DRビジネスから、エネルギーバリューチェーンへ ―エネルエックスの日本市場戦略
米国スタートアップでDR(ディマンドリスポンス)事業を展開したEnerNOCは、2017年に、ヨーロッパ最大の電力会社であるEnelに買収され、Enel Xとして新たなスタートを切った。日本法人についても、2019年6月からエネルエックス・ジャパンとして、事業規模を拡大していくことになりそうだ。
具体的にどのような方向を目指すのか、エネルエックス・ジャパン渉外部シニアマネジャーの小林将大氏に話をおうかがいした。
―2017年に、EnerNOCがEnelに買収され、新たな事業体制となったわけですが、大きな変化はあったのでしょうか。
小林将大氏:私は元々、EnerNOCの米国本社での採用でした。最初は日米を往復しながら、日本市場で実証フェーズだったDRを、調整力公募の電源Ⅰ´で商用化するところまで持っていきました。当時は、スタートアップ精神が強く、スピード感を持って事業を展開していったといえます。
Enel Xになってからは、しっかりした組織と強固な財務基盤がありますので、着実に事業を進める、という形になっています。 また、EnerNOC時代は、節電と自家発によるDRでkW価値を提供する事業を、グローバル展開していました。Enel XではさらにΔkW価値の提供、すなわち、より粒度の高い調整力を活用し、アンシラリーサービスやバランスサービスを展開しています。
実は、Enel Xは、EnerNOCだけではなく、Demand Energy NetworksおよびeMotorWerksの2社もエネルに買収され、この3社が一体化してEnel Xになっています。前者が蓄電池、後者が電気自動車の運用を最適化するソリューションプロバイダーです。将来は、電気自動車や蓄電池などを活用して、より高速で信頼性が高い分散型エネルギーリソースに、財政基盤を活かして投資していきます。
Enelグループになってからは、エネルギーのバリューチェーンで事業を考えることができる、ということも大きな変化です。
―以前であれば、ピークカットという形でのDRが一般的だったと思います。しかし再生可能エネルギーが拡大しつつある現在、送配電網にフレキシビリティ(柔軟性)を持たせるための調整力というニーズが高まっています。
小林氏:需要側リソースの調整力を、一義的にフレキシビリティと考えるのではなく、私たちはより広義のフレキシビリティを提供します。現在提供しているのは、調整力公募の電源Ⅰ´のみですが、より多様な形での調整力を提供するということです。
私はよく、鏡餅にたとえています。土台として、DRによる調整力のkW価値があります。現在の調整力公募、将来は容量市場で提供されるものですが、年間で価格が固定され、事業として予見性あるものになります。この基盤の上に、いずれ需給調整市場に対応したΔkW価値を持つ商品が積み重なります。そして一番上には、JEPX(日本卸電力取引所)の市場価格に連動したkWh価値を提供する、経済的DRがあります。これら全てが積み重なって、フレキシビリティだと考えています。
その結果、需要家をアグリゲートして100MWのポートフォリオがあったとすると、そのうち20MWを需給調整市場に出し、30MWはJEPXに出す、というように、複数の商品に分けることができます。こうしたことの実現が、フレキシビリティとして重要になってきます。
このように複数の商品を提供することを、欧米では、Value Stacking(複数商品の同時運用)とよんでいます。日本でこうしたサービスを提供するにあたっては、容量市場に移行する電源Ⅰ´と需給調整市場の3次調整力②の同時運用を可能にするようなしくみを整備することが必要になってきます。
―欧米ではすでにValue Stackingのサービスは行っているのでしょうか。
小林氏:米国では、PJM(北東部の独立系統運用機関)に系統向けのDRサービスを提供する一方で、ペンシルバニア州の小売事業者にDRプログラムを提供しています。両方を積み上げることで、フレキシビリティを確保しています。こうした取り組みは、ニューヨークをはじめとする他の地域でも行っています。
―日本企業と欧米企業では違いがありますか。
小林氏:国内の需要家は、契約に基づき履行していただけます。具体的には、DRをお願いするとソフトウェア上のベースラインを見ながら確実に対応します。100%実施できる体制にあるといっていいでしょう。 欧米の企業の場合、国内の需要家と比べると、より一層のコーチングが求められる印象があります。その上で100%実施できる体制はとっています。
