環境価値取引の最新動向を追う
これまでもEnergyShiftでは「環境価値」について取り上げてきたが、国内ではJ-クレジットやグリーン電力証書、非化石証書などがあるが、海外ではGold Standard、VCS、I-REC、GOなどさまざまなクレジットや証書が取引されている。
環境省においてJ-クレジットの前身であるJ-VER制度の設計に携わり、現在は国内有数の環境価値のプロバイダーであるブルードットグリーン株式会社の取締役社長である八林公平氏が、国内外の環境価値取引の動向を解説する。
2020年12月10日、河野太郎行政改革担当相と小泉進次郎環境相が共同会見し、各府省の2021年度電力調達について、再エネ比率を3割以上とするよう求めた。
国際的イニシアティブであるRE100や、国内のRE Actionの賛同企業も増え、グローバル企業を中心にサプライヤーにもRE100準拠が求められる動きは日増しに強くなっている。
こうした企業へ再エネ電力を供給しようとする小売電気事業者も頭を悩ませているようである。
ここでRE100の基準を改めて確認しておくと、再エネ電力の定義として、バイオマス発電(バイオガス発電を含む)、地熱発電、太陽光発電および太陽熱発電、水力発電、風力発電が挙げられている。
また、それら再エネ電力の調達手法としては、①自家発電、②敷地内で他社が保有する発電設備からの電力購入、③敷地外の発電設備から専用線経由による直接調達、④敷地外の発電設備から系統経由による直接調達、⑤再エネ由来電力メニューの購入、⑥再エネ電力証書の購入が記載されている。
ここで、⑥の再エネ電力証書としては、国内では再エネ発電由来J-クレジット、グリーン電力証書、トラッキング付非化石証書が認められている。企業は、自社でこれらの証書を購入するのはコストアップと考えるため、⑤の再エネ由来電力メニューを小売電気事業者に求めるようになり、そこで小売電気事業者がメニュー構築のために上記3種類の再エネ電力証書を求めるようになってきたという状況である。
ここで小売電気事業者が頭を悩ませているのは、再エネ電力証書を含めた電力料金単価の設定である。既に小売電気業界は値下げ競争が激化していることは万人の知るところであり、企業側としては再エネ由来電力メニューについても0.1円/kWhでも安く調達したい意向が強い。先の両大臣の記者会見においても、再エネを調達できてさらに電気代も安くなった旨の発言が度々あった。
シェアを伸ばそうとする小売電気事業者は、再エネ由来電力メニューであっても需要家に価格転嫁せずに自社で再エネ価値のコストは吸収したい、再エネ電源の調達や再エネ電力証書の調達にかかる費用をできる限り抑えたいという意向が現段階では強い傾向にある。
そこで注目が集まっているのが再エネ発電由来J-クレジットである。
その理由を端的に言えば、再エネ発電由来J-クレジットは、RE100対応の再エネ電力証書として認められている国内3種類のうち、グリーン電力証書やトラッキング付非化石証書と比較しても安く調達できるからである。
グリーン電力証書は、日本品質保証機構(JQA)が運営する民間認証の電力証書である。仕組みの詳細は「環境価値とRE100その2 グリーン電力証書の課題と将来」(2020/4/30、Energy Shift編集部)で解説されているのでご参照いただきたい。
グリーン電力証書の取引は、発行事業者35者(2020年9月1日時点)がそれぞれに認証を受けたグリーン電力量を相対取引で販売し、購入者(環境価値保有者)に対して証書を発行する仕組みとなっている。全て相対取引となっていることから取引価格は不透明で、価格帯は2~7円/kWhと相当な幅があると言われている。仮に2円/kWhだったとしても、小売電気事業者にとっては手痛い出費である。
トラッキング付非化石証書についても仕組みは「環境価値とRE100その4 トラッキング付き非化石証書」(2020/6/11、土守豪)をご参照いただきたいが、これまでFIT非化石証書のオークションにおいてトラッキング情報を付与する実証実験が行われ、約定量は増えたものの、加重平均価格(FIT非化石証書はマルチプライスオークションのため)は設定されている最低入札価格の1.3円/kWhにとどまっていた。
