エネルギー・トランジションと台湾の世論 | EnergyShift

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エネルギー・トランジションと台湾の世論

エネルギー・トランジションと台湾の世論

2020年05月20日

今から1年半前、2018年11月に台湾では国民投票が行われた。10件の国民投票のうち、4件が環境・エネルギー関連の議題であり、そこからは台湾における環境とエネルギーへの問題意識が如実に見えてくる。JETRO・アジア経済研究所研究員で東アジアのエネルギー問題の専門家、台湾在住の鄭 方婷(チェン・ファンティン)氏が詳しく紹介する。

エネルギー政策の是非を問うた2018年の国民投票

前回の連載では、洋上風力発電の国産化審査に成功した例と、改善要求を受け仕切り直しとなった業者の例の双方から、国産化の現状と課題を分析した。今回は視点を変え、2018年11月の国民投票や研究機関の意識調査等から、「エネルギー・トランジション」に対する台湾の世論について見ていきたい。

2018年11月、台湾では統一地方選挙に合わせて国民投票が実施された。10件の争点のうち4件が環境・エネルギー関連(表1)であり、この4件のうち3件(投票案①~③)の結果には法的拘束力がない。

これに対し、残りの1件(投票案④)は脱原発の是非を問うもので、台湾憲法が定める複決権、すなわち立法機関の制定した法律に対して国民が賛否を決定する国民投票権に基づく投票で、法的拘束力がある。これらの投票結果は国民投票法により今年2020年11月までの二年間有効である。

出所:筆者作成

投票案①と②は石炭火力発電の今後の方針に関するものであり、①は発電量を毎年平均1%以上削減すること、②は新規発電所の新規建設や拡大の禁止である。投票案① ②に対しては有効票の7割以上が賛成を占め、深刻化する大気汚染への懸念から石炭火力開発に対し国民の警戒心が強まったことが窺える。

また、投票案③は原発事故を受けた福島県とその近隣四県の農産品及び食品に対する禁輸措置維持の是非に関するものである。これも有効票の7割以上の賛成を得ており、原発事故から生じた食品安全問題に対する国民の懸念が、依然強いことを示唆する結果となった。

投票案①~③の結果は法的拘束力を伴わないが、政府は国民投票の結果を受けて二年間は国民の意思を尊重し対応する「政治的責任」を負うことになる。

一方、投票案④は、「2025年までにすべての原発を停止する」という電業法第95条第1項の廃止を争点として、有効票の過半数の賛成を得たことから、脱原発の2025年という期限に法的根拠を与えるこの規定は直ちに廃止となった。

ただ、北部の新北市に位置する第一原子力発電所の一号機、二号機は既に廃炉が決定しており、それぞれ予定通り2018年12月と2019年7月に廃炉プロセスが開始された。

こうして、投票案①~④すべてにおいて、火力発電の推進、放射能汚染懸念のある食品の禁輸解除や脱原発を急ぐ民進党政府の方針に国民がNOを付きつける結果となったが、これにはいくつか理由が挙げられる。

まず、この統一地方選挙では与党・民進党が大敗したが、その流れが同時に行われた国民投票に及んでいたことである。国民投票と総選挙を同時に行うことは、投票行為を効率的に管理し国民の関心を高めるという点では一理あるかもしれないが、国家の将来に関わる重要な問題が政治的要因、またはイデオロギーの対立に深く影響を受けてしまうという側面も否定できない。

もうひとつの理由としては、大気汚染関連の健康被害が社会問題化していることである。近年、全国規模で深刻化している大気汚染の原因については諸説あるが、専ら槍玉に挙げられているのは石炭火力発電であり、石炭使用量の削減やガス発電への転換が叫ばれている。2018年の総選挙を受け、火力発電所の改革については現在も中央政府、地方自治体、電力会社、発電所の間で激しく議論されており、この点については次回以降に詳説したい。

