だが、社会実装に向けた課題は山積している。
そのひとつがコストだ。メタネーションの代表的な合成反応(サバティエ反応)はCO2+4H2→CH4+2H2Oであり、合成メタンの製造コストは単純換算でも水素の4倍かかる。さらに反応の過程で多くの熱損失が生じるため、エネルギー変換効率は55〜60%程度とされている。そのため、現在のLNG価格、40〜50円/Nm3に対して、メタネーションは350円と7〜9倍も高額になってしまう。
サバティエ反応によるメタネーションを活用した合成メタン製造プロセス
出典:経済産業省
経産省は2050年までに40〜50円に低減させる目標を掲げるが、実現には安くて大量の水素とCO2調達が欠かせない。
さらに商用化にあたっては合成メタンプラントの大規模化が必要だ。大阪ガスや日立造船などが1時間あたり400から500Nm3の合成メタン生成に向けた実証に着手するが、商用化には1時間あたり1万〜6万Nm3までのスケールアップが要求されている。大型プラントでの量産技術を確立できるかも課題だ。
課題はまだある。そもそも省エネ法や温対法(地球温暖化対策推進法)など国内制度において、合成メタンが脱炭素燃料、排出係数ゼロの燃料として位置づけられていない。IPCCガイドライン、GHGプロトコルなどの国際ルール下でも同じだ。国内制度、国際ルールにおいて、合成メタンの環境価値が明確化されなければ、イノベーションを実現していくら合成メタンを使ったとしても日本、あるいは日本企業がCO2を削減したとは認められない事態すら起こりうる。
制度設計にあたっては、国内排出のCO2を使う場合、合成メタンを使った企業のCO2排出はゼロになる一方、CO2の排出企業がCO2回収による削減効果を享受できなければ、誰も回収・メタネーションをしないだろう。CO2の削減価値は誰に、どれだけ帰属するのか。CO2排出企業と合成メタン利用企業それぞれが受け入れ可能な制度設計が欠かせない。
海外のCO2を使う場合においても、どの国の削減量とするのか。コスト負担や公平性に配慮した取引ルールが必要だ。現行のIPCCガイドラインルールでは、CO2排出地でのカウントになるおそれがあるという。国際ルールづくりを日本が主導できるのか。日本のロビイングが試されてもいる。
合成メタンといえども、燃やせばCO2を排出する。本当に脱炭素燃料なのか、疑問符がつきまとう中、欧州も合成メタン導入に舵を切り始めた。
2021年12月、欧州委員会は電化が困難な産業部門や輸送部門においては、2050年までに天然ガスから再エネ由来水素、バイオガス・バイオメタン、そして合成メタンを含む低炭素ガスに転換させる、ガス市場に関する改正法案(Hydrogen and decarbonized gas markets package)を発表した。合成メタンなどの低炭素ガスは、温暖化ガス排出量が70%以上削減されたものとの条件つきだが、この発表を受け、「EUが合成メタンをグリーンと認めた。これはメタネーションにとって非常に大きな追い風だ」と日本企業も湧き立つ。
経産省では2021年6月に都市ガス会社や大手商社、鉄鋼、船舶などと設立した「メタネーション推進官民協議会」のもとに、新たに3つのタスクフォースを設置。まずは2022年3月末までにCO2削減価値は誰に、どの程度帰属するのかなど、CO2カウントに関する論点や政策整理を進め、2025年ごろをめどに国内制度、2030年代に国際ルールメイキングをする方針だ。さらに2030年の合成メタン1%実現に向けたアクションプランも策定する。
合成メタンのコスト低減に向け、都市ガス大手も次世代技術の開発に動きはじめている。
大阪ガスは固体酸化物形電解セル(SOEC)で水をCO2と共に電気分解し、生み出した水素と一酸化炭素でメタンを製造する「SOECメタネーション技術」の開発に取り組む。メタンの合成反応で出た排熱を電気分解に有効活用することで、変換効率を85%まで高められるという。大阪ガスは2030年ごろに技術を確立し、2040年代から本格導入する計画だ。
東京ガスは水の電気分解からメタン合成までを一体的におこなう「ハイブリッドサバティエ」と呼ばれる次世代技術のほか、微生物を活用する「バイオリアクター」などの技術開発を進め、変換効率80%超えを目指す。
国も合成メタンの量産化に向け、グリーンイノベーション基金から最大242.2億円を投じ支援する。さらに普及拡大に向け、ガス版FIT(固定価格買い取り制度)の導入是非についても今後検討する方向だ。
メタネーションをめぐっては、環境価値が明確化されておらず、CO2削減につながらないという重大な課題を抱えている。だが、大気中にあるCO2を回収し、燃料にすれば「カーボンネガティブ」すら可能な技術でもある。都市ガス業界は「エネルギーの大改革が起こる中、メタネーションを大化けさせ、次の成長産業にしたい」と前のめりだ。果たして実現するのか、その成否は近い将来明らかになるだろう。
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