激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第14回
「我々はエネルギー転換の原動力になる」。ドイツ最大手の電力会社RWE(本社・エッセン)のマルティン・ロルフ・シュミッツ社長が、2019年3月に発した言葉は、この国の電力業界だけではなく、世界中のエネルギー市場を驚かせた。
最大手がCO2正味ゼロを目指す
RWEは2019年に、発電の中心を褐炭・石炭と原子力から、再生可能エネルギーに移すことを宣言した。これは、同社が経営戦略を大きく転換したことを意味する。
1898年、ルール工業地帯にエネルギーを供給する褐炭火力発電会社として創業され、122年の歴史を持つ電力会社が、発電ポートフォリオの中心を風力や太陽光などの自然エネルギーに移すことは、この国の電力史に残る革命的な出来事だ。RWEにとっては、ルネサンス(再生)と呼ぶことができる。
「RWE革命」の規模は、現在の同社の電源ポートフォリオを見れば明確になる。同社の業績報告書によると、2019年8月末のRWEの設備容量45.9GWの内、約67%が褐炭・石炭などの化石燃料だった。
RWEは今後、褐炭・石炭火力発電所を徐々に閉鎖して、2040年にはCO2排出量を正味ゼロとする。正味ゼロ(ネットゼロ)とは、CO2の排出量と、植林やCO2の貯留などによって大気中から回収される量が均衡することを意味する。
さらに同社は2022年末までに、ドイツ政府が2011年に決めた脱原子力政策に従って、全ての原発を停止する。つまりRWEは、現在の発電ポートフォリオの約43%に相当する電源(褐炭、石炭、原子力)を完全に廃止するのだ。
ただしRWEは、風や太陽光が弱い時にも、電力の安定供給を確保するために、天然ガス火力発電所は維持する方針だ。
世界第2位のオフショア風力発電会社へ
RWEは今後、再エネのポートフォリオを急拡大する。同社の再エネ設備容量は9.5GW(2019年8月)だが、米国や英国、オーストラリアなどで洋上風力発電基地を次々に稼働させることによって、2年後の2022年には12.1GWに増やす。これは、再エネの設備容量の比率が現在の20.7%から26.4%に増えることを意味する。
同社は2018年、ドイツ市場で第2位の大手電力エーオン社(E.ON)と事業交換を行う計画を発表して、電力業界を驚かせた。この事業交換については2019年秋に欧州委員会のカルテル監視当局が正式にゴーサインを出した。
RWEのシュミッツ社長にとって、事業交換プロジェクトの最大の目的は、RWEを化石燃料中心の企業から、世界有数の再エネ発電会社に変身させることだった。
RWEのシュミッツ社長 2019年9月30日の記者会見にて copyright RWE AG, Lutz Kampert
この計画によると、RWEは子会社である独イノジー社(inogy)を独エーオン社に売却し、エーオンにイノジーの系統事業と小売事業を移管する。RWEはその代わりにエーオンとイノジーの再エネ事業を引き継ぐ。
この事業交換によって、RWEの再エネ設備容量は、スペインのイベルドローラ社(Iberdrola)、米国のネクステラ・エナジー社(NextEra Energy)、イタリアのエネル社(Enel)に次いで欧米で第4位になる。
シュミッツ社長によると、RWEは、世界第2位のオフショア風力発電事業者になることを目指しており、将来は毎年15億ユーロ(1,800億円・1€=120円換算)を再エネに投資する方針。再エネの設備容量を、毎年2~3GWずつ増やす予定だ。同社の発電ポートフォリオの中心は風力になるが、太陽光発電や電力蓄積テクノロジーの開発にも力を入れる。
さらに同社は今後、再生可能エネルギー事業の国際展開を目指す。同社が最も重視するのは、欧州、北米、アジア太平洋地域の3つだ。この内アジアでは、洋上風力発電に特化する方針で、2019年10月に東京にも事務所を開設した。RWEは、海に囲まれている日本ではオフショア発電事業の成長可能性があると見ている。
なぜRWEは、これほどまでに自然エネルギーを重視するのか。シュミッツ社長は言う。
