今まさに起こっているEVシフト 注目は「軽EV」:平井陽一朗のテスラに乗って 第8回 | EnergyShift

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今まさに起こっているEVシフト 注目は「軽EV」:平井陽一朗のテスラに乗って 第8回

2021年12月13日

ティッピングポイントは意外と早いかもしれない、2つの理由

反対に個人のEVシフトが加速するかもしれないと感じさせる要素もいくつかあります。まず、全体的な傾向として、物事のティッピングポイント(転換点)に至るまでの過程が短期化しているということです。私の経験則から申し上げて、大きなうねりになり得るイニシアチブ(「脱炭素化」などはまさにこれに該当します)は、来たるべきティッピングポイントから逆算して、大体10~20年前にR&Dの芽が出はじめて、コンサルティング会社等をまじえた現実的な議論が水面下で始まるのが大体3~10年前です。ただ、最近はこの流れがどんどん短期化していると感じます。

私は仕事柄、脱炭素化の流れに関わる既存企業、新興企業、関連企業の役員や幹部の皆さんと議論を交わす機会が多々ありますが、ここから得た肌感覚で言うと、まずいまさら言うまでもなくEV化の流れは不可逆ですし、決定的なティッピングポイントもまた、政府や業界団体が発表しているよりも早く訪れると予測しています。先ほどは穏やかな変化と言いましたが、早ければ2020年代の後半には、EVをめぐる様相は大きく変わっていることもありうるのです。

さらに私が注目しているのは、比較的安価で小型サイズのBEVが国産メーカーから出てくる動きです。スズキが、2025年までに国の補助金などを活用して実質負担額を100万円台に抑えた軽自動車サイズの電気自動車(EV)を国内投入すると発表したばかりですが、ほかにも、日産は2022年に、ホンダは2024年に軽自動車タイプのBEVを市場投入すると発表しています。

スズキは確かに安そうですが、ほかでの気になる価格は国や自治体の補助金を使った「実質負担額」が200万円~とのことで、まだまだ高い印象です。今後どこまで価格を下げられるか次第ではありますが、多くの人にとって手が出なかったBEVに、手が届くようになるかもしれないのです。

軽乗用車


SUZUKI軽のラインアップ。ここにどうEVが位置していくのか楽しみではあるが・・・./参考資料出典SUZUKIホームページ© Suzuki Motor Corporation, 2021. All rights reserved.

私はここに大きなポテンシャルがあると考えています。というのも、地方には軽自動車への強いニーズがあり、一家に2~3台の軽自動車を持つ世帯も多くあります。そこへ安価で小型なBEVが登場すれば、都市部を上回るような爆発的なニーズを掘り起こせるかもしれないからです。そしてこの流れが、BEVが抱える2つの課題、①価格の高さ②充電所の不足、を一気に解決する可能性があるのです。

そもそも地方では「生活の足」としてクルマが不可欠です。地方でのクルマ選びは、経済性と使い勝手の良さが重視され、それゆえに軽自動車がよく売れます。前述の通り、現状のBEVはガソリン車と比べてかなり高額です。しかし、充電・給油やメンテナンスコストも含めて、ガソリン車並みの小型BEVが出てきたらどうでしょうか? 例えば、日産による月800km走行のシミュレーションによると、ガソリン車のランニングコストが5,760円/月に対し、BEVは3,600円/月です(※NISSAN電気自動車(EV)総合情報サイトによる。戸建て住宅で自家充電する場合)。ここに国の補助金や、車検・メンテナンスの安さも加わり、ガソリン車との価格差がトータルで20~30万円程度に収まれば、現実的な選択肢としてBEVを検討する人も増えるのではないでしょうか。

例えばホンダのN-BOXのような人気の軽自動車からBEVが出てきて、購入後のメンテナンスやガソリン費、下取りなども含めて「トータルで安い」というキャッチーな訴求があれば、一気に変わるかもしれないと私は考えています。

加えて、多少値段が高くても、自宅で充電できる、すなわちガソリンスタンドにわざわざ行く必要がないという利便性は、地方住民にとって大きな魅力となるはずです。地方は持ち家の一軒家が多く、充電設備を自宅に設置するハードルは都市部と比べて低いといえます。

日本の自動車保有台数のうち、約4割を軽自動車が占めています。富裕層しか買えない高級BEVから変化が加速するよりも、日本メーカーによる、いわばセルフディスラプションによって、小型や軽自動車タイプのEVが発売され、地方を起点に爆発的な変化が起こる可能性に期待しています。ユーザーは利便性が上がり、自動車メーカーはアドオンで収益が増え(充電設備なども含めて)、そして環境にもよいという、まさに三方よしの状態が実現するのです。

変化は緩やかだろうと楽観視してはならない・・・次ページ

平井陽一朗
平井陽一朗

BCG Digital Ventures Managing Director & Partner, Head of Asia Pacific & Japan 三菱商事株式会社を経て2000年にBCGに入社。その後、ウォルト・ディズニー・ジャパン、オリコンCOO(最高執行責任者)、ザッパラス社長兼CEO(最高経営責任者)を経て、2012年にBCGに再入社。キャリアを通し、一貫して事業開発に関わっており、特にデジタルを活用した新規事業立ち上げを多く主導。 BCGハイテク・メディア・通信グループ、およびコーポレートファイナンス&ストラテジーグループのコアメンバー。メディア、エンターテインメント、通信業界を中心にアライアンス、成長戦略の策定・実行支援、特にデジタル系の新事業構築などのプロジェクトを手掛けている。 また、BCG Digital Ventures 東京センターの創設をリードし、2016年4月の同センター開設後は、マネージングディレクター&パートナー、およびジャパンヘッドとして、2021年からはアジア・パシフィック地区のヘッドとして、新規事業アイデアの創出、新規事業の出資を含めた立上げなどを幅広く手掛けている。同デジタルベンチャーズ出資先数社の社外取締役を兼務。

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