冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(中編その2) | EnergyShift

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冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(中編その2)

冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(中編その2)

2020年12月24日

前回、「中編その1」では、主に米国におけるそれぞれの市場での、容量メカニズムに対する取り組みを紹介した。当たり前のことだが、市場ごとに背景も選択した手段も異なっている。また、日本の容量市場のモデルとなったPJMにおいても、課題があることも示した。「中編その2」では、欧州における容量メカニズムへの取り組みについて、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也氏が紹介する。

4 欧州における、容量メカニズムについての議論と取り組み

4.1 英国での「容量市場」の導入

英国では、VRE(風力発電や太陽光発電など、変動する再生可能エネルギー)の急増を受けて、2010年から容量メカニズムの必要性が議論され始めた。

英国のケースは、EUで統一的な容量メカニズムのルールの検討が始まるのと同時進行で検討された初めてのケースであり、注目を集めた。Lockwoodらの調査によれば、英国政府は、検討を開始した当初は、ドイツが後に選択した戦略的予備力と呼ばれる仕組みが有力だった。

ところが、六大電気事業者(ビッグ6)による政治・行政の両面にわたるロビー活動や影響力を行使した結果、ビッグ6にとって実質的に補助金システムと同等な容量市場へと議論が誘導された経緯があると報告されている注1

これは、福島第一原発事故後の国会事故調査会報告でも指摘された「規制の虜」現象と同じである。すなわち、規制機関が被規制側の勢力に実質的に支配される状況で、政府の失敗の一つである。

容量市場の制度設計においても、新しい分野での専門性や複雑性の高い領域での政策形成であるがゆえに、その領域で知識も情報も人材も資金も豊富な大手電力会社は、政策ロビーを通じて自らの利益、つまり既存の資産と投資の収益を保護する方向に政策を誘導する「規制の虜」が指摘されている注2。この政治リスクは日本でもしっかりと検証する必要がある。

実際に、英国で2014年に実施された容量市場入札では、落札の95%が既存の電源か改修電源で、新規電源の落札が5%に過ぎず、半分以上がガス発電(コンバインドサイクル発電)だった。この結果、2018年11月には英国の容量市場に対する異議申し立てが行われ、EU一般裁判所で違法な補助金と認定された。

欧州委員会は翌2019年10月に英国の容量市場を競争政策上、問題ないと結論づけたものの、目前に迫った英国離脱との関係も疑われ、不透明さが残った。また容量市場入札の結果、英国の電力市場は安定供給に必要とされる水準よりも4倍もの余裕(過剰予備力)を持つことになった。

これも、米国PJMと同じ傾向が現実化している。この「過剰予備力」は、ビッグ6にとっては「棚ぼた利益」だが、消費者にとっては余分な負担が毎年2億7千万ポンド(約378億円・1ポンド140円換算)になると指摘されている注3

4.2 ドイツの「戦略的予備力」

ドイツでは、2014年10月に連邦経済エネルギー省が「緑書」(議論素案)を公表した注4

その中で、さらなる電力市場改革で柔軟性を高める「電力市場2.0+戦略的予備力」と「容量市場」を設ける2つの案を提示した。これに対して、3つの研究機関から分析報告書が出され、総費用が「電力市場2.0+戦略的予備力」の方がおよそ10分の1にとどまること、容量市場は再生可能エネルギーの活用を妨げることなど、容量市場のデメリットが確認された。

幅広く団体や個人から意見も公聴し、「電力市場2.0+戦略的予備力」の支持が圧倒的に多かったことから、ドイツ政府は正式に「電力市場2.0+戦略的予備力」に決定した。

ドイツの戦略的予備力とは、安定供給に必要な供給予備力を定め、これを入札するものだ。予備力のレベルは、ドイツの今後5年間の平均的な最大電力86GWの5%、すなわち最大5GWである。2018/2019年の2GW入札から開始し、毎年、都度入札される。上限価格10万ユーロ/MW(約1万2千円/kWh)である。

戦略的予備力で採用された電源は、電力市場に参加せずに停止して待機することになる。面白いのは、2020年に廃炉予定の褐炭発電所2.7GWを、この戦略的予備力のうち「気候予備力」としてお金を支払うことで、前倒しで2016年~2019年から停止させたことだ。これによって、ドイツは2020年の気候目標も達成できている。これに対して、ドイツ大手電力会社RWEは自社の褐炭発電所に対して全社売上の13%に相当する容量支払いを得ることに成功したとの批判もある 注5

4.3 EUトリローグ

欧州では、域内市場統一と再生可能エネルギー拡大・気候変動対応という大命題の一方、各国でそれぞれ異なる容量(報酬)メカニズムが同時進行的に導入されていった。そのため、容量メカニズムを巡って「欧州連合トリローグ」が行われる事態となった。なお、欧州では容量メカニズムを「容量報酬メカニズム」と呼ぶことが多く、その略語CRMも含めて併用する。

