てJETRO・アジア経済研究所。現在は国立台湾大学にて客員研究員として海外駐在している。主な著書に「重複レジームと気候変動交渉:米中対立から協調、そして「パリ協定」へ」(現代図書)「The Strategic Partnerships on Climate Change in Asia-Pacific Context: Dynamics of Sino-U.S. Cooperation,」(Springer)など。 https://www.ide.go.jp/Japanese/Researchers/cheng_fangting.html

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