前回は、2020年12月から2021年1月にかけての卸電力市場の高騰について、何が主要な原因だったのか、その点を考察した。後編では、今回の市場高騰を踏まえ、将来に向けてどのような対策が可能なのかについて、産業技術総合研究所主任研究員の歌川学氏が検討する。
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2020年12月から2021年1月にかけて起こった事態の需給バランスは、節電要請を出すまでには至らなかったが、今後の気候変動・温暖化の進展により異常気象が激化し需給がさらにきつくなる可能性がある。その防止抑制のために脱炭素化に取り組む必要がある。以下、その両立のための技術的な備えと対応について次に述べる。
需要の高まりに備えて、火力発電所を維持しておく考え方がある。しかし、電力需要は対策により抑えられるという特徴がある。
そもそも高い需要は年間でわずかな時間しかない。図3は東京電力エリアの2016-19年度の4年分の需要を高い順に並べ、高位200万kW分を取り出したものである。
図3 東京電力エリアの高位のエリア需要実績(2016〜2019年度)
東京電力エリアは2018年7月23日に最大電力需要5,653万kWを記録、ここから5,453万kWまで高位200万kWの需要が発生したのはこの4年間でわずか41時間、年間平均約10時間しかない。デマンドレスポンスなどで対応すれば200万kW分の火力発電所維持を節約できることになる。
今後、省エネ・デマンドレスポンスがスムーズに出来る制度・しくみ、体制を準備することが求められる。東京電力エリアは特に需要が大きいので目立つが、他のエリアでも類似のことが発生している。北海道から九州までの各エリアの2016〜2019年度実績を表2に示す。
表2 各エリアの最大需要と高位需要4年間の時間数
表2の通り、4年間の電力需要の最大値からkW単位で上位1割を記録した時間数は、東京電力エリアの182時間(年平均46時間、約2日分)から九州電力エリアの485時間(年平均121時間、約5日分)まで、わずかな時間にとどまる。
需要上位100万kW分は大都市3電力で東京電力エリアの9時間(年平均2時間)から中部電力エリアの45時間(年平均11時間)まで、これもわずかな時間にとどまる。
この分の火力発電所維持にはコストがかかる。最大需要の1割の設備容量を維持すると約2,300〜3,300億円の経費が推定される(注3)。準備段階も含めCO2排出量も増える。デマンドレスポンスがこれを代替できる。
今後も気候変動の進展により、猛暑寒波など極端な気象の激化が予想される。今回は特にきつい寒波ではなく、制度上の需給逼迫にも当たらなかったこともあり、事前の省エネ・デマンドレスポンスを有効に使えなかったようにみえる。今後の猛暑寒波に備えたしくみが求められる。
2015年以前は需給逼迫時に優先的に需要抑制する「需給調整契約」が国の需給検証報告で公表されていた。2015年夏には1時間前などに契約者に通告し需要を抑える随時調整契約が全国で約500万kW、事前計画で多需要期に需要を減らす計画調整契約が全国で約400万kW用意されたことが電力管区別に報告された。
電力需要の中には蓄電や蓄熱など時間をシフトできるものもある。需要家は多くの電力消費設備機器をもち、工場のメインの生産設備を除くと、電力多消費設備の同時使用を抑えたり、空調・給湯・照明などで需要を柔軟に変える可能性も大きい。
前日には送電会社が翌日の電力需給を予測し、時間を追って精度を高める。前日夕方と翌朝の時点などで需給予測の公開を求め、翌日の需給が厳しい場合は事前に需要抑制を募り、当日朝からの需給状況で修正しながら需給逼迫が予想される時間のデマンドレスポンスに備えるしくみが有効である。
企業の需要シフトはアグリゲーターに任せて「節電契約」を集める手段が欧米でとられており、日本でも活かすことができ、そのための制度・しくみが求められる。
企業や家庭が契約電力内に収まるよう、自らの需要を管理するのを利用・促進し、需給逼迫が予想される場合には、需給調整契約に準ずるような節電契約で、企業や家庭(主に企業)が、自らの需要で逼迫時に需要時間のシフト、または需要抑制が容易な「柔軟性のある需要」を、事前に分けて準備するのを促すしくみや電気料金制度なども考えられる。
また朝晩に需要が高くなる傾向があるので、この時間帯の需要を他にシフトさせるため「太陽光モード」として晴天日に太陽光にあわせて需要を昼間にシフトするしくみや電気料金制度も考えられる。
今後、新電力とりわけ地域電力小売会社が地域の特性を把握し、デマンドレスポンスでもノウハウを獲得し需給をコントロールすることが期待される。
備えとして省エネ機器・断熱建築の設備投資を行い、猛暑寒波が需要増に直結しないよう省エネを強化するのは脱炭素化の方向とも一致する。
