2050年のエネルギーシステムに関するシナリオ分析の活用方法 前編:基本政策分科会の今後の検討のアプローチ | EnergyShift

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2050年のエネルギーシステムに関するシナリオ分析の活用方法 前編:基本政策分科会の今後の検討のアプローチ

2050年のエネルギーシステムに関するシナリオ分析の活用方法 前編:基本政策分科会の今後の検討のアプローチ

2021年07月20日

6月30日の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会では、EnergyShiftでも何度か採り上げられているように、大きな衝撃を持って受け止められた前回、5月13日の「2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析(中間報告)」を受け、いくつかの関係団体からのヒアリングという形の発表や意見交換が行われた。今回は、IGESからこの会合に参加した松尾直樹氏が、カーボンニュートラリティーの実現に向けて、「今後の検討のあり方」に関する私論を展開する。

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カーボンニュートラルへの議論を、どのように深め、進めていくことが望ましいものか?

総合資源エネルギー調査会の基本政策分科会は、日本のエネルギー政策の方向性を検討する重要な役割を担っていると言えるでしょう。とくに昨年末の菅総理の決断を受け、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、そして2030年マイナス46–50%目標に向けて、インテンシブな議論が行われてきています。

後者は次期の第6次エネルギー基本計画/長期エネルギー需給見通しがそのベースとなりますが、かなり作業が遅れているようですね。

このたび、外部からオブザーブするだけでなく、2050年の問題を議論する6月30日の第44回分科会会合において、発表者およびディスカッサントとして参加する機会を得たので、今回は、わたしの行った発表内容や質問内容をベースに、2050年カーボンニュートラリティーに向かって、今後のエネ庁や日本全体としての議論をどのように深め進めていくことが望ましいか? という点を、わたしの持つ問題意識をベースに、論じてみることにしましょう。

資源エネルギー庁事務局の考える「議論の進め」

まずここで、事実として挙げられることとして、資源エネルギー庁事務局は、2050年カーボンニュートラリティー実現に向けての「シナリオ分析の『目的』および『進め方』」を明確にしています(6月30日会合の資料1)。ここでは、それを簡単に振り返ってみることにしましょう。


第44回基本政策分科会 資料より

上記が「シナリオ分析の『目的』」として、エネ庁が認識しているものになります。

最初のブレットは、シナリオ分析の必要性に関するものでしょう。「今後柔軟に見直していくべき」と明示しています。

3つめ、4つめのブレットでは、モデル結果の数字よりも、その数字を生んだ想定や前提条件を明らかにすることの重要性をうたっています。これは注目しておくべき点でしょう。

気になる点を挙げるとすれば、

  • まず複数のシナリオを想定し、(それぞれのシナリオに対し?)それを目指すべき方向性、ビジョンとして捉えるという順番
  • 目指す「べき」と称しているところ(この「べき」は不要?)

になります。

前者は、逆の順番の方がベターだと思います。通常はビジョンが上位で、シナリオはそのビジョンを表現するものですね。そして3点目は、

  • シナリオ分析をエネルギー政策決定にどう活かすか?(活かさないこともあるのか?)

がこの『目的』に示されていないことでしょうか。


第44回基本政策分科会 資料より

そして「シナリオ分析の『進め方』」として、RITE分析の使い方としては「結果の絵姿ではなく、その過程で課題や制約を認識し、それを乗り越える方向性や具体策を検討」、そしてそれらの実施状況を踏まえて、再びシナリオを練り直すことの重要性をうたっています。

RITEだけでなく、さまざまな機関のそうした分析を期待するということは、分析を行えば、それも将来検討対象に含める意思があるということでしょう。

わたしは、これは、まっとうなアプローチであると思っています。5月の時点に加え、今回もこのことを強調してきたことは、エネ庁として、2050年カーボンニュートラリティー達成に向けたエネルギー政策形成に関しては、このアプローチをとっていくことに、かなり強くコミットしたということを意味すると思っています。

結果の数字がひとり歩きするメディア報道

ただ、メディア報道をみるかぎりは、そのほとんどで上記の考え方はほぼ無視され、結果の数字だけが一人歩きしているように思えます。

意図的にそのような報道を行ったのか、いままでの(2030年までの)エネルギー政策の決定プロセスにおけるエネ庁のやり方から判断して、極端に言えば審議会のシナリオ分析は決まった数字を後付けするものにすぎない、と考えているのかもしれません。

