電力業界で業務を続ける傍らで情報発信を続けている棚瀬啓介氏が、現代の電力ビジネスとはどのようなものか、わかりやすく解説するシリーズの第2回をお届けする。第1回で電力ビジネスの概要がイメージできたところで、今回は具体的な電力ビジネス分析をしていく。みなし小売電気事業者(旧一般電気事業者の小売部門)、大手都市ガス会社の小売電気事業、大手通信会社の小売電気事業、新規参入の小売電気事業の4社をサンプルに、著者の独断と偏見で分析していく。
はじめに
第1回で「「小売」ビジネスには「発電・調達コスト」「託送コスト」の組み合わせが重要」を記載したように、 STP/4P分析*では検討していくが、まずは、4社ともに共通する電力業界の外部環境であるPEST分析・3C分析(第2回は東京ガス・KDDI)をしていく。なお、分析の対象とした外部環境などについては、あくまで筆者が想像する内容を前提としており、必ずしも事実に基づくものではないということはお断りしておく。
*STP分析:セグメンテーション(Segmentation)、ターゲティング(Targeting)、ポジショニング(Positioning)を柱としたマーケティングの分析フレームワーク *4P分析:プロダクト(Product)、プライス(Price)、プレイス(Place)、プロモーション(Promotion)を柱としたマーケティングの分析フレームワーク小売電気事業者目線のPEST分析
PEST分析は、電力業界に限らずビジネスの外部環境を分析する際に利用されるビジネススキームであり、政治(Politics)経済(Economy)社会(Society)技術(Technology)の4つの観点で外部環境を見る。
本来は個別の企業ごとに外部環境も異なるが、入門編では、電力業界の「5つのD」の流れさえ大きく抑えておくことで、大外れなビジネス分析になることは回避できるので、5つのDをメインにPEST分析をする。
竹内純子「2050年のエネルギー産業」資源エネルギー庁資料より抜粋政治面では、電力システム改革を中心とした「制度改革」の影響が大きい。
これまでは、発電・小売市場の自由化という経済性の観点を重視した制度改革であったが、2020年代は 、低炭素、安定供給の価値を確保するためのシステム改革が多くされてくるため、その対応が必要となる。
経済面では、パリ協定も含めた「脱炭素化」の影響が大きい。パリ協定では、世界各国の自主的目標を設定。日本も2030年に2013年比▲26%、2050年に80%削減という壮大な目標を達成するために産業界も含めて経済が変化していく。
社会面では、「人口減少」の影響は長期かつ大きな影響を電力業界に与える。例えば、2050年までに現在居住区の6割以上で人口が半分以下になることが予想されるなど、日本中の電線が“赤字路線”化する可能性もあるため、託送料金も含めた系統コストについて大幅な変更が起こる可能性も考慮する必要がある。
ただ、FIT制度の影響もあり、風力発電、太陽光発電などの分散電源も普及するため、人口減少中に、「分散化」した電源をうまく利用していくことが必要になる。
技術面では、なんといっても「デジタル化」は大きく影響すると予想される。DX(デジタルトランスフォーメーション)が電力業界以外の全業界で注目されている中、電力業界でもデジタル技術を活用した新たなエネルギー事業の創出(成果提供型のビジネスモデルへの転換)とデジタルプラットフォームの活用により、他産業との融合が進んでいくだろう。
上記のようなPEST分析を踏まえて、3C分析では、外部環境と内部環境の両面を企業ごとに「市場/顧客(Customer)」「競合(Competitor)」「自社(Company)」の3つの観点で分析していく(3C分析)。
本講座では、
- ガス業界代表→東京ガス
- 通信業界代表→KDDI(auでんき)
- ベンチャー系代表→Looop
- みなし小売電気事業者代表→東京電力エナジーパートナー
をモデルとして検討したいと考えているが、第2回では、東京ガスとKDDIの3C分析を「勝手に」してみたい。
東京ガス(ガス業界代表)3C分析
ご存知のとおり、東京ガスは、2019年度末で240万件の電力契約獲得など、低圧の新規参入事業者では最も獲得数の多い事業者である。
もちろん、すでに顧客を持っている公益事業者であること、既にガス火力発電所を持っていたこと、旧NTTファシリティーズ、大阪ガスとともにエネットを設立し、電気事業を行ってきた経験があること、そして自由化によってバンドル化が見えている中では、電気事業に参入せざるを得ない危機意識があったと考えられる。
上記の状況はあるものの、なぜ、ここまで獲得を急ぐのか?