エネルギー政策の改革に関する国民意識については、研究機関の意識調査にて重要な結果が示されており、今後注力すべき政策の方向性を示唆している。

「意識は高いが、正しい理解がなお不足」

国民投票が実施される数ヶ月前の2018年6月から7月にかけて、国立台湾大学のリスク社会と政策研究センターにより「エネルギー・トランジションの国民感知度」に関する大規模調査が行われた。

詳細には層化抽出法(*)による電話調査で、テーマは「政策の感知」、「省エネ生活」、「参加型エネルギー・ガバナンス」、「外部費用の内部化」、「自治体によるエネルギー・ガバナンス」、「電力市場改革」、「グリーン・ファイナンス」の7つである。
このうち「政策の感知」に関するいくつかの結果から、台湾政府のエネルギー政策に対する国民の基本的態度が見えてくる。

まず気候変動問題に関する質問では、実に回答者の95.2%が台湾の環境に何らかの影響が及んでいると回答し、強い問題意識を持っていることが分かった(図1)。またエネルギー問題については、何らかの関心があると答えた人が82.6%に上った(図2)。

出所:2018年台湾大学RSPRCの調査結果を参考に筆者作成

しかし一方で、脱原発やエネルギー・ミックスの数値目標など、現行の2025年までのエネルギー政策に対しては、「理解していない」、「全く理解していない」との回答が57%に及び、国民に具体的な政策が十分に浸透していない実態が明らかとなった(図3)。

出所:2018年台湾大学RSPRCの調査結果を参考に筆者作成

更に、「エネルギー・トランジション政策の属性に対する直感的な評価」の項目では、①緊急性、②公平性、③計画性、の三つについて質問が設けられた。まず①緊急性に関しては、「非常に緊急性がある」、「緊急性がある」、そして「やや緊急性がある」との評価が併せて57.4%に上った(図4)。

出所:2018年台湾大学RSPRCの調査結果を参考に筆者作成

しかし、②公平性については肯定的な評価が28.8%なのに対し、否定的な評価が47.6%を占め、中でも「全く公平ではない」とした評価の割合が最も高く20.7%に及んだ(図5)。また、③計画性についても肯定的な評価が20.6%なのに対し否定的な評価が62.9%を占め、「全く計画的ではない」と評価する回答者が最も多く32.9%であった(図6)。

出所:2018年台湾大学RSPRCの調査結果を参考に筆者作成

これらの結果からは、気候変動やエネルギー問題に対する国民の意識は高く、改革の必要性を多くの人が認識しているが、現在のエネルギー政策に対しては多くの人が批判的な見解を持っているという傾向が見てとれる。

この調査の後に行われた冒頭の国民投票の結果を見ても、今後のエネルギー政策内容と目標の設定に当たっては、政府と国民間のコミュニケーションをさらに密にしていく必要があるだろう。

今回は、2018年11月に実施された国民投票の結果と研究機関による意識調査から、現在のエネルギー政策に対する台湾世論の動向に注目した。

次回は、国民投票案①と②に関連する、近年の台湾における石炭火力発電の動向と論争について紹介したい。

(*)層化抽出法とは、統計学における母集団からの標本調査の方法のひとつ。具体的には、母集団をその特性に応じていくつかの相互排他的な層に分類できる場合に、その母集団を層化し、各層からランダムに標本を抽出して調査することを指している。

写真:中村加代子
鄭方婷
鄭方婷

国立台湾大学政治学部卒業。東京大学博士学位取得(法学・学術)。東京大学東洋文化研究所研究補佐を経てJETRO・アジア経済研究所。現在は国立台湾大学にて客員研究員として海外駐在している。主な著書に「重複レジームと気候変動交渉:米中対立から協調、そして「パリ協定」へ」(現代図書)「The Strategic Partnerships on Climate Change in Asia-Pacific Context: Dynamics of Sino-U.S. Cooperation,」(Springer)など。 https://www.ide.go.jp/Japanese/Researchers/cheng_fangting.html

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