冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(中編その1) | EnergyShift

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冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(中編その1)

冷静かつ大局的に再考すべき「日本型容量市場」(中編その1)

2020年12月23日

前回は、なぜ日本において何らかの発電容量を確保するための容量メカニズムが検討されたのか、結果として容量市場が選択されたが、ほかにはどのようなしくみがあるのか、について述べてきた。そこで欧米の電力市場は、どのようなしくみを採用したのか、結果としてどのようなメリット・デメリットがあったのかについて、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也氏が紹介する。(中編を2回に分割掲載)

3.欧米では市場ごとに異なる容量メカニズム

前編を公開してから現在までの間、河野太郎行革大臣が立ち上げた「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」の第1回目(2020年12月1日開催)において、タスクフォースメンバーによる意見書で「容量市場を凍結すべき」と真正面から批判された。また、当日の朝の小泉進次郎環境大臣の記者会見でも、「容量市場」に炭素基準等の必要性を述べるなど、容量市場を巡って政治的な大きな動きがあった。

これらについては後編で述べることとして、以下、中編を続ける。

3.1米国が先行した容量メカニズム

今日の米国には、電力の安定供給(専門的には「資源アデカシー」と呼ばれる)への対応に関して、3つの異なる「電力市場」が並存している。従来からの「規制された電力市場」、テキサスなどの完全自由化された「エネルギーのみ市場」、そして欧州よりも先行して導入された、いくつかの種類の「容量メカニズム市場」である。

まず1998年にニューイングランド州のISO(ISO-NE)、翌1999年にニューヨーク独立系統運用者(NYISO)がいずれも集中型の容量市場を導入し、その後、カリフォルニア州(CAISO、2006年、分散型の容量義務。なお「エネルギーのみ市場」と分類する研究者もいる注1)、米国東部州のPJM(2007年、集中型の容量市場)、米国中西部 13 州のMISO(2009年、分散型の容量義務)と続いた(図1)。

図1 米国そして欧州へ展開した容量メカニズム(再掲)

(出典)Bublitz, A. et al. “A survey on electricity market design: Insights from theory and real-world implementations of capacity remuneration mechanisms” Energy Economics 80 *2019) 1059–1078, https://doi.org/10.1016/j.eneco.2019.01.030をもとに筆者作成

米国東部州で容量メカニズムの導入が先行した背景には、1990年代に自由化の議論が進むとともに、発電投資が急減したことがある(図2)。

集中型の容量市場を導入した米国東部州では、自由化に先行して、それぞれの電力プール内の予備力に関する共有の取り決めがあり、それが容量メカニズムに発展してきたと報告されている注2。そこに、2000年のカリフォルニア電力危機が起きて、集中型の容量市場が先行もしくは類似の共有システムを持っていた米国東部州は、こうした市場機能が必要であるとの認識を強化することになったと報告されている。

図2 米国の新規発電設備(所有者別)

(出典)James Bushnell et al., “Electricity Capacity Markets at a Crossroads” DEEP WP 017, US Davis April, 2017

カリフォルニアISOも、2000年の電力危機の経験を踏まえて、2006年に「容量メカニズム的な仕組み」を導入した。ただし、域内に十分な発電資源のある米国東部州が選択した「集中型の容量市場」とは異なり、カリフォルニア州は電力輸入に依存していることや、電力危機の経験を踏まえた世界的にも独自かつ複雑な制度となっている。

各電力供給者注3に対してピーク時の需要量に15%~17%の予備力を加えた供給力の確保を設定し、その9割の確保を義務付ける「分散型の容量義務」(資源アデカシー要件と呼ばれる)を選択した。「電力市場」に注目した観点から、テキサスERCOTや米中西部MISOと同様に「エネルギーのみ市場」に分類する研究者もいる注1(図3)。

図3 米国の容量メカニズムの分類(RTOの役割別の分類)

(出典)Rob Gramlich and Michael Goggin “Too Much of The Wrong Thing: The Need For Capacity Market Replacement Or Reform” For Sustainable FERC Project, Grid Strategies LLC, Nov.2019 https://gridprogress.files.wordpress.com/2019/11/too-much-of-the-wrong-thing-the-need-for-capacity-market-replacement-or-reform.pdf

テキサス州は、電力自由化を進めながらも、米国東部州やカリフォルニア州とは異なるアプローチを取り、容量メカニズムを持たず、「エネルギーのみ市場」で対応する選択をした。

