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ドイツ政府、国家水素エネルギー戦略を閣議決定

ドイツ政府、国家水素エネルギー戦略を閣議決定

2020/06/24
激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第25回

再生可能エネルギーの余剰電力の利用、および電気では代替できない燃料・原料としての化石燃料に対応したものとして、水素エネルギーが期待されている。実用化にはまだ時間がかかるとはいえ、戦略的に取り組む国もある。ドイツもまた、水素エネルギーに注力していく方針だという。ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏が詳しくお伝えする。

「水素は脱炭素社会構築の鍵」

ドイツのエネルギー転換に、新しい要素が加わった。メルケル政権は、経済の非炭素化を進めるために、水素エネルギー関連技術の先駆国になるという目標を打ち出したのだ。これは「2050年までに温室効果ガスの排出量を正味ゼロにする」というドイツの目標を実現する上で、重要な柱だ。

連邦経済エネルギー省のペーター・アルトマイヤー大臣、連邦教育研究省のアニヤ・カルリチェク大臣、連邦環境大臣のスべニア・シュルツェ大臣ら5人の大臣たちは2020年6月10日に「大連立政権は、国家水素エネルギー戦略(Nationale Wasserstoffstrategie)を閣議決定した」と発表した。

アルトマイヤー大臣は、ベルリンでの記者会見で「水素はエネルギー転換を成功させる上で重要な鍵となるだろう。ドイツではそのための技術は成熟しつつある。水素には価値創造、雇用、気候保護のための潜在力が秘められており、我々はそのパワーをフルに活用する。ドイツは水素テクノロジーについて、世界のナンバーワンになることをめざす」と語った。シュルツェ大臣は「水素エネルギーは、二酸化炭素(CO2)削減に役立つだけではなく、コロナ危機が経済に与えつつある悪影響からの回復という観点でも、ドイツにとって追い風を与えるだろう」と語った*1

© BMWi/Andreas Mertens

1兆円を超える予算を投入へ

この計画によると、ドイツは工場、化学工場、製鉄所、トラック、船舶、航空機などのエネルギー源を重油や石炭、コークス、ケロシンなどの化石燃料から水素に切り替えるべく、水素の増産・輸入体制を整備する。水素は燃えてもCO2を出さないので、化石燃料を水素によって代替すれば、気候変動の原因となる温室効果ガスの排出量を大幅に減らすことができる。

ドイツ政府はこれまで水素利用に関する基礎研究のために7億ユーロ(840億円・1ユーロ=120円換算)を投じてきたが、今後電気分解施設の建設と、外国からの輸入体制の構築のために合計90億ユーロ(1兆800億円)の予算を投入する。

具体的には、水の電気分解による水素製造能力を2030年までに5GW、2040年までに累計10GWまで高める。10GWというのは、原子炉ほぼ10個分に匹敵するキャパシティーだ。

さらに、水素には余剰電力の蓄積手段としても期待がかけられている。現在ドイツでは、北部で強い風が吹いて風力発電装置によって大量の電力が作られても、南部に送る高圧送電線が不足しているので、再生可能エネルギーによる電力が余る状態が時々起きている。 将来こうした電力を水素に変えれば、蓄積することが可能になる。逆に電力が不足した時には、水素を電力に変えて供給する。この技術はパワー・トゥー・ガス(P2G)と呼ばれ、ドイツの電力会社やガス会社が実証実験を進めている。

再エネからの「緑の水素」が主役

ドイツ政府は、水素を製造方法によって次の4種類に分類している。

zdf heuteの記事より筆者作成

ドイツ政府が最も重視しているのは、CO2を全く出さずに製造される「緑色の水素」だ。風力発電装置や太陽光発電パネルによって作られたクリーン電力を使って、水を電気分解して水素を製造すれば、CO2排出量はゼロになる。

通常ドイツの企業や市民は電力を使用する際に、電力料金とともに再生可能エネルギー賦課金を払わなくてはならない。しかし政府は水素を再生可能エネルギーによる電力だけで製造する場合には、賦課金の支払いを免除する方針だ。この助成措置によって、緑色の水素の比率を高めるのが狙いである。

灰色の水素・青色の水素がはらむ問題点

実は、メルケル政権はもともと国家水素エネルギー戦略を去年(2019年)の12月末までに閣議決定する方針だった。発表が半年も遅れた理由は、経済エネルギー省と環境省の間で、灰色の水素と青色の水素の扱いについて、意見が分かれたからである。

環境省は、天然ガスなど化石燃料による電力を使って製造される灰色の水素を、この戦略に含めることに消極的だった。その理由は、1トンの水素を製造するために、約10トンのCO2が排出されるからだ。これでは、CO2を削減するという目標に矛盾する。

