合意文書の中には、環境・エネルギー政策をめぐって緑の党がFDPに譲歩した形跡も見られる。たとえば、合意文書は「再生可能エネルギーを拡大するとともに、電力の安定供給のために、近代的なガス火力発電所の新設を進める」という方針を明記したことだ。
SPD, Grüne und FDP streben schnelleren Kohleausstieg an | MDR.DE
ドイツの電力消費量の約45.5%は再生可能エネルギーによって作られている。9年後にはこの比率を65%に高める方針だ。
だが電力需要が多い時に、風が吹かなかったり、太陽が照らなかったりすると、需給が逼迫して大規模停電の危険が高まる。この国の製造業界の一部には、「再生可能エネルギーの比率が高まると、安定供給が脅かされるのではないか」と危惧する声がある。
「ガス火力発電所新設」の一文は、FDPがこうした製造業界の懸念を代弁して、合意文書に盛り込ませたものだ。経済の非炭素化を重視する緑の党にとっては、一歩後退だ。
ただし緑の党の執行部はこの一文の後に、「新設されるガス火力発電所は、将来水素を使う発電所に切り替えられるようにすること」と明記させた。水素を使えば、CO2は排出されない。この但し書きは、緑の党の急進左派に属する党員たちから「なぜ化石燃料を使う発電所の新設を認めたのか」と批判されるのを避けるために、執行部が加えさせたものだ。
もう一つのテーマは、ガソリンおよびディーゼルエンジンの車の禁止だ。ドイツの自動車業界は、緑の党の「2030年以降、内燃機関を使う新車の販売を禁止する」という公約に強い懸念を抱いていた。一方FDPは、内燃機関を使う車の販売禁止に反対していた。
合意文書はFDPの要求を受け入れ、緑の党の「2030年禁止案」を退けた。ただし「EU提案によると2035年には、EU域内ではノー・エミッションの新車以外は認可されなくなる。ドイツでも、これ以前に同様の措置が取られる」と記した。つまり「EU提案に沿って、ドイツでも2035年以前に禁止される」という間接的な表現になった。
さらに合意文書は、自動車業界のためにある「救済策」も用意している。それは、「合成燃料(E燃料)だけを使う新車については、将来も引き続き認可されるように努力する」という一文だ。E燃料は、再生可能エネルギー電力からの水素や大気中のCO2などを使って作られる合成燃料で、燃焼してもCO2を生成しない。ドイツの自動車メーカーはEVの開発だけではなく、E燃料の研究も進めている。つまり業界がE燃料の実用化に成功すれば、内燃機関を使う車が生き残る可能性もあるというわけだ。
もう一つ緑の党が譲歩したのは、高速道路の時速制限だ。ドイツの高速道路(アウトバーン)には、速度制限がない区間がある。そうした区間では、ポルシェやBMW、ベンツの高馬力の車に乗った多くのドライバーたちが、200kmを超える時速でビュンビュン飛ばしている。
SPDと緑の党は、CO2削減のために全区間で最高速度を時速130kmに制限するよう求めていた。だがこの案はFDPが反対したために、合意文書に盛り込まれなかった。速度制限が見送られたことは、高速道路を弾丸のようなスピードで走ることが多くのドイツ人にとっていかに重要であるかを感じさせる。
もっとも合意文書は、三党が準備協議で合意した内容を書き留めたサマリーであり、拘束力はない。最も重要なのは、彼らが11月末までに完成させる「連立契約書」だ。三党はこの契約書に調印した後、原則としてその内容を守らなくてはならない。したがって緑の党は、現在行っている交渉の中で、政策合意文書に盛り込まれなかった公約を、一つでも多く連立契約書に盛り込もうとするに違いない。
新政権が誕生した場合、環境省は緑の党が担当する。「ショルツ政権」が地球温暖化に歯止めをかけるための政策に力を入れることは確実だ。
その理由は、ドイツ市民の間で気候変動に対する懸念が強まっているからだ。今年7月にはラインラント・プファルツ州を中心に、過去59年間で最悪の水害が発生し、9万人を超える人々が土石流のために一瞬にして住居や家財を失った。政府は300億ユーロ(3兆9,000億円・1ユーロ=130円換算)の復興基金を設立して、市民や企業を支援している。
ドイツのR+V保険会社が毎年発表している「ドイツ人の不安に関するアンケート」によると、今年は「気候変動について不安を抱いている」と答えた回答者の比率が去年の40%から61%に上昇した。新政権が地球温暖化対策をおろそかにした場合、市民が深く失望することは確実だ。
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