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テスラのマスタープランと新型4680バッテリーの行方を探る

テスラのマスタープランと新型4680バッテリーの行方を探る

2021年04月06日

2021年現在、脱炭素のビジネスシーンでもっともホットなテーマはEV(電気自動車)である。とりわけテスラ・モーターズは、その中心にあり、EV業界を超えてエネルギーと気候変動問題に大きなインパクトを与えている。テスラの動向を中心にEV業界の動きを報告する。

テスラ・ウォッチャーズ・レポート(1)

連載にあたって:テスラはEV市場を変える力を持っているか

マーティン・エバーハードとマーク・ターペニングにより米国デラウェア州で2003年に設立されたテスラモーターズは、翌年にイーロン・マスクを迎え入れることでEV市場の風雲児として注目を集め、今や時価総額が大手自動車メーカーを上回るまでの実力をつけてきた。

同社は、斬新なデザイン性や多彩な電子制御機能で顧客を魅了しているが、その一方で、製品の品質を保つために地道な改善の取り組みが必要な自動車メーカーの立場でみると、ボディーのすり合わせや組み立て部品の多さなどでまだ改善の予知が多数あるという批判も少なくない。

果たしてテスラは、EV市場を変えるだけの力を持ち合わせているのだろうか。この連載では、テスラの動向を随時チェックしながら、EV市場の将来性を探っていく。


テスラ・ロードスター(3.0)

イーロン・マスクは常に「マスタープラン」を意識している

連載を始めるにあたり、テスラを知るために抑えておきたい事項がある。イーロン・マスクが2006年に示したマスタープランだ。

一般的な企業は中期計画という形式で、5年単位あるいは3年単位でその事業計画の目標を立てて株主に対して公表していく。しかし、テスラはいわば15年前に作ったマスタープランが今でも着実に生きている。その点で一般企業と比較して長期的にブレがない戦略をとっているのが特徴だ。

では、このマスタープランではどのようなことを言及していたのだろうか。2016年に発表されたマスタープランのパート2も合わせて要約すると、以下の10項目が軸になっていることがわかる。

マスタープランの目標

01.スポーツカーを作る

02.その売上で手頃な価格のクルマを作る

03.さらにその売上でもっと手頃な価格のクルマを作る

04.上記を進めながら、ゼロエミッションの発電オプションを提供する

マスタープラン2の目標:

05.エネルギー生産と貯蔵を統合する

06.バッテリーストレージとシームレスに統合された素晴らしいソーラールーフを作る

07.地上の輸送手段の主な形を網羅するために事業を拡大する

08.すべての主要セグメントをカバーできるようEVの製品ラインナップを拡大する

09.自動化

10.世界中のテスラ車の実走行から学び、人が運転するよりも10倍安全な自動運転機能を開発する

11.クルマを使っていない間、そのクルマでオーナーが収入を得られるようにする

マスタープラン通りに進むテスラ

これらのマスタープランを同社の沿革と重ねてみると、その整合性がはっきりと見えてくる。現時点では09.段階の中間地点まで目標が達成しているようだ。

タイムラインテスラの動向マスタープラン
2008年2月「Tesla Roadster」を発表01.スポーツカーをつくる
2009年5月ダイムラー社(Daimler AG)と資本業務提携 
2009年7月「Tesla Roadster 2」「Roadster Sport」を発表 
2010年1月パナソニックと共同で次世代バッテリーを開発することを発表 
2010年5月トヨタ自動車と資本業務提携 
2012年6月「Model S」出荷開始02.手頃な価格のクルマを作る
2012年9月「スーパーチャージャー」の提供を開始 
2014年9月パナソニックと合弁で「Battery Gigafactory」を米国ネバダ州に建設 
2015年4月家庭用蓄電池「Powerwall」発売05.エネルギー生産と貯蔵を統合する
2015年9月「Model X」出荷開始03.もっと手頃な価格のクルマを作る
2016年10月Teslaが生産する全ての車両に完全自動運転用のハードウェアを搭載することを発表09.自動化
2016年11月 SolarCity社を買収04.ゼロエミッションの発電オプションを提供する
2017年7月 「Model 3」出荷開始03.もっと手頃な価格のクルマを作る
2019年1月「Gigafactory」を中国・上海に建設 
2019年5月Maxwell Technologies社を買収 
2019年11月「Cybertruck」を発表07.地上の輸送手段の主な形を網羅するために事業を拡大する
2020年3月「Model Y」出荷開始03.もっと手頃な価格のクルマを作る
2020年9月独自開発した4680バッテリーを公表 

