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脱石炭を8年前倒ししようとしているドイツ 新政権がEUにまで及ぼす影響とは

2021年11月24日

ドイツの政策はEUの気候保護政策にも大きな影響

ドイツは欧州連合(EU)で最大の人口と国内総生産を持つ、事実上のリーダー国家。この国がCO2削減を加速することは、EUの気候保護政策にとって追い風になることは確実だ。

EUのウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長はドイツ人で、メルケル首相と近い立場の政治家。フォン・デア・ライエン委員長は、「地球温暖化対策は、EUにとって最重要の政策課題」と述べている。

EUは、2050年までに温室効果ガス(GHG)の排出量を1990年比で55%減らすことを目指しているが、7月14日に具体的な政策パッケージ「Fit for 55」を公表した。

今回公表されたのは、Fit for 55の前半部分。提案の主眼は、運輸・交通部門に置かれている。暖房にポイントを置いた後半部分も近く発表される予定だ。

EUはこれまで二酸化炭素(CO2)排出権取引制度(EUーETS)をエネルギー業界、製造業界、航空業界(欧州域内)に適用していた。CO2を排出する企業は、排出権証書を購入しなくてはならない。将来は船舶をEUーETSに加える。またEUは、2026年から陸上交通と建物の暖房について、 EUーETSとは別の取引権制度を新設する。

さらにEUは2030年までに、新車のGHGの年間平均排出量を2021年比で55%削減するよう要求。メーカーは2035年には、この排出量を100%減らさなくてはならない。事実上のゼロ・エミッション化だ。

一方欧州ではEVの充電インフラが不足している。このためEUは充電器増設を加速する。各国は、2025年までに出力300kWのEV急速充電ステーションを60kmおきに建設することなどを義務付けられる。

航空業界にとっても非炭素化圧力が高まる。EUは欧州の航空会社にCO2取引権を無償で供与していたが、この措置を2027年までに廃止する。さらにEUは今後10年間をかけて、航空機燃料に対する課税を実施する。メーカーは、水素など新燃料を使った航空機の開発を急がざるを得ない。

またEUは、域内企業の価格競争力を維持するために、2026年から10年間をかけて炭素国境調整措置(CBAM)を導入する。EUに鉄鋼、セメント、アルミニウムなどを輸出する域外企業は、一種の「炭素関税」を払うことを義務付けられる。関税の額はEUーETSのCO2価格を基にして算出される。こうした措置を取らないと、EU企業の製品は炭素税がない国からの製品に比べて割高になってしまう。また、EU企業が排出権取引制度のない地域に、生産施設を移転させる危険もある。

ドイツの製造業界はGHG削減という大枠には賛成しているが、Fit for 55の細部については、批判している。

ドイツ自動車工業会(VDA)は、「EU提案は、2035年以降内燃機関の新車の販売を禁止するものだ。技術革新を阻害し、消費者の選択の幅を狭める措置であり不当だ」とEUの提案を強く批判。「この決定により自動車業界はモビリティー転換をさらに加速しなくてはならないが、部品供給企業が取り残され雇用に悪影響を与えるだろう」と訴えた。

ドイツ産業連盟(BDI)も、2035年の内燃機関を使った新車の販売禁止措置を批判。内燃機関のような特定のテクノロジーを除外することに反対した。

またBDIは、EU提案が水素の実用化と、再生可能エネルギー拡大について具体的な行程表を含んでいないことについて不満を表明。さらにBDIは、CBAMが新たな貿易摩擦につながる危険性を指摘した。確かにEUーETSのような制度を持っていない国が、CBAMを新たな障壁と見なして、世界貿易機関に提訴する可能性がある。

ドイツ機械工業連盟(VDMA)は、「EUの目標の達成のためには、再生可能エネルギー発電設備の設置のための許認可プロセスを短縮して、より多くの敷地に設置できるようにする必要がある」と指摘。また「2035年の内燃機関の新車販売禁止は、機械製造業界にとって大きな重荷になる」と批判した。

これまでVDMAは2040年に内燃機関の新車を禁止した場合、欧州の製造業界で18万人の雇用が失われると予測していた。これを5年早めると、雇用への悪影響はさらに大きくなる。

ドイツ化学工業会(VCI)は、「提案の方向性は正しいが、欧州企業の競争力が弱まる」と批判。これまで化学業界に無償で供与されていたCO2排出権が廃止されるからだ。このためVCIは、政府が排出権価格と、各企業の実際の非炭素化コストの差を助成金によって補填するよう求めている。

Fit for 55は最終案ではなく、欧州議会で承認されなくてはならない。地球温暖化と気候変動に歯止めをかけるための措置とコストをめぐる議論は、今後さらに激しくなることが予想される。

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熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
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