2020年1月、台湾では総統選が行われ、蔡英文総統の二期目がはじまっている。4月には国立台湾大学の社会リスクと政策研究センター(RSPRC)が、エネルギー転換に関する世論調査を行ったが、それはエネルギー転換に非常に前向きな結果であった。その世論調査と、石炭火力の動向を、JETRO・アジア経済研究所研究員で東アジアのエネルギー問題の専門家、台湾在住の鄭 方婷(チェン・ファンティン)氏が詳細に紹介する。
二期目がはじまった蔡英文政権
前回の連載では、「エネルギー・トランジション」に関する2018年の国民投票や研究機関の意識調査の結果から、国民の高い関心とは裏腹に政策への理解が不足していた当時の状況を紹介した。そして今年、2020年1月の総統選に勝利し、5月から二期目が始動した蔡英文総統は、両岸関係だけでなくエネルギー政策の動向に関しても注目度が高い。
今回は、エネルギー問題に関する最新の意識調査の結果から台湾世論の現状を見ていくとともに、台湾最大規模の火力発電所をめぐる石炭火力の動向と近年の論争についても紹介したい。
政治的立場を問わず、エネルギー・トランジションを支持する傾向
蔡英文政権の続投を受け、国立台湾大学の社会リスクと政策研究センター(RSPRC)は今年4月中旬、前回の2018年からおよそ2年ぶりとなる、「エネルギー・トランジションの国民感知度」に関する大規模世論調査を実施した。
注目すべきは「2025年に再生可能エネルギー発電設備容量を全体の20%以上にする」という目標に同意するかという設問に対し、「同意する」とした人が回答者の約78%に上ったことである(図1)。全体政策の公平性と計画性に対して厳しい評価がされていた2年前より評価する人が増えたと言えそうである。
もう一つ注目すべきは、この設問に回答した人のうち、与党の民進党(いわゆる「緑」陣営)支持者の87%が同意するとしていたが、同時に最大野党の国民党(「青」陣営)の支持者も63%が同意していたという点である。
野党・国民党はこれまで、再生可能エネルギー開発を訴えながらも、低コスト高効率、電力の安定供給といった理由から原子力、石炭火力発電を推進してきた。一方で民進党は一貫して反原発の立場である。2015年に政権与党となってからは脱石炭・脱原発とガス・再エネの拡大というエネルギー・ミックス改革に本腰を入れており、国民党の方針とは一線を画している。
しかし今回の意識調査で明らかとなったように、多くの国民は支持政党に依らずエネルギー改革そのものに肯定的であり、これまでの政策が継続されやすい状況になっていると言えるだろう。
一定の電気料金の値上げを受け入れられるようになった
もう一つは、電気料金の値上げに対する意識の変化である。台湾では、電気料金を安定させる目的から、エネルギー価格の変更には行政院による審査が必要である。例えば現在、平均電気料金は2.6台湾ドル(約9.1日本円)/1kWhであり、台湾電力会社の2019年再生エネ平均買取価格、4.17台湾ドル(約14.6日本円)/1kWhを下回っている。これは石炭火力削減と再エネ推進にとっては不利な状況である。
今回の調査では、値上げに反対の回答者が約19%だったのに対し、政府が推定した2025年の電気料金3.1台湾ドル(約10.6日本円)/1kWh以上の値上げを容認すると回答した人は35%に達し(図2)、前回の調査結果より7%の増加となった。
これは年を追うごとに深刻化する大気汚染の改善や、二酸化炭素排出量の抑制と気候変動の緩和に必要性を感じる国民が増えたことが背景にあると考えられる。値上げによって電力システム構築の外部コストを適正に回収できることは、今後の再エネ推進にとってのプラス要因である。
電力システム構築の外部コストを回収する別の手段として、エネルギー税や炭素税の導入という選択肢もある。今回の調査では、回答者の88%が二酸化炭素を多く排出する企業への従量税徴収を支持している。
また、全体の約57%が炭素税の課税によるガソリン料金の上昇を受け入れるとしており、そのうちの6割にあたる約34%が、3台湾ドル(約10.5日本円)/1リットル以上の値上げを容認すると回答した(図3)。
台中火力発電所をめぐって台湾電力・地方自治体・政府間論争
大気汚染は、こうした大幅な経済的負担増をも容認するほど国民の関心が高まっており、それゆえに政治的な対立に発展する事例も生じている。その象徴的な事件が、台湾最大の石炭火力発電所である台中火力発電所(以下「中火」)をめぐる紛争である。
大気汚染の深刻化が大きな争点の一つとなった2018年の統一地方選挙において、台中市では民進党の現職市長を破り、国民党の候補者が当選した。その後、新台中市長率いる台中市政府は、脱石炭火力を支持する世論を背景に、中火に対して石炭使用量超過や汚染水の排出などで複数回にわたり1億台湾ドル(約3.5億日本円)以上の罰金を課した上、昨年2019年12月には中火に複数の発電装置操作許可証を失効させる行政処分を下すなど、非常に厳しい対応を取ってきたのである。
これを受けて中火を所有する台湾電力は、台中市に対して行政処分取消を求める審査請求を行った。すると今度は、審査結果が発表される前の今年2月になって突然、環境保護署が「法律に基づく行政原則の違反」を理由に、台中市による行政処分を無効としたのである。台中市の行政が中央政府からの干渉を受けたこの決定によって、台中市と中央政府の間で大気汚染対策をめぐる対立が深まった。
中央政府と台中市の板挟みになったのが台湾電力を管轄する経済部であり、表向きは環境保護署の決定を尊重し支持しているが、一方で台湾電力と中火に対してはこれまでより厳格な「自主石炭削減計画」の提出を要求し、大気汚染が深刻化する今年の秋以降の実施を約束させるなど、バランスを取ろうとしている。
しかし台中市は自治体の独立審議権限への侵害で中央民進党政府に対し追究を続ける姿勢を崩しておらず、石炭火力と大気汚染をめぐる台中市政府、環境保護署、経済部(台湾電力)の三つ巴の紛争はしばらく収まる気配がなさそうである。
「グリーン・リカバリー」(緑の回復)を支持
現在、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行が世界経済にかつてない規模の損失をもたらしている中、地球環境に負担をかけずに経済を復興させていく手法として、「グリーン・リカバリー」(緑の回復)が提唱されている。これは、温室効果ガス排出量の大きな企業への救済に再生可能エネルギーの利用やエネルギー効率の向上、排出削減を条件とし、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals, SDGs)において国際的競争力をさらに強化させることを狙ったものである。
台湾も感染拡大の抑制には成功したものの、経済的な衝撃からは逃れられていない。今回の世論調査では、回答者の7割以上が、政府が企業に対して打ち出している支援策にエネルギー・トランジションや排出削減を条件として付加すべきであることに賛同している。
脱炭素の追い風になるか 経済成長と高炭素排出産業の変革の両立に対する期待
今回は、エネルギー・トランジション政策に対する最新の台湾世論に焦点を当てた。従来、エネルギー・トランジションについては経済成長を妨げるという意見が根強く、電気料金の値上げやエネルギー税・炭素税などに反対する意見が多数派を占めていた。
今回の世論調査結果からは、支持政党に関係なく再生可能エネルギー開発を支持し、電気料金の合理的な値上げも受け入れるという意識がより浸透し、経済成長と高炭素排出産業の変革を両立できると考える国民が増えていることが分かった。これは、台湾における今後の再生可能エネルギー開発にとって強力な追い風になると思われ、今後の展開に期待したい。