欧州連合での容量報酬メカニズムの議論の歴史を、Hancher(2019)の整理に基づいて簡単に振り返る注6

  • 2007年2月15日に欧州閣僚理事会で、欧州のエネルギー政策について「202020目標」(2020年までに、EU全体のエネルギー消費量の20%を再生可能エネルギーで賄うとの目標)を決議した。これに基づいて、2009年再エネ指令が決定された。
  • その後2012年に、欧州各国で検討や実施が広がりつつあった容量メカニズムについて、欧州委員会(EC)が意見募集を行い、「容量報酬メカニズムは域内市場取引・投資を歪め技術革新を歪める恐れがある」と結論し、翌2013年に容量報酬メカニズムは「最終手段」としてのみ正当化されると結論した。
  • 2016年に、ECは容量報酬メカニズムを含むクリーンエネルギー・パッケージを提案した。しかし、域内統一市場と各国で先行した容量報酬メカニズムとの調整が困難であること、及び、数多くの批判(特に容量報酬メカニズムが原発や化石燃料への補助金となる恐れ)が殺到したため、トリローグ(議会、閣僚理事会、委員会)での協議が行われることになった。

ここで言うトリローグとは、EU機能条約で正式に定められた通常立法手続の一つで、EC、欧州議会、EU閣僚理事会の各組織から代表者を立てて、EU法案の内容を交渉する会合のことを言う。トリローグにあたって、容量メカニズムに関するそれぞれの立場は、それぞれ以下のように要約される。

  • 欧州議会:CRMは「最後の手段」であるとの立場
  • EU閣僚理事会:域内エネルギー市場の統一が必要との立場
  • ECは、委員会の権限と各国の主権との調整を図る、との立場

また、このトリローグのステークホルダーの立場は、以下のとおりであった。

  • ENTSO-E(欧州電力系統運用者ネットワーク)が国境を超えるCRM設計手法を提示
  • 欧州経営者連盟:エネルギーのみ市場を支持
  • CAN(気候行動ネットワーク)欧州:CRMによる気候への悪影響、市場の歪み等の懸念表明

こうして2年ものトリローグの結果、2018年末に妥結した(表1)。以下は、その主な内容である。

  • CRMは「最後の手段」かつ「一時的な措置」であることを明記する
  • 炭素制約:550g/kWh、350kg/kW・年以下(2025年6月以後)
  • 経過措置:2019年末までの契約は保護される
  • CRMには、蓄電池、エネルギー効率化、需要側応答(DR)を含めること
  • 資源の妥当性評価(アデカシー)を統一的な方法で評価すること

表1 容量メカニズムに関する欧州連合トリローグの結果

【出典】REGULATION (EU) 2019/943 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL, of 5 June 2019 on the internal market for electricity (recast)及び Leigh Hancher et al. “Clean Energy Package (CEP): Compromise on Provisions for Capacity Remuneration Mechanisms” REMAP Insight 5-2019, Fridtjof Nansen Institute をもとに筆者加筆

(中編終わり)

前編

  • 0. はじめに
  • 1. 突然の容量市場「騒ぎ」
  • 2. なぜ容量市場(容量メカニズム)が登場したのか
  •  2.1 容量メカニズムとは何か
  •  2.2 1990年代:電力自由化とミッシングマネー
  •  2.3 2000年代:自然変動型再エネの急拡大と脱炭素化
  •  2.4 現在から今後:VRE・蓄電池・需要側・DXへの大転換

中編 その1

  • 3.欧米では市場ごとに異なる容量メカニズム
  •  3.1 米国が先行した容量メカニズム
  •  3.2「容量市場 vs エネルギーのみ市場」論
  •  3.3 注目すべきカリフォルニア州の柔軟性規準

中編 その2(本稿)

  • 4.欧州の文脈~市場統合・政策統合・政府の失敗(規制の虜)の防止
  •  4.1 英国での「容量市場」の導入
  •  4.2 ドイツの「戦略的予備力」
  •  4.3 EUトリローグ

後編(予定)

  • 5.容量メカニズムの3大話
  •  5.1 ミッシングマネー問題
  •  5.2 炭素基準
  •  5.3アデカシー
  • 6. 日本での文脈
  •  6.1 旧一電によるリードと唐突なアジェンダ化
  •  6.2 決め打ちの「容量市場」
  •  6.3 否定できない「規制の虜」
  • 7.日本であるべき容量メカニズムとは

飯田哲也
飯田哲也

認定NPO法人 環境エネルギー政策研究所(ISEP)所長。京都大学原子核工学専攻修了。原子力産業に従事後に原子力ムラを脱出し、北欧での再エネ政策研究活動後に現職。日本を代表する自然エネルギー専門家かつ社会イノベータ。著書に「北欧のエネルギーデモクラシー」他、多数

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