日本製鉄グループが着手した、海藻などいわゆるマリンバイオマスを製鉄に利用する技術開発が注目されている。以前から日本製鉄グループは、海藻が減少する「磯焼け」対策として鉄スラグを利用して藻場を増やす研究を行ってきた。今回は逆に海藻を利用して製鉄を脱炭素化する取り組みとなる。鉄で磯焼けからの回復とCO2削減の両方が実現できる、一石二鳥の取り組みともなるものだ。
日本製鉄株式会社、日鉄ケミカル&マテリアル株式会社、一般財団法人金属系材料研究開発センターは共同で、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「先端研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/ブルーカーボン(海洋生態系による炭素貯留)追求を目指したサプライチェーン構築に係る技術開発」に採択されたことを、2021年5月25日に発表した。いわば海藻などのマリンバイオマスを使ってCO2を吸収させ、その海藻を製鉄などに利用するということだ。世界でも例のない研究だという。
気候変動対策として、CO2を削減し、カーボンニュートラル社会を目指す必要性は高まっており、日本においても2050年カーボンニュートラルを宣言している。また、これにともなって、革新的技術の実用化を見据えた研究開発を進めていく方針が示されている。具体的なものとして、経済産業省が「革新的環境イノベーション戦略」として提示しているが、その中に「ブルーカーボンの追求」が明記されている。
ブルーカーボンは、いわば海藻など海の生物によるCO2の吸収固定で、陸上の森林などによるCO2の吸収固定を示す「グリーンカーボン」の海洋版というものだ。気候変動に関する国際交渉においては、ブルーカーボンの評価なども検討されている。
製鉄においては、石炭を還元剤として利用することによるCO2排出が課題となっており、水素製鉄の研究なども行われている。同様に、カーボンニュートラルなバイオマスの利用もCO2排出削減手段となる。今回の実証研究は、海藻などいわゆるマリンバイオマスを利用することで、カーボンニュートラルな製鉄を行うことを視野に入れたものとなっている。
日本製鉄は、これまで、鉄鋼スラグを利用して、藻場造成技術の開発に取り組んできた。
近年は、海藻が減少する、いわゆる磯焼けが全国的な沿岸地域で発生しており、漁業にも影響を与えている。また、磯焼けの原因の1つとして、海水温の上昇によって冬季でも海藻を食べる生物が移動せずに活発に活動していることなども指摘されている。
これに対し、豊かな海の生態系を取り戻すため、藻場の再生を促進する取り組みを行ってきたということだ。東京大学、(株)エコグリーン、西松建設株式会社と共に、鉄鋼スラグなどと廃木材チップを発酵させた腐食物質とを混合して生成するフルボ酸鉄を含む、海洋向けの施肥ユニット「ビバリーユニット」を開発し、2004年から北海道の増毛町で実証試験を行っている。ユニット中の鉄が海中に供給されることで、コンブなどの海藻が繁茂し、植物の雄しべや雌しべにあたる配偶体の成長も観察されたという。
その後、2009年には千葉県富津市にある技術開発本部に海洋環境シミュレーション設備を設置して干潟や浅場を再現した水槽による模擬実験などを行ない、2019年からは北海道の泊村でも藻場再生プロジェクトを実施している。
こうした成果をふまえ、日本製鉄によると、「海藻を使ってより積極的な手段でCO2削減ができないかと考えたことがきっかけ」となって、今回の製鉄利用の実証につながったという。さらに、国内での海藻養殖こそ衰退傾向であるものの、「世界的な海藻養殖は成長産業」だという。「国内でも安定的な生産技術や自動化された管理技術などが開発されれば、生産量を増やし、安定的な資源として扱えると考えている」ということだ。
日本は長い海岸線に恵まれている上、日本の製鉄業が臨海地域にあるということも利点となっている。こうした地の利を生かし、海藻の育成に必要な鉄を供給することで、藻場を育成し、利用することは、気候変動対策と産業育成の両面で有効だ。また、海藻養殖についても世界トップレベルの技術・ノウハウを有しており、ブルーカーボン技術は海外での利用も可能だろう。
日本製鉄としては、マリンバイオマスを、石炭由来の炭材から置き換えることで、2050年までに高炉の還元剤からのCO2排出を年間100万トン削減することを目標としており、実証期間の最終年である2022年までは、マリンバイオマスの製鉄利用に向けた利用性と製造プロセスの検討等に取り組むとしている。
そもそも気候変動による海水温上昇が原因の1つとされる磯焼けに対し、海藻に取り入れられやすい形にした鉄分を供給することで藻場を回復させ、CO2を吸収させる事業を行う一方で、生産したマリンバイオマスを活用し、製鉄からのCO2排出を削減する、それぞれの実証事業は、結果として一石二鳥の取り組みになっている。
(Text:本橋恵一)
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