省エネ技術普及の電力消費量削減可能性は大きい。従来需要の省エネは産業熱利用(中温熱まで)の電化や電気自動車化による増加も吸収でき、これを制度で加速することが必要である。
需給逼迫対策としては電力消費で投資回収年の短い照明LED化、送風機・ポンプ等のインバータ化などを集中的に進めるのを促すことが考えられる(注4)。
さらに対策効果の大きい工場設備、業務家庭の空調や断熱建築の確実な普及、特に効率の悪い電気設備を省エネ型に変えることなども必要である。
これについても、新電力とりわけ地域電力小売会社が地域の特性を把握し、地域のエネルギーに詳しい主体として再エネ電力を届けるのと並んで需要の効率化を支援し、同時に需給逼迫緩和に対応することが期待される。自治体や地域の専門家・実務家は是非協力してほしい。
省エネとともに再生可能エネルギーが需給緩和を拡大する。今後九州エリア以外でも出力抑制が行われる可能性があるが、域内および地域間連系線の優先利用と連系線運用容量の柔軟化により、出力抑制を減らし需給の厳しいエリアに届けられる可能性がある。
事前の備えとしては送電線に再生可能エネルギー発電をさらに送電線にスムーズに接続する制度・しくみが期待される。優先運用ルールとともに接続をスムーズにするためにも域内および地域間の送電線強化が望まれる。
地域電力小売会社は、地域の再エネ電力、近隣地域などのえりすぐりの再エネ電力を地域に供給し地域の脱炭素化を担う重要な担い手であり、リスク回避のような専門的知見もとりいれ、地域主体・自治体や地域の専門家・実務家は是非協力し、維持発展させてほしい。
2020年12月下旬から2021年1月下旬にかけて約1ヶ月間、電力市場で価格の異常高騰が昼夜を問わず続いた。直接の原因は市場への売りの減少が考えられる。できて間もない電力市場の制度・しくみに多くの課題があることが明らかになった。
脱炭素化で電力は脱炭素化・再エネ化を優先して行う分野になると考えられる。電力需要は、年間のわずかな時間しか高い需要が発生しない。
脱炭素化の対策と両立した需給安定化のとりくみとして高い需要を事前に抑え、また需給逼迫を前日から予測し省エネ・デマンドレスポンスを準備する可能性がある。
今回の高騰で打撃を受けた地域の電力小売会社が地域の特性を把握し、デマンドレスポンスでも強みを発揮することも期待される。
(了)
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注
注3: 80万kWの石炭火力の年間運転維持費が85億円である。簡単のため比例計算で100万kW分を求めると106億円である。同様に40万kWの石油火力は54億円で100万kW分は135億円、140万kWのLNG火力は52億円、100万kW分は37億円と求めることができる。また、燃料費は、石炭火力は8時間前に運転開始、石油火力とLNG火力は4時間前に運転開始とし、年間50時間の発電のために石炭火力は10倍の500時間、石油火力とLNG火力は5倍の250時間運転するとして試算し、石炭火力は522億円、石油火力は962億円、LNG火力は609億円を得た。2016-2019年度の沖縄電力を除く9電力の最大需要を和は約1兆7,000億kWで、その1割分1700億kWを予備として維持すると、運転維持費と燃料費で石炭火力なら約2,300億円、石油火力なら約3,300億円、LNG火力なら約1,200億円かかることになる。
注4:これらの設備投資は投資回収年が短いので設備投資補助をする必要はないが、電気料金のメリットなどがあると促進される。
参考文献
56電力(2021)「卸電力市場の取引価格の長期高騰に対する対応要望」
経済産業省電力・ガス取引等監視委員会(2021)「スポット市場価格の動向等について」、内閣府再生可能エネルギー規制総点検タスクフォース第4回資料
再生可能エネルギー規制総点検タスクフォース(2021)「電力の需給ひっ迫・価格高騰問題 に対する緊急提言 (発表用資料)」、 内閣府再生可能エネルギー規制総点検タスクフォース第4回資料
資源エネルギー庁(2021a)「今冬の電力需給逼迫に係る検証について」、総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会 電力・ガス基本政策小委員会第30回資料
資源エネルギー庁(2021b)「今冬の電力需給及び市場価格の動向について」、 総合資源エネルギー調査会基本政策分科会第36回会合資料
総合資源エネルギー調査会発電コスト検証WG(2015)「発電コストレビューシート」
電力広域的運営推進機関(2020)「電力需給検証報告書」
安田陽(2021)「マーケット考察、公開データが語る、電力ひっ迫と市場高騰が発生した理由」、日経エネルギーNEXT
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