ガス業界は、長年電力会社との激しい競争を既に繰り広げており、既に自由化していた特別高圧、高圧分野ではコージェネレーションなどを活用して「電力+ガス」のバンドル提供を行うことで、電力会社のヒートポンプによる熱需要の電化や、大口向けガス供給と競争してきた。また、低圧分野では、電力会社のオール電化からの防衛をしていた経験もあり、2016年の低圧自由化を機に、「電力+ガス」のバンドル提供による囲い込みに向かうことは容易に想像できる。
ただ、東京ガスが想像以上に獲得意欲が高かったのは、2017年4月のガス小売全面自由化の影響も大きいと考えている。
2017年にはいよいよ東京電力が「電力+ガス」バンドルサービスを低圧向けにしてくることは当然予想されていたはずで、そのまま放置しておくと「本丸の都市ガス事業」さえ崩されてしまう大きなリスクがあった。
制度検討の進捗が影響したのか、ガス小売全面自由化が電力小売全面自由化の1年後になったため、「東京電力が電力+ガスバンドル提供ができない1年間」を利用して、自社の都市ガスユーザを全力で囲い込みにいったのが実態のように思う。
もちろん、ガス業界内でも競争はあるので無視はできないが、東京ガスが東京電力エリア(周辺の一部の都市ガス会社・LPガス会社とは提携)に閉じた電力サービスを現在もしている点をみるとほぼ「東京電力対抗」のみを意識しているように見える(その点、大阪ガスは中部電力と合弁会社のCDエナジーダイレクトを創設し、首都圏にも参入している)。
もちろん、既に電力の売上はガスの4分の1程度まで来ており、事業戦略の中でも重要度はますます上がっていく。
KDDI(通信業界代表)3C分析
通信業界の代表であるKDDIは、大阪ガスの契約数を超えて第2位である。
なぜ、ここまで通信事業者が電力事業に力を入れるのだろうか?
もちろん、電力はインフラ・月額課金という点での親和性はあるし、市場規模も大きいため売上へのインパクトも大きい。
都市ガス業界は同じエネルギー事業で既に競争関係にあったことを考えると都市ガス業界第2位の大阪ガスの契約数を超えるほどの力の入れ具合は他に理由があると考える人もいるだろう(同じインフラ事業といいつつ、ガスと通信では電力との親和性は大きく異なる)。
あくまで個人の考えではあるが、2016/2017年の電力・ガス小売全面自由化をトリガーとした新規ビジネス参入は前提としつつも、「本丸の通信事業に大きなメリット」があるからではないかと考えている。
競合であるソフトバンクも電気をトリガーとして家庭全体の携帯電話の契約をまるごと切り替えさせようと画策していることは想像できるため、それへの対抗策もあるが、電気契約は、コンテンツや決済などのサービスより「携帯電話のリテンション効果が高い」のが最大な理由のように思う。
しかも、KDDIは「スマートバリュー」による携帯と固定のバンドルサービスの成功体験もあり、電気契約もうまくバンドルさせる自信があったと思う。
あくまで想像ではあるが、東京ガス・KDDIともに都市ガス業界・通信業界特有の事情があって電力業界への参入を果たしている。
次回以降では、インフラ業界出身ではないLooop、東京ガス・KDDIを迎え撃つ東京電力エナジーパートナーも含めた分析をしていきたい。
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