2020年10月13日、国際エネルギー機関(IEA)が、「World Energy Outlook 2020」を公表した。今年のOutlookの特色は、1つはコロナ危機からの回復シナリオを検証したこと。そしてもう1つは、2050年ゼロエミッションのシナリオを示したことだ。IEAはOutlook公表にあたって、ニュースレターをリリースしている。今回はこのレターをもとに、解説していく。
ニュースレターは以下のようにはじまる。
2020年は世界のエネルギーシステムにとって激動の年となった。新型コロナウイルス(COVID-19)による危機は、近年の歴史上、最も多くの混乱を引き起こし、今後何年も続くと思われる傷跡を残した。この騒動が最終的にクリーンエネルギーへの移行を加速させ、国際的なエネルギー・気候目標を達成するための取り組みを助長するか、あるいは妨げるかは、各国政府が焦眉の課題にどのように対応するかにかかっている(太字はニュースレターより 以下同じ)。
本日発表されたIEAを代表する出版物である『WEO 2020(世界エネルギー展望2020)』では、今後10年間という重要な期間に焦点を当て、危機から抜け出すためのさまざまな道筋を探るものである。この中で、パンデミックの影響に関する最新のIEAの分析を提供し、世界のエネルギー事情がどのように変化するか、さまざまなシナリオを比較するアプローチを行い、その手法は、この見通しのつかない時代において、これまで以上に価値のあるものとなっている。
言うまでもなく、コロナ危機は世界経済に影響を与えた。エネルギー需要も例外ではなく、2020年のエネルギー需要は5%、CO2排出量は7%、エネルギー投資は18%、それぞれ減少している。
そこで、IEAは将来を予測するにあたって、4つのシナリオを策定した。
危機による影響は、最も脆弱な人々に最悪の形で現れる。サハラ以南のアフリカで電気を利用できない人々の数は、パンデミックにより減少から増加に転じた。さらに、貧困レベルの上昇により、世界で1億人以上の人々がそれまで利用できていた電気を利用できなくなったものと見込まれる。
とりわけ貧困レベルの拡大によって電気にアクセスできない人々が1億人以上増加し、回復が遅れれば、深刻さも拡大するという。
いずれのシナリオでも、再生可能エネルギーが主役を演じ、太陽光発電がその中心となっている。政策による支援と技術の進歩により、現在、ほとんどの国で太陽光発電は、石炭や天然ガスの新設発電所よりも定常的に安価であり、今や太陽光発電プロジェクトは、過去にない最も低コストの電力を提供していると言える。STEPSの通り推移すると、今後10年間の世界の電力需要増加分の80%は再生可能エネルギーで賄われることになる。水力発電は依然として最大の再生可能エネルギー源であるが、今後の主な成長源は太陽光発電であり、陸上と洋上の風力発電がそれに続く。
さまざまな組織がエネルギーの将来予測をしているが、そうした中にあって、石油危機をきっかけに設立されたIEAはもっとも保守的な予測をしてきた。すなわち、これまでのシナリオでは簡単に化石燃料依存からは脱却できていなかった。そのIEAが、「太陽光は新しい王様」とまで表現したことには、重みがあるといえよう。
再生可能エネルギーの確固たる成長には、送電網への強固な投資が同時に必要であることを示している。十分な投資がなければ、送電網は電力セクターの変革における弱いリンクとなり、電力供給の信頼性と安全性に影響を与えることになる。
とはいえ、太陽光発電や風力発電など、変動する再生可能エネルギーの拡大にあたっては、いくつかの懸念もある。1つは蓄電システムだ。重要な役割を果たす一方で、希少な金属の供給が問題となってくる。
しかしそれ以上に、分散型電源に対応した送電網の拡充が必要となってくる。しかし、十分な投資が行われないリスクがあるということだ。
IEA 2020. [World Energy Outlook 2020] All rights reserved.
化石燃料はさまざまな課題に直面している。石炭の需要は、公表政策シナリオでは危機以前のレベルには戻らず、2040年のエネルギーミックスに占める石炭の割合は、産業革命以降初めて20%を下回ることになる。一方、天然ガスの需要はアジアを中心に大きく伸びるが、石油はパンデミックに起因する大きな経済的不確実性に対して脆弱なままである。
天然ガスは他の化石燃料よりも優れた面もあるが、政策の背景によって、大きなばらつきが生じる。STEPSで推移すると、2040年までに世界の天然ガス需要は30%増加するとみられるが、これは南アジアと東アジアに集中している。対照的に、今回の報告書では初めて、2040年までに先進国のガス需要がわずかながら減少するとの予測が示されている。
少なくとも石炭については、STEPSですら、コロナ危機以前には戻らないと指摘している。2025年までに全世界で275GWの石炭火力の廃止が織り込まれ、途上国ですら以前の予測以上に石炭需要は拡大しないとしている。発電構成の割合は、2019年の37%から2030年には28%に低下する。
一方、石油については、需要の伸びこそ2030年までに終わるが、コロナ危機によって公共交通機関から自家用車へのシフトが起こったことやSUVの継続的な人気によって、急激な減少は起こらない可能性がある。この分野に、大きな政策変化が求められているということだ。
天然ガスについては需要増に加え、サプライチェーンにおけるメタン(CH4、体積あたりではCO2の80倍近い温室効果がある)の漏洩が解決されていないことを指摘している。
IEA 2020. [World Energy Outlook 2020] All rights reserved.