「これまでは、電力の供給が確保されることが大事だった。今後重要になるのは、その電力がいかにして作られているかという点だ」。つまり消費者や投資家は、電力会社が環境に与える負荷が少ないかどうかに注目するというのだ。
エコロジー重視企業のイメージを強調
また同社は2019年9月に「新しいRWE」と名付けたイメージキャンペーンを開始した。ホームページや新聞広告には、子どもや若い女性の背景に、風力発電プロペラを映し込んだ写真を使い、再エネを主力とする企業に変身することを強調している。会社のシンボルカラーにも緑色を使い、エコロジー企業らしい印象を演出している。
RWEキャンペーンページ
さらに同社は経営方針の柱として「持続可能性の高い生活を守るために、グローバルな気候保護目標を順守する。加えて、エネルギー転換を支援するために、再エネと技術革新に焦点を合わせる」と説明している。
RWEの上半期の業績報告書は、EUやドイツ政府のCO2削減目標に貢献することや、生物多様性(Biodiversity)、環境保護、地方自治体とのパートナーシップの重視など、企業の社会的責任を重視するESG経営(Environment, Society, Governance=環境・社会・ガバナンス)に焦点を合わせた内容になっている。
環境に負荷をかける企業という汚名を払拭へ
かつてRWEは褐炭・石炭への依存度が高かったことから、環境団体からクリマ・キラー(ドイツ語で「気候を破壊する者」の意)というあだ名を付けられていた。
2018年には旧西ドイツ・ケルン近郊で褐炭採掘場を拡大するためにハンバッハという森を伐採しようとして、環境団体や市民たちから強い批判にさらされた。行政裁判所は環境団体の主張を受け入れて、RWEの森林伐採の差し止めを命じた。この判決は全国的に注目を集め、RWEについて「ドイツ社会全体が褐炭・石炭の使用を停止しようとする中、褐炭の採掘を続けるために森林を伐採する企業」という悪いイメージを市民の心に植え付けてしまった。
それ以前においても、RWEは再生可能エネルギーの拡大にも消極的だった。2007年から2012年までRWEの社長だったユルゲン・グロスマン氏は原子力発電の強力な推進派として知られた。 彼は2009年2月、ドイツのニュース雑誌とのインタビューの中で「エネルギー転換はコストがかかり過ぎる。我が社の未来は原子力発電にかかっており、今後も新しい原子炉を建設する」と語り、自然エネルギーの拡大には強い関心を示さなかった。いま再生可能エネルギー企業への道を邁進するRWEの姿を当時と比べると、隔世の感がある。
投資家はRWEのグリーン化に好感
興味深いことに、投資家はRWEの方針転換を前向きに評価している。
2015年8月には同社の株価は約9€まで落ち込んでいたが、本稿を執筆している2020年1月15日の時点では約29€に上昇している(https://www.finanzen.net/aktien/rwe-aktie)。
欧米には、環境保護を重視する機関投資家がいる。電力会社が褐炭や石炭の使用に固執していると、こうした機関投資家が資金を引き揚げてしまう可能性がある。昨今では銀行や保険会社など、多くの機関投資家が褐炭、石炭関連事業に依存している企業への投資を減らす方針を打ち出している。
発電施設の建設には多額の投資が必要なので、機関投資家が投資をストップすると、電力会社の経営者にとってはピンチである。このためRWEは発電事業の中心を自然エネルギーに移した方が、中長期的には資金を集めやすくなると判断して、脱褐炭・脱石炭および再生可能エネルギー拡大への道を踏み出したのである。
さらにドイツでは、日本よりも地球温暖化や気候変動についての市民の懸念が強い。政府に対して温暖化対策の強化を求める市民運動「フライデーズ・フォー・フューチャー」が始まったのも、ヨーロッパである。この地域で褐炭や石炭による発電事業を継続する電力会社は、消費者からそっぽを向かれてしまう危険もある。
少なくともヨーロッパについて言えば、エネルギー市場の非炭素化の動きを止めることは難しくなりつつある。ドイツ最大手の電力会社RWEの変身は、ヨーロッパ全体のエネルギー市場にも大きな影響を与えるに違いない。