「エネルギーのみ市場」での対応とは、スポット市場およびアンシラリー市場(周波数/需給調整/異常時対応市場)での価格高騰(スパイク)によって、安定供給のために必要な「資源」に投資するのに十分なインセンティブがあるとの前提に基づいている。

ところで、ここで「資源」と呼ぶのは、発電源はもちろん、需要側における需要側応答や蓄電などの「資源」が重要になってきており、今後ますます重要になるとの考えが背景にある。

3.2「容量市場 vs エネルギーのみ市場」論

以下は、米国の電力規制の責任者による近年の発言の一例だ。集中型の容量市場がいかに厄介ものとして見られているかが分かるだろう。

ノーマン・ベイFERC前会長「(在任中はずっと)容量市場に異議を唱え、エネルギーのみの市場の方が良いと提案してきた注4

リチャード・グリックFERC委員「私の最初の1年の教訓は、(集中型の)容量市場を持たないこと、または少なくとも(集中型の)容量市場に依らずに電源の妥当性(アデカシー)を得る方法を見つけることだった注5

トラビス・カヴラ全米公益事業規制協会会長・元モンタナ州委員長の米国上院での証言:「電力市場を適切に設計してゆけば、現在の(集中型の)容量市場は完全に廃止できる注6

日本がモデルにしたとされるPJMの集中型容量市場は、ことほどさように評判が悪い。

第1に、過剰な予備力を招くため、費用対効果に劣る。容量市場の年間費用(2017年)は、ニューイングランド22億ドル(約2,300億円)、PJM 85億5千万ドル(約8,900億円)で、いずれのTSOも電力市場に占める容量市場のコストの比率が高まる一方である。これは主に集中型容量市場が過剰な予備率を招く傾向があることが原因と指摘されている(注1、図4・図5)。

図4 電力市場に占める比率が高まる容量市場

PJM

ニューイングランドISO

図5 予備率が過剰になるPJM

(出典)Rob Gramlich and Michael Goggin “Too Much of The Wrong Thing: The Need For Capacity Market Replacement Or Reform” For Sustainable FERC Project, Grid Strategies LLC, Nov.2019  https://gridprogress.files.wordpress.com/2019/11/too-much-of-the-wrong-thing-the-need-for-capacity-market-replacement-or-reform.pdf

また、集中型容量市場は、次項で示すとおり、再生可能エネルギー拡大において実績としてパフォーマンスに劣っている(図6)。これは、集中型容量市場が、再生可能エネルギー拡大に必要な「柔軟性資源」やその他「信頼性を提供する資源」と、「そうではない(従来型の発電)資源」とを区別できないことが要因であると指摘されている注1

他方、もっとも有名な「エネルギーのみ市場」のモデルであるテキサスERCOTは、これまでのところ、こうした問題に十分に機能していると見られている。その理論的な背景は、ウィリアム・ホーガン教授を代表とする「市場信奉者グループ」の考えであろう注7

3.3注目すべきカリフォルニア州の柔軟性規準

米国でも、とくに風力発電と太陽光発電という自然変動型再生可能エネルギー(VRE)は急増しており、今後もますます急増することが確実であると同時に、それが期待されている。時にはマイナス価格で電力市場に参入する限界費用の小さいVREの普及拡大が進むと、容量メカニズムが意図したピーク電源(とくに天然ガス等)はますます市場から追い出される。

そのため、本来ならそれを集中型容量市場がカバーするはずだが、図6のとおり、分散型の資源アデカシー要件のカリフォルニア州とエネルギーのみ市場のテキサス州では再生可能エネルギーの拡大が進む一方で、集中型容量市場のRTOのもとではほとんど拡大が進んでいない。その原因は述べたとおりである。

図6 容量メカニズム別の再生可能エネルギーの新設推移

(出典)James Bushnell et al. “Electricity Capacity Markets at a Crossroads” DEEP WP 017, US Davis April, 2017

カリフォルニア州では、自然変動型再生可能エネルギーをさらに拡大するため、資源アデカシー要件に対して、2014年に「FRACMOO」と呼ばれる柔軟性資源の規準注8を導入している。