どう解釈するかはそのメディア次第かもしれませんが、まずは「正確に」伝えるべきだと思います。

そして、将来、エネ庁がこのアプローチを無視するようなことがあれば、その点を糾弾することはメディアの重要な役割だと思いますが、エネルギー政策の望ましい方向性の議論を尊重し、できるだけサポートする(もしくは代替的アプローチを提案する)ようにしていただきたいものです。

会合におけるシナリオ検討方法

前回5月の会合では、RITEが7つのカーボンニュートラルを実現するシナリオの試算を紹介しました。その試算結果として、かなり大きな電力コストの数字が示され(とくに再エネ100%シナリオは他シナリオの約2倍)、いろいろ場外でも物議を醸したことはみなさんの記憶にも新しいことでしょう。

今回は、(当初から予定されていたかどうかは分かりませんが)その他の6つの研究機関*が、それぞれ自らのシナリオに基づいた試算結果を発表しました。

正確には、CRIEPIはモデル比較プロジェクトの内容を紹介し、その他は、個々の研究機関のシミュレーション結果を発表しました(後述のようにIGESはやや変化球です)。ただ、とくに前回のRITEの分析との関係性を指摘することは要請されませんでした。

本会合のユニークだった点は、各研究機関からの発表のあとに、研究機関同士で質疑応答が行われたことです。これはなかなか有効で、発表だけでは見えてこなかったいろいろな点が明らかになりました。わたしは(発表資料暫定版をベースに)事前に各研究機関に質問を用意しておいたのですが、それも建設的議論に役だったと思っています(IGESの資料の最後に付いていますのでよろしかったらご覧下さい。「質問の意図」も書いておきました)。委員からの質疑応答がそのあと行われました。

なお、今後、2050年に向けたエネルギー政策がどのような形で発表され、さらなる検討がどのタイミングでどのように行われるのか? という点に関しては、エネ庁事務局からの説明は(いつもの通り)ありませんでした。「とりあえず」何らかの数字をベースとしたものが出てくるのかどうか、今回までのシナリオ分析の議論がどう活かされたのか、今後活かそうと考えているのか、などを注視していきたいと思っています。

* 国立環境研究所(NIES)、自然エネルギー財団(REI)、地球環境戦略研究機関(IGES)、デロイトトーマツコンサルティング、日本エネルギー経済研究所(IEEJ)、電力中央研究所(CRIEPI)

シナリオ分析の活用方法

今回の複数のシナリオ分析において、おそらくもっとも重要な点は、電力コストを(平均コストではなく)限界コストで表現することの意味が、十分にシェアできていないということでしょう。

RITEやデロイトトーマツのモデル分析では、再エネ比率が100%近いシナリオにおいては、限界コストで表された電力コストが、その他のシナリオの2倍程度で、kWhあたり40円から50円程度との試算となっています。一方で、われわれのコメンタリーや質問などの結果、平均コストはその2分の1程度であることが明らかにされました。

これは何を意味するのでしょうか?

むかしの総括原価方式では、電力「価格」は、ラフに言えば、平均コストに法律で規定された比率の適正利潤を乗せることで決められていました。一方、「市場」で電力価格が決まる場合には、最後の1kWhを供給するときのコスト=限界コストで、電力価格が決まるというのが、ミクロ経済学の教えるところになっています。下図はIGESのプレゼン資料の参考資料からの抜粋です。

もし、限界費用が平均費用の2倍程度と、そのギャップが非常に大きな場合には、それは何を意味するのでしょうか?

第44回基本政策分科会 資料より

限界コストをそのまま電力価格としてもいいのだろうか?

上図のオレンジ色の斜線部分が生産者余剰、すなわち発電事業者の利潤になります。kWhあたり20円レベルという巨大な利潤はおそらく許容できないと思う人がほとんどでしょう。RITEやデロイトトーマツの試算結果は、何を意味するのでしょうか?

  1. (試算では想定されていなかった)限界コストをもっと下げる方策があるのではないか?
  2. 限界コストをそのまま電力価格としてもいいのだろうか?

