ドイツでは2021年9月に連邦議会選挙が行われる。アンゲラ・メルケル首相の政界引退、与党の支持率の低下など、次期政権がどのようなものになるのか、目が離せない状況だ。こうした中にあって、支持率が上昇しているのが緑の党である。選挙後の政権入りが視野に入っており、女性首相候補を指名したことも話題だ。ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏が報告する(前後編)。
激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第38回(後編)
緑の党主導の連立政権が生まれた場合、二酸化炭素(CO2)削減などの環境規制が強化されることは確実だ。
緑の党は2020年11月のオンライン党大会で採択した政策綱領と、今年3月に公表した選挙プログラム(マニフェスト)の中で、「工業化以前に比べ、地表の平均気温の上昇幅を1.5℃に抑えることを目指す」という目標を強調している。つまりパリ協定で各国が合意した、地球温暖化に歯止めをかけるための目標を、前面に押し出しているのだ。緑の党は「ドイツを気候保護の先駆者とするために、経済の非炭素化に拍車をかける」という方針を打ち出している。
ベアボック氏らは、ドイツの社会システムの変更をも目指している。第二次世界大戦後のドイツは、元々社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)という経済モデルを導入した。米国やイギリスでは、自由競争と市場主導のメカニズム、小さな政府を基本とする完全な自由放任主義が基本である。これに対しドイツの社会的市場経済では、まず政府が法律で枠を決めて、企業にその枠の中で競争をさせる。競争に敗れた人に対しては、政府が社会保障によって安全ネットを提供し、救済する。つまり大きな政府を重視し、社会主義的な要素を盛り込んだ市場経済である。
これに対し緑の党は、政策綱領の中でドイツにSozial-ökologische Marktwirtschaft(社会的エコロジー市場経済)を導入することを提案している。つまり彼らは、社会的市場経済に、環境保護の要素を色濃く加えようとしているのだ。同党のマニフェストは「コロナ・パンデミックが終息した後の経済復興と、エコロジー重視の経済改革を同時に行ない、融合させるべきだ」と要求している。
ドイツ連邦議会選挙のためのプログラム案「Germany. Alles ist drin.」発表時 右は共同代表のロベルト・ハーベック氏 2021年3月 © Dominik Butzmann
具体的には、緑の党は、2030年までにドイツの電力需要を100%再生可能エネルギーだけでまかなうことを目指している。これは現在のメルケル政権のエネルギー転換よりも大幅に踏み込んだ政策だ。
メルケル政権は、2038年までに全ての褐炭・石炭火力発電所を廃止する方針だが、緑の党は政策綱領の中で、脱褐炭・石炭を8年早めることを要求しているのだ。ドイツでは2022年12月末に全ての原子力発電所のスイッチが切られるが、緑の党はあと9年で脱石炭に踏み切ることを目指している。
同党が政権入りした場合には、脱石炭法を改正し、今後3年以内に褐炭火力の設備容量の4分の1、石炭火力の設備容量を3分の1減らす。2022年以降は、発電事業者への補償金を払わずに石炭火力発電所を廃止する枠組みを導入したいとしている。これは電力会社にとっては、厳しい条件である。
緑の党は「メルケル政権は再エネ拡大にブレーキをかけてきた」と批判し、政権に就いた暁には再生可能エネルギーの拡大を加速する。
政策綱領によると、同党は今後10年間に陸上風力発電設備の容量を現在の2倍、洋上風力の設備容量を5倍に増やす方針。同党は「陸上風力発電設備の毎年の新規設置容量を、5~6GWにする。2035年までに、洋上風力発電設備の累積容量を、35GWにする」と提案している。
メルケル政権は、2030年までに太陽光発電設備の累積容量を現在の52GWから100GWに増やす計画を持っているが、緑の党は2030年の目標値を250GWに増やすべきだと主張している。
