現在、定置型蓄電池や電気自動車用蓄電池として普及しているのが、リチウムイオン電池だ。だが、蓄電池については、まだまだエネルギー密度の向上と価格の低下が求められている。そのために、多くの研究者が日夜この課題に取り組んでいる。蓄電池の研究動向はどうなっているのか、将来どのような蓄電池が期待できるのか。国立研究開発法人 物質・材料研究機構エネルギー・環境材料研究拠点 拠点長の高田和典氏に、蓄電池研究の最新動向をおうかがいした。
安全性とエネルギー密度で注目される、リチウムイオン全固体電池
―最初に、高田先生のキャリアと現在の研究内容を教えてください。
高田和典氏:蓄電池の研究は、電機メーカー勤務時代から行っていました。当時は銅イオン伝導体を使った固体電池の研究をしていました。銅は高い伝導度を示すものの、イオン化エネルギーが低いので、電圧範囲が狭いという特徴があります。
その後、1991年にソニーがリチウムイオン電池を発売し、やがて蓄電池はこれが主流になっていきます。こうした流れから、私もリチウム系に取り組むようになりました。 1999年に物質・材料研究機構に移り、現在は全固体リチウムイオン電池の研究を行っています。マネジメントの面では、リチウム空気電池など他の電池系にもかかわっています。
―固体電池の研究そのものは、とても盛んになってきているのでしょうか。
高田氏:その通りです。2008年にトヨタ自動車が電池研究部を立ち上げた頃から、固体電池に関する研究論文は急増するようになってきました。
固体電池に対する精力的な取り組みは、パソコンや携帯電話の発火事件を契機とした安全性向上に対するものとして始まっていますが、大型電池では耐用年数10年以上の長寿命化を達成しなければならないという要請があります。
特に電気自動車においては、エネルギー密度を向上させ、電池のデザイン設計の自由度を向上させることが求められています。
固体電池はこれらの要請に応えるものと期待されており、2019年1月に開催されたナノテクの展示会(nano tech2019)におけるミニシンポジウムでは、650名もの方が参加しました。展示会のイベントとしては異例の人数だったそうです。また、文部科学省のプロジェクトでも、全国で40近くの研究室が参加しています。
―研究されている全固体電池は、液体電解質を使った現在のリチウムイオン電池にとってかわるものだと言われています。どういった点が長所として期待できるのでしょうか。
高田氏:全固体電池の場合、現在の蓄電池と異なり、電解質が固体なので、漏液の問題がありません。また、発火の原因となる電解質の有機溶媒もありません。そのために安全性が高いと考えられています。また、副反応が起こりにくいので10年以上の寿命が期待できますし、電解質にイオン濃度の分布が生じにくいため、出力密度も高いものとなる可能性があります。そのため、車載用として期待されています。
―出力密度はどのくらい異なるのでしょうか。
高田氏:2016年にトヨタ自動車が行った、同じ設計での蓄電池の比較では、全固体電池の方が2倍から10倍の出力があったというデータが発表されています。
―全固体電池のエネルギー密度が高いのは、どのようなしくみなのでしょうか。
高田氏:全固体蓄電池の方が、構造がシンプルになるという利点があります。液体の電解質だと各セルに対して一つの電池ケースが必要になりますが、固体であればこれを一つとすることができるので、電池のモジュールの体積が半分になります。
また、固体電解質のリチウムイオン伝導度は液体の10倍近くあり、出力が上昇します。電気伝導度で比較すると両者は同じくらいですが、液体の電解質で電気を運ぶイオンはリチウムイオンが20から30%で、マイナスイオンを含む他のイオンも電気を運んでいるのに対し、固体の電解質では100%リチウムイオンが電気を運んでいます。
さらに、このような高いイオン伝導度を電池の高出力につなげるのか、イオン伝導度が高い分、電解質を減らしてエネルギー密度を上げるのか、そういった検討も可能になります。
―全固体電池の寿命が長いのは、どのようなしくみなのでしょうか。