という2つの疑問が想起されます。

1. の点は、また別の機会に論じたいと思いますが、2. の点は、市場設計方法に依存します。

たとえば、限界コストが平均コストよりかなり高くなる主因が(柔軟性を確保するための)バッテリーにあるなら(上図の統合費用に分類されます)、そのバッテリーコストを、電気の消費者で広く薄く負担するということにすれば、限界費用曲線の急峻なカーブは、かなりマイルドになるはずで、電力価格を決定する需要曲線との交点がかなり下がります。その他にもいろいろな方法がありえます。

「どのような市場設計にするか」は、モデル分析の「外」にある

この「どのような市場設計にするか?」という点は、モデル分析の「外」にあります。すなわち、単に限界コストの数字だけが一人歩きして、それを電力価格と認識してしまうということは、大きなミスリードを生むということです。この点は、研究者もメディアも、読者がミスリードしないような「数字の解釈に関する適切で分かりやすい解説」を行う責任があると思います。

一方で、これは、シナリオ分析のモデル試算結果から、新しいこと(この場合には電力市場設計の在り方)を、考える非常によいきっかけを提供したと言えるでしょう。

将来の重要な宿題が、ここで顕在化したわけです。シナリオ分析とは、そのように使うべきものかと思います。最初に述べたエネ庁の「絵姿を描く過程で課題、制約を認識し、それを乗り越える方向性、具体策を明らかにし・・・」のひとつの例となるわけですね(そのように認識した人がどれだけおられるかわかりませんが)。

その他、わたしの行った質問では、エネ研の松尾さん(わたしもエネ研出身ですがわたしとは別人で松尾雄司さんといいます)の分析で「*」の付いたシナリオと、それがないシナリオの差異に注目したものがあります。


第44回基本政策分科会 資料より

エネ研の試算(上図)では、ベースシナリオ、RE100シナリオの2つに関して、いくつか前提となるポテンシャル推計の条件を緩めた「*」付きシナリオ(ベース*、RE100*シナリオ)において、陸上風力が大幅に入っていることがわかります。

国有林・民有林における設置を認めると(もともと陸上風力のコストは低いため)大幅に導入されることになるという試算結果かと思われます。

シナリオの、パラメタの数値を変えてみる重要性

シナリオ分析の利用方法のひとつは、パラメタの数値を変えてみることによる計算結果への影響をベースに、そのようなパラメタ変更の可能性を(そのモデルを離れて)現実世界で詳細に検討するきっかけとすることです。

この場合、もし、高コストの洋上風力ではなく、低コストの陸上風力が何らかの規制緩和やその他の政策変更などでそのポテンシャルを大幅に拡大できるなら、それは非常に重要な将来の検討項目になるはずです。加えて、このアプローチは、工夫次第で(道路整備などによる)林業振興や地方再生政策とのシナジーをはかることができそうです。

であるなら、このシナリオ分析は、そのような規制緩和の方法やシナジーの形成方法などの、可能性の追求するきっかけを与えるものとして利用できます。

エネ研の松尾さんはこのような森林地域にポテンシャルを拡げる可能性にあまりリアリティーを感じていないようでしたが(わたし自身も精査して話をしているわけではありません)、たとえばCCS大量導入や水素・アンモニア発電大量導入のようなオプションの可能性と比較して、リアリティーがそれほど低い(課題が解決できそうにない)かどうかは、自明ではないと思います。

(この項続く)

松尾直樹
松尾直樹

1988年、大阪大学で理学博士取得。日本エネルギー経済研究所(IEE)、地球環境戦略研究機関(IGES)を経て、クライメート・エキスパーツとPEARカーボンオフセット・イニシアティブを設立。気候変動問題のコンサルティングと、途上国のエネルギーアクセス問題に切り込むソーラーホームシステム事業を行う。加えて、慶応大学大学院で気候変動問題関係の非常勤講師と、ふたたびIGESにおいて気候変動問題の戦略研究や政策提言にも携わり、革新的新技術を用いた途上国コールドチェーン創出ビジネスにもかかわっている。UNFCCCの政府報告書通報およびレビュープロセスにも、第1回目からレビューアーとして参加し、20年以上の経験を持つ。CDMの第一号方法論承認に成功した実績を持つ。 専門分野は気候変動とエネルギーであるが、市場面、技術面、国際制度面、政策措置面、エネルギー面、ビジネス面など、多様な側面からこの問題に取り組んでいる。

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