資源を輸入に頼っている日本においては、DRは貴重な国産エネルギーです。DRは日本の強みにもなります。日本人のまじめさが、より確実なDRの提供に繋がり、DRは日本のエネルギー政策の一助になると思います。
日本では現在、およそ200MW、100以上の需要家をアグリゲートしています。特別高圧・高圧がメインで、重工業等といった大規模需要家が多いのですが、ポートフォリオの最適化を考えて、中小規模の需要家も組み込んでいます。
―日本と欧米では、再生可能エネルギー導入にあたってのフレキシビリティには差があるのでしょうか。
小林氏:日本国内の発電機のスペックが高いということは指摘できます。ほとんどの火力発電所には、調整能力が具備されています。
ただ欧米では、発電機が調整力を提供するコストや需要家が提供するフレキシビリティのコストについて、透明性の高い議論がされています。今後、発電機と競合する形で蓄電池等のフレキシビリティが導入されたとき、調整力としてどちらのリソースが価格競争力があるのか、日本でも透明性を持った議論が展開されることを期待しています。
―日本ではまだまだですが、欧米では需給調整市場は進んでいると聞きます。
小林氏:米国テキサス州の系統運用機関であるERCOTは、小規模で独立した系統に再生可能エネルギーが大量導入されており、イナーシャ(発電機の慣性力)が低下しています。これにより、電源脱落後の周波数低下が起きやすくなっています。こうした系統で、ブラックアウトを防ぐため、ミリ秒という単位で応動し、著しい周波数低下を食い止める調整力を提供しています。同様に、カナダのアルバータ州、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポールでも、こうした超高速の調整力を運用しています。
今後、日本でも、再生可能エネルギーがより導入されるにあたり、一次調整力と、周波数低下を防止する商品に関する議論が進んでいくと思います。
―Enel自身も、再生可能エネルギーの導入を進めていると思います。
小林氏:Enelのグループ会社である、Enel Green Powerは世界最大の再生可能エネルギー事業者ですから、事業の推進にあたって、我々Enel Xにも大きなインパクトがあります。再エネ導入にあたってフレキシビリティのニーズが発生しており、彼らと一緒に私たちも事業を展開していくことができます。国内では、再エネに限らず様々な事業者とパートナーシップを模索していきたいと考えています。
―日本市場での目標はあるのでしょうか。
小林氏:エナノック・ジャパンの時代は、1GWという目標がありました。今は、そうした個社の目標よりも、国内全体のDR市場を成長させていきたいと考えています。電源Ⅰ´は2020年度の落札容量がおよそ4GWあり、その半分がDRだとすると、2GWになります。また、ピーク電力の6%をDRで対応するというのが、北米での基準としてあったのですが、これをベースに考えると、日本でも9~11GWくらいの市場規模があると思います。他の事業者とも連携していき、DR市場を盛り上げていきたいと思います。
―フレキシビリティの拡大は、再生可能エネルギーの増加にもつながります。
小林氏:おっしゃる通りです。電源Ⅰ´は、ピーク時の火力発電との比較で節電していますが、そこで脱炭素化が進みます。さらに調整力として、DRが拡大していくことで、再生可能エネルギーの変動で生じる「しわ」をのばしてくれるようになり、このことがさらなる再生可能エネルギーの普及促進と、電力の安定供給の両立になります。
いずれ、私たち自身が再生可能エネルギーとの直接のDRをフレキシビリティとしてアグリゲートしていきたいと考えていますし、その際には、蓄電池、電気自動車を組み合わせたサービスなどを開発し、市場に入れていきたいと考えています。
―今、話に出ましたが、新たに、電気自動車がサービスのターゲットとして入ってきました。
小林氏:電気自動車は、まだこれからですが、VPPのリソースとして直接市場に入れていく商業的な枠組みを準備しています。
実は、私たちが提供している電気自動車用の充電器は、米国アマゾンでベストセラーとなっており、需要家所有のEVにアクセスしやすい環境になっています。国内ではまだ取り扱っていないのですが、例えばCHAdeMO協議会にも参画し、日本メーカーの電気自動車向けの充電規格に準拠したものとなっています。
欧米では、EVを活用した調整力の実運用を開始しているので、将来的には日本でもEVを活用した調整力のニーズが出てくることを期待しています。
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