高田氏:電解質の中を動くイオンはリチウムイオンだけなので、副反応、例えば電解質の分解反応などが抑制されるため、全固体電池の方が劣化は遅いともいえます。2006年の論文では、3万回の充放電でも3%しか劣化しませんでした。これは、数十年間使ったことに相当します。このように固体電池は本来高い信頼性を持つものですが、それに加えて最近高いイオン伝導度を示す固体電解質が開発されたことで、液体電解質の電池を超えると期待される性能が出てくるようになってきました。
質の安定化など、まだまだ課題は多い
―とはいえ、実用化までには課題があると思います。
高田氏:課題はいくらでもあります。電池が実用化に向けて開発が進むというのは、こんなイメージです。ニッケル水素電池のように、最初に単三サイズのような小型電池ができ、市場でもまれ、やがて車載用ができる。そこにいたるまでに多くの課題があるということです。
車載用には数百Vの電池が必要ですが、セルの性能にばらつきがあると、セルを直列につないでも安定した電圧になりません。 また、電解質にも課題があります。現在は電解質として硫化物を用いていますが、硫化物は扱いにくいために製造コストが高く、硫化水素を発生させる懸念もあります。そこで、より安全な酸化物の電解質の研究も行っています。
実は酸化物の全固体電池の方が先に研究が始まったのですが、現状は硫化物の方が進んでいます。
―全固体電池は最初はスマートフォンやパソコンの電源として使われるのでしょうか。
高田氏:パソコン用としては、現在のリチウムイオン電池の性能で十分なので、すぐにとってかわることはないでしょう。むしろ、電気自動車をガソリン車並みの性能にするときに、全固体電池が搭載されていくのではないでしょうか。
―定置型の蓄電池はどうでしょう。
高田氏:これもリン酸鉄系リチウムイオン電池で、寿命の点でも電解質の性状の点でも優れたものができています。出力性能は車載用として使われている三元系リチウムイオン電池より遅いのですが、定置型としては十分です**。
リン酸鉄系材料は安定なのですが、三元系より電位が0.5Vほど低いのです。そのため、三元系よりも電池のサイズが大きくなってしまいます。一方、三元系は正極材のニッケルの一部をコバルトとマンガンに置き換えており、3種類の金属が使われていることから三元系と呼ばれるのですが、充電時にニッケルやコバルトの4価イオンができてしまい、これが不安定なのです。
- ** 「リン酸鉄系」、「三元系」、いずれも電池の正極材で分類した名称
蓄電池は日本がリードできる分野
―ほかにも有望な蓄電池はあるのでしょうか。
高田氏:エネルギー密度の点では、リチウムイオン空気電池というものがあります。これは空気中の酸素を正極側の活性物質として用いるものですが、充放電の繰り返しに課題があります。リチウム硫黄電池も同様に高いエネルギー密度を持つ電池です。これらは体積は大きいのですが、軽いため、ドローンのような飛翔体に使えるのではないかと言われています。
リチウムよりも安価で資源量が多いナトリウムを使った電池も研究されています。エネルギー密度はやや低くなりますが、ナトリウムは資源量が豊富です。
―ところで、2019年のノーベル化学賞は吉野彰さんら、蓄電池の研究者が受賞しました。
高田氏:吉野さんの仕事は本当にすばらしいものだと思います。リチウムイオン蓄電池は世の中を変えた発明ですから、誰かが受賞するとは思っていました。
実際に、現在の蓄電池が使われている用途ではリチウムイオン電池で十分だといっても過言ではありません。現在の研究者は、新しい用途を切り拓く、よりハードルの高い電池系に取り組まなくてはいけません。
米国でも全固体蓄電池のプロジェクトは進んでいますが、米国には蓄電池メーカーはありません。日本と中国、韓国が世界をリードしています。特に日本は、製造しているセルの数では他国に抜かれていますが、材料の多くは日本製です。優れた材料技術を持っているのですから、新しい電池の分野では、日本がリードしていくのではないでしょうか。コストダウンもスケールアップも、日本のメーカーでできないわけはないと思います。