ベアボック氏は、「今後4年間に、民家100万戸の屋根に、太陽光発電パネルを設置したい。高速道路や鉄道線路に沿った空き地にも、大規模な太陽光発電設備を取り付ける」と述べている。
緑の党は、「脱石炭のために当面必要な天然ガス火力発電所については、将来エネルギー源を水素に転換することが保証されている場合のみ、新設を認める。新しいガスパイプラインの建設は、化石燃料の使用継続につながり、エネルギー転換を阻害する。ロシアからドイツへ直接天然ガスを輸送する海底パイプライン・ノルドストリーム2の建設工事も、中止するべきだ」と主張し、化石燃料の使用を大幅に制限するという姿勢を打ち出している。
さらに同党は、「再生可能エネルギーによって作られるグリーン水素の拡大を優先するために、多額の助成金を投じる。今後は水素製造のためのキャパシティーを増やすとともに、外国から水素を輸入するためのインフラを建設する」として、水素エネルギーの実用化に力を注ぐ方針を明らかにした。
また緑の党は、再生可能エネルギー促進法(EEG)にも触れ、「EEGによる助成金制度の枠外で、再生可能エネルギー発電事業者が需要家と契約を結んで、電力を直接販売するシステムを拡大する。将来カーボン・プライシングによって政府の収入が増えた場合、その収入の一部を再生可能エネルギー発電事業者の報酬に使用し、EEG賦課金を廃止することも検討したい」と述べている。この主張は、EEGによる固定価格買取制度の導入から20年が経過し、卒FITの再生可能エネルギー発電設備が増える中、EEGを使わない直接販売の比率を高めるべきだという意見が、緑の党内部でも強まっていることを示している。
この他緑の党は、2030年以降はCO2などの温室効果ガスを排出する新車の販売を禁止することや、カーボン・プライシングの強化、EUのCO2排出権取引制度に、1トンあたり40ユーロの最低価格を導入することを提案している。つまり緑の党は、CO2の排出コストを現在よりもさらに高めることを目指しているのだ。
また政策綱領案は、高所得層の税負担を増やす富裕税の導入を求めている他、経済活動におけるESG(環境・社会・ガバナンス)の原則の重視、人権保護の強化、人種や性別などによる差別の禁止など、「誰にとってもフェアな社会の建設」を目指す方針だ。
緑の党 共同代表のアンナレーナ・ベアボック氏とロベルト・ハーベック氏
電力業界や製造業界からは「経済界がコロナ不況に苦しむ中で、気候保護のために企業に過重な負担をかけるべきではない」という反発の声が出ている。ドイツ産業連盟(BDI)は、今年4月に「緑の党の選挙プログラムは、様々な税金や厳しい規制、禁止措置などによって、我が国を計画経済化しようとするものだ。同党は、市場経済のメカニズムや民間企業に対して強い不信感を抱いているように見える」と強い懸念を表明した。
BDIは、緑の党がカーボン・プライシング制度が定めるCO2価格をさらに引き上げるよう求めていることや、水素エネルギー使用の義務化など、企業の負担を増やしたり、特定のエネルギー源の使用を強制しようとしたりしていることに、不信感を強めている。
ドイツの事業所向け電力料金は、欧州でトップクラスだ。その理由は、再生可能エネルギー促進のための賦課金や電力税、コジェネ促進のための賦課金などが加えられているためだ。このため製造業界からは、「電力コストの負担がこれ以上増えた場合、電力集約型の産業は、生産拠点をドイツから他の国へ移転させるかもしれない」という声が聞かれる。
だがドイツで今年1月に公表された世論調査によると、過半数の市民が地球温暖化対策の継続を望むと答えている。
出典:再生可能エネルギー庁委託によるYougov調査 設問:再生可能エネルギーの利用と拡大は・・・ 重要=21% 非常に重要=65%、重要度が低い=6%、重要ではない=4%、わからない、回答なし=3%
ドイツでは、日本や米国に比べて地球温暖化や気候変動に対する関心が強い。そう考えると、緑の党の路線は、多くの有権者の共感を集めるものと予想される。同党が政権入りした場合、ドイツが非炭素化を加速するためのアクセルを踏み込むことは確実だ。
2021年はドイツ、そして欧州の政局に大きな変化をもたらす年となるだろう。
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