FRACMOOとは、一定比率の「柔軟性資源」(蓄電池等)の調達をLSEに義務付けるものだ。同州では、近年の太陽光発電の急増はめざましく、これに伴って「ダック(あひる)カーブ」と呼ばれる電力需要曲線がますます先鋭化しつつある。

この勢いを見れば、2030年に再エネ30%、2045年にクリーンエネルギー100%を目指す同州での主役は、明らかに太陽光発電である。このため同州では、再生可能エネルギーのいっそうの拡大(とくに太陽光発電の拡大)に備えて、柔軟性規準のさらなる改訂・拡充の議論を重ねている。

図7 カリフォルニア州の急速な太陽光拡大

(出典)米国EIAデータ(2020)より筆者作成

図8 太陽光拡大に伴うダックカーブ出現

(出典) CAISO Fast Facts “What the duck curve tells us about managing a green grid” (2016)
https://www.caiso.com/documents/flexibleresourceshelprenewables_fastfacts.pdf

(この項終わり 次回、中編その2は英国・EUの状況をみていく)

前編
0. はじめに
1. 突然の容量市場「騒ぎ」
2. なぜ容量市場(容量メカニズム)が登場したのか
 2.1 容量メカニズムとは何か
 2.2 1990年代:電力自由化とミッシングマネー
 2.3 2000年代:自然変動型再エネの急拡大と脱炭素化
 2.4 現在から今後:VRE・蓄電池・需要側・DXへの大転換

(中編 その1)
3.欧米では市場ごとに異なる容量メカニズム
 3.1 米国が先行した容量メカニズム
 3.2「容量市場 vs エネルギーのみ市場」論
 3.3 注目すべきカリフォルニア州の柔軟性規準

(中編 その2)
4.欧州の文脈~市場統合・政策統合・政府の失敗(規制の虜)の防止
 4.1 英国での「容量市場」の導入
 4.2 ドイツの「戦略的予備力」
 4.3 EUトリローグ

(後編(予定))
5.容量メカニズムの3大話
 5.1 ミッシングマネー問題
 5.2 炭素基準
 5.3アデカシー
6. 日本での文脈
 6.1 旧一電によるリードと唐突なアジェンダ化
 6.2 決め打ちの「容量市場」
 6.3 否定できない「規制の虜」
7.日本であるべき容量メカニズムとは


  • 注1 たとえば Rob Gramlich and Michael Goggin “Too Much of The Wrong Thing: The Need For Capacity Market Replacement Or Reform” For Sustainable FERC Project, Grid Strategies LLC, Nov.2019 https://gridprogress.files.wordpress.com/2019/11/too-much-of-the-wrong-thing-the-need-for-capacity-market-replacement-or-reform.pdf
  • 注2 James Bushnell et al., “Electricity Capacity Markets at a Crossroads” DEEP WP 017, US Davis April, 2017
  • 注3 LSE(Load Serving Entity)と呼ばれる需要家に電力供給を行う事業者または自家発電企業で、コジェネなどのIPPは含まない。
  • 注4 Norman Bay, Order on Rehearing, (February 3, 2017), 158 FERC 61,138, Docket No. ER14-1639-005, Bay dissent, p. 7 FERC(2017)
  • 注5 Richard Glick, Bade, G., Glick Calls for ‘New Approach’ to Capacity Markets in Wide-Ranging NARUC Talk, (February 13, 2019)
  • 注6 Travis Kavulla, Testimony on Behalf of the R Street Institute, (February 5, 2019), p. 10
  • 注7 例えば以下の論文参照。William W. Hogan “ON AN “ENERGY ONLY” ELECTRICITY MARKET DESIGN FOR RESOURCE ADEQUACY”, Harvard University, Sept.23, 2005 https://scholar.harvard.edu/whogan/files/hogan_energy_only_092305.pdf (2020年12月16日アクセス)
  • 注8 Flexible Resource Adequacy Criteria and Must-Offer Obligation (FRACMOO), カリフォルニア公益事業規制委員会CPUC決定D.13-06-024, June 27, 2013
飯田哲也
飯田哲也

認定NPO法人 環境エネルギー政策研究所(ISEP)所長。京都大学原子核工学専攻修了。原子力産業に従事後に原子力ムラを脱出し、北欧での再エネ政策研究活動後に現職。日本を代表する自然エネルギー専門家かつ社会イノベータ。著書に「北欧のエネルギーデモクラシー」他、多数

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