これらを踏まえ、ここ最近のテスラの動向を探ると、4680型バッテリーセルの実用化に向けた動きが加速し始めている実態が見えてきた。

新型4680型バッテリーの実用化に注目

4680型とは直径46ミリ×長さ80ミリの円筒形をしたバッテリーセルの呼称で、2020年9月に開催したイベント「バッテリーデー」で公表された。同日行われた説明によると、現在使用されてる2170型のバッテリーセルと比較して直径、長さが一回り大きくなった。では形状変更によりどの部分が改善されたのだろうか。


バッテリーデーで公開された4680型バッテリー

テスラは、初期モデル「ロードスター」の頃から駆動を司るバッテリーの配置において、小型円筒のバッテリーセルを何百個単位で並べて一つのパックにするスタイルを取っている。その単体であるバッテリーセルの構造は、一枚のアルミホイルを丸めてその先に電極のタブをつけたシンプルなものだ。

同セルは構造上、アルミホイルの面積を大きくすればするほど、kWhあたりのコストは下がる。しかしその分電子の移動距離が伸びるため発熱が増えて、特に中心部の冷却が難しくなるという欠点があった。

そこで、4680型では、電極の役割をするタブを廃止して、アルミの上辺すべてを電極として使用する。これにより、全体の発熱量が下がり、中心部の冷却がスムーズに行えるようになり、従来のバッテリーと比較し、エネルギー、出力がそれぞれ5倍、6倍となり、航続距離は16%向上したという。

4680型では電極素材をニッケルに改良

4680型では電極素材も改良した。正極は、バッテリーの充放電に耐えるコバルトの使用をやめ、コーティング剤や添加物を工夫することでコバルトよりも価格の安いニッケルを使用する。一方負極は、現在使用しているグラファイトよりもリチウムが多く蓄えられるシリコンを使用するという。

また、4680型は、アルミホイルを巻く前の工程で行う電解質のコーティングをドライ電極に置き換えるところで、有機溶剤の回収工程がなくなり、その結果工場の面積を10分の1にできたという。これに伴うコスト削減効果は、排水設備の建設を必要としなくなったことが大きく、設備投資で66%減、製造コストで76%減を実現している。

パナソニック、LG、CATLは4680型を製造するのか?

では、4680型バッテリーセルの実用化はいつごろになるのだろうか。

2021年3月28日、中国のリチウムイオンメーカーBAKバッテリーが、4680型バッテリーの製造を発表した。同社では、以前から2170型バッテリーよりも大きなサイズのバッテリー開発に取り組んでおり、その経験が生きた模様だ。製造は、来年から中国・鄭州工場で量産を開始する予定だという。


BAKバッテリーが発表した4680型バッテリー

ならば、これまでテスラにバッテリーセルを供給していたパナソニック、LG、CATLはどうか。パナソニックは、2月にテスラが同社との電池供給契約を2022年2月まで延長すると発表しており、テスラ向けの電池を住之江工場(大阪市)で生産するとしているが、これが4680型になるかはまだわかっていない。

LGは、同社の電池部門LGエナジーソリューションが2021年2月、同社の韓国工場で新しいラインを作りテスラのバッテリーを製造すると発表した。しかし同社も製造するバッテリーセルが4680型であるかはどうかはまだわかっていない。

角型形状のバッテリーを製造するCATLについては、モジュールを組まずそのままパック化することで省スペースかつ低コストを実現した「セル トゥ パック」を確立したため、テスラは同社に対して円筒型の4680型の生産を委託するのではなく、角型形状バッテリーでの搭載を見込んでいるという。

脱炭素へ向けテスラは素材確保に動き出す

発注側のテスラは、バッテリー素材の確保で動き始めている。2021年3月上旬、4680型の正極材の製造の際に使用量が増えるニッケルの確保のため、ニューカレドニアにあるゴロ鉱山の関係者と「技術的および産業的パートナーシップ」を結んだと、多くのメディアが報道した。

同国は、世界第4位のニッケル生産国だが、過去1年では約26%のニッケル価格の上昇傾向にあった。テスラのパートナーシップ契約は供給不足による懸念が高まっていたことを受けての動きだとみられている。

このように4680型のバッテリーセルは、従来の2170型のバッテリーセルを一回り大きくしただけではとどまらない新たな技術が複数盛り込まれている。だが、そのほとんどが革新的な技術ではないため、一定額の設備投資を行えば実現できるだろう。

その点で今後テスラとバッテリーで取引を行うメーカーは、設備投資にかけられる予算とテスラの描くビジョンを天秤にかけながら同社との付き合いを進めていく必要があるだろう。

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田中茂
田中茂

産業アナリスト。日常生活に欠かせないエネルギー使用のあり方について、制度・ビジネスの観点から調査・研究しています。

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