世界のCO2排出量は2008~2009年の金融危機後よりも緩やかに回復すると見られているが、世界経済は持続可能な回復にはまだ遠い道のりにある。クリーンエネルギーへの投資を一歩前進させることで、経済成長を促進し、雇用を創出し、CO2排出量を削減することができる。このアプローチは、欧州連合(EU)、英国、カナダ、韓国、ニュージーランド、その他一部の国を除いて、これまでに提案された計画の中では、まだ目立った形で取り上げられていない。
持続可能なエネルギー目標の完全達成に向けて世界を軌道に乗せる方法を示したSDSでは、IEA の持続可能な復興計画を完全に実施することで、世界のエネルギー経済を危機後は今とは異なった別の道筋へと導くことになる。太陽光発電、風力発電、エネルギー効率化技術の急速な成長に加えて、今後10年間には、水素と炭素の回収、利用、貯蔵の大規模なスケールアップ、原子力発電を支える新たな機運が見られるだろう。
コロナ危機によってCO2排出は削減されたものの、低経済のみがCO2排出削減の手段ではないことは言うまでもない。今後は、持続可能な回復に向けたクリーンエネルギー投資が必要だが、多くの国では計画となっていないという指摘だ。
SDSでは2021年から2023年にかけて、1兆ドルの追加的投資が行われれば、STEPSよりも10GtのCO2排出が削減され、2019年をピークにすることができるという。その必要性は、以下に示したIEA事務局長であるBirol博士の言葉に表れている。
「今年、世界のCO2排出量は記録的な減少を記録しましたが、各国政府は排出量を最終的に減少させるのに十分な行動をとっていません。景気後退によって一時的に排出量を抑制しましたが、世界で最も脆弱な人々をさらに困窮させる結果にもなっています。エネルギーの生産と消費の方法を早急に構造的に変えてこそ、CO2排出量の傾向を改善することができるのです。各国政府には、クリーンエネルギーへの移行を加速させ、世界をゼロエミッションなど気候目標達成への道筋に導くため断固とした行動をとる能力と責任があります」
今回、IEAは2050年CO2ゼロとなるシナリオNEZ2050を作成した。そこには、IEAですら気候変動問題に対し、大きな危機感を共有していることを示している。
世界を持続可能な道へと導くための取り組みの重要な部分は、既存のエネルギーインフラ、例えば石炭工場、製鉄所、セメント工場における排出量の削減に焦点を当てなければならない。そうでなければ、他の分野でどのような活動を行っても、国際的な気候目標は達成できなくなってしまう。WEO 2020の新しい分析によると、今日のエネルギーインフラがこれまでと同じように動き続けた場合、1.65℃の温度上昇をもたらすことになる。
このような大きな課題ではあるものの、ネットゼロエミッションのビジョンはますます注目されている。持続可能な成長シナリオで描かれた大胆な道筋は、各国や各企業が、公表された二酸化炭素排出量正味ゼロの目標を期限内に完全に達成し、2070年までに全世界を正味ゼロにすることによって達成できる。
続けて、ネットゼロエミッション達成にあたっては、今後10年間が重要だと指摘する。
WEO 2020では「2050年までのネットゼロエミッション達成(Achieving Net-Zero Emissions by 2050)」とした小論文の中で、今後10年間で何が必要になるかについて、IEAが初めて詳細にモデル化し、道筋を示している。
ここでは、今後10年間に必要とされるであろう、持続可能な成長シナリオを上回る劇的な追加行動が提示されている。すなわち、2030年までに排出量を約40%削減するためには、例えば世界の発電量で低排出源による発電量を現在の40%未満から75%近くに増加させ、2019年に世界で販売された電気自動車の割合が2.5%であったのを2030年には50%以上にすることが必要となる。
IEA 2020. [World Energy Outlook 2020] All rights reserved.
これは、太陽光発電と風力発電で35%も発電量を増加させ、年間5,000万台の電気自動車を販売する、ということだ。加えて、3km以下の移動であれば、徒歩か自転車を使うようにも指摘している。一方、石炭需要は60%も減少する。原子力発電はなお、電力の10%程度を担う。これにより、CO2排出量はSTEPSより16.6Gt、SDSより6.6Gtも排出量を減らすことになる。2010年比では45%削減となり、総排出量は約20.1Gtとなる。参考までに、現在の日本の2030年のCO2排出削減目標は、2013年比で25%にとどまっている。IEAがいかに野心的な数値を示したのか、ここからわかるのではないだろうか。
なお、2030年の段階では、CCUS(CO2回収・再利用)は想定されていないが、2050年は水素燃料などカーボンフリーの火力発電が織り込まれている。IEAは、ネットゼロエミッション時代の石油産業の姿を、こうした形でシナリオに織り込んだものといえるだろう。
参照
IEA "World Energy Outlook 2020"
(翻訳・Text:高森 徹夫・本橋 恵一)
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