また、2020年11月には新たに非FIT非化石証書(再エネ指定)についてもオークション取引があり、これには最低入札価格の設定が無く、約定価格(非FIT非化石証書はシングルプライスオークションのため)は1.2円/kWhという結果となった。非FIT非化石証書は、取得した発電事業者が相対取引によって小売電気事業者へ販売することも可能であり、今回の約定価格は相対取引においても一つの基準となるだろう。
出典:資源エネルギー庁 第44回 総合資源エネルギー調査会 電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会 制度検討作業部会 資料3-2「非化石価値取引市場について」p.12
さて、本題の再エネ発電由来J-クレジットであるが、そもそもJ-クレジットは温室効果ガス削減量や吸収量をクレジットとして認証したものであり、t-CO2単位で取引が行われている。太陽光発電やバイオマス発電などで電力を自家消費したプロジェクトに由来するものが再エネ電力由来J-クレジットであるが、これには電力証書として必要な情報を兼ね備えていることから、クレジットが有する電⼒相当量をkWhで表⽰することで、RE100などに対応する再エネ証書としての活⽤が可能となっている。
J-クレジットの取引は、クレジット保有者(主に温室効果ガス削減・吸収プロジェクト実施者)から相対取引によって販売されるが、前身となるJ-VER制度や国内クレジット制度の時代から、クレジット登録・認証から販売まで、さらにはクレジットを活用する企業側のPR等までを支援するプロバイダー※を介して行われることが主流となっている。登録時の難解な方法論の解説や、活用時の会計処理の相談に至るまで、プロバイダーがこれまで制度普及に果たしてきた役割は極めて大きい。
ところが実は、再エネ発電由来J-クレジットの最多保有者は、「個人向けの太陽光発電設備補助事業で創出された再生可能エネルギー発電起源のクレジット」を保有している政府であり、これが2017年には1回、2018年からは安定的に年2回、マルチプライスオークション方式で入札販売されている。
2018年以降、この再エネ発電由来J-クレジットの入札販売における落札価格平均値は徐々に上がっており、直近の2020年6月に行われた入札販売では1,887円となった。これを当該クレジットが持つ再エネ電力価値に換算すると約0.9円/kWhである。
出典:J-クレジット制度事務局 J-クレジット制度について(データ集)(2020年11月)
プロバイダーの中には再エネ発電由来J-クレジットの価格を自社ホームページ上で公表している企業もあり、2,280円/t-CO2(2020年12月1日時点)つまり再エネ電力価値としては約1.1円/kWhであり、これが末端価格相場だとするとグリーン電力証書やトラッキング付非化石証書よりも安いことが分かる。
加えて、再エネ発電由来J-クレジットは管理口座においてバンキングが可能で、ある年度に購入して使用しきれなかったクレジットは翌年度以降で使うことができるという点も使い勝手が良い。
こうしたことから、リーマンショック以降に長く需要の冷え込んでいたJ-クレジットには再び注目が集まってきている状況だ。
※参考:J-クレジット・プロバイダー(https://japancredit.go.jp/market/offset/)
環境価値は、相対取引であれ市場取引であれ、マーケットにおける需給バランスで価格が決定されるものであるが、その対価は温室効果ガス削減プロジェクト実施者に還流し、それがインセンティブとなり、さらなるプロジェクト実施につながっていくものである。
2050年カーボン・ニュートラルに向けては、こうした市場メカニズムを通じてより投資効果の高い温室効果ガス削減プロジェクトにインセンティブが働き、プロジェクトを次々に生み出していくことが重要である。
企業がRE100への対応を求められ、コストアップをできる限り避けながら実現したいという意図は理解できるが、J-クレジット、グリーン電力証書、非化石証書のいずれにしても、需要家はそのクレジットや証書が有する価値を十分に認識して購入につなげていただきたいものである。
今回は解説しなかったが、J-クレジットの省エネ系や森林吸収系の購入についてもカーボン・ニュートラルへの貢献としては有効であるし、世界的なカーボン・ニュートラルへの貢献であれば海外のクレジットや証書の購入も十分検討に値する。次回は海外の環境価値取引の動向をお伝えしたい。
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