そこで妥協案として付け加えられたのが、青色の水素だ。この水素は、化石燃料からの電力で製造されるが、発電時に発生するCO2を炭素貯留テクノロジー(CCS)などによって地中などに保存し、大気中への放出を防ぐ。

だが問題は、ドイツではCCSの実用化の目途が立っていないことだ。この国ではバッテンフォールのドイツ子会社などが、CCS発電所を試験的に運用したことがあったが、コストが高く経済性を確保することができなかった。さらに、農民らが「地中に貯留したCO2が大気中に放出されて、農作物や家畜に悪影響を及ぼす」として、CCSに対する反対運動を展開した。このため、現在この国ではCCSの実用計画は暗礁に乗り上げているのだ。つまり、灰色の水素と青色の水素の製造については、大きな疑問符が投げかけられていると言うべきだろう。

水素の輸入が不可欠

国家水素エネルギー戦略によると、ドイツが2030年までに電解容量5GWの水素製造能力を持つには、再生可能エネルギーから20TWhの電力量を発電しなくてはならない。ド イツ連邦環境局(UBA)によると、2019年にドイツで再生可能エネルギーによって発電された電力量は、452TWhだった。このため同国は、5GW電解容量の水素製造設備を稼働させるための発電量はすでに持っていると言えるだろう。

問題は、水素を製造するキャパシティーである。現在ドイツの製鉄所やセメント工場、化学工場、バスやトラックのような大型車両などで使われている化石燃料を代替するには、ドイツだけで2030年までに90TWhから110TWhに相当する水素が必要となる。

ドイツが2030年までに5GWの水素製造能力を持ったとしても、そこから作られる緑色の水素の量は、14TWhに留まる。つまり需要量に比べて、供給量が少ないことになる。

ドイツ 国家水素エネルギー戦略資料より
フェーズ1は市場の立ち上がり、フェーズ2は国内外の市場の強化

このためドイツ政府は、「我が国が必要とする水素を自国内だけで製造するのは不可能であり、大半を外国から輸入する必要がある」としている。このためドイツはアフリカや中東諸国などに水素製造技術を伝達し、そこで作られた水素を輸入することによって、発展途上国の経済の振興にも役立てる方針だ。

鳴り物入りで国家戦略を発動する時点で、国内の生産量だけでは需要をカバーできないので、輸入に頼らなくてはならないと政府が言うようでは、いささか心もとない。

もうひとつの問題はコストだ。これまでドイツの電力会社やガス会社などは、電気分解によって水素を製造する実験を続けてきたが、電気分解による水素の製造コストは割高であり、現在のところ企業が収益性を確保できるかどうかは未知数である。

野党は水素戦略の部分的修正を要求

さらに緑の党や環境保護団体では、「今のままでは、コストが高い水素をわざわざ買おうとする企業は少ないので、水素エネルギー戦略は失敗に終わるだろう。航空会社やメーカーなどに、最低限の水素の使用を法律で義務付けない限り、水素エネルギーは普及しない」として、戦略の内容を部分的に修正するように求めている。

またドイツ連邦エネルギー水道事業連合会(BDEW)のケアスティン・アンドレー専務理事は、「水素に関する戦略の閣議決定は、エネルギー転換を成功させ、CO2削減目標を達成する上で重要な里程標だ。エネルギー業界は、水素の製造から輸送に至るまで、戦略の実現に大きく貢献する」と歓迎する声明を発表した*2

同時にアンドレー専務は、「水素エネルギー戦略が、暖房について言及しなかったことは残念だ。水素エネルギーを交通や製造業だけではなく、暖房についても利用して、CO2排出量の削減に努めるべきだ」として、戦略の部分的な修正を要求した。BDEWは近く「ガスに関するロードマップ」を公表して、水素普及に関するエネルギー業界の視点からの構想を打ち出す方針だ。

ドイツでは電力部門に比べると、交通部門のCO2削減が進んでいない。この国では「乗用車を内燃機関から電気自動車やプラグインハイブリッド車に変えるだけでは、CO2削減目標を達成するのは難しい。バスやトラックなど大型車両を電気自動車にするのは、困難だ」として、水素エネルギーの利用は不可欠という意見が有力だった。

その意味でドイツ政府の国家水素エネルギー戦略の閣議決定は、この国の経済・社会の脱炭素化へ向けて重要な一歩となるだろう。

*2 BDEW zur Nationalen Wasserstoffstrategie: BDEW, 2020.6.10

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
 Facebook:https://www.facebook.com/toru.kumagai.92/ ミクシーでも実名で記事を公開中。

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