電気自動車のカタログなどには、必ず「kWh」という単位が出てくる。よくバッテリーの容量を示す単位として用いられるが、電気自動車を選ぶ際、バッテリーの容量はどれだけあればいいのだろう? 容量が大きいほど満充電での走行可能距離が伸びるが、比例して充電にかかる時間も延びる。果たして正解はあるのか?
そもそも「kWh」とは何か。ガソリン車ならガソリンタンクの「容量」がリットルやガロンで示されるが、バッテリーの場合の「容量」と何が違うのだろう。
「kWh」を読み解くために、電気の単位をおさらいしておこう。まず電気エネルギーの大きさ(消費電力)を表す単位が「W(ワット)」となる。例えば60Wの電力が必要な電球なら「60Wの電球」という。また電力量は「電力×時間」、つまり「W(ワット)×h(アワー)=Wh」で表される。消費電力60Wの電球を1時間(hour)つけっぱなしにするための電力量は「60W×1h=60Wh」だ。電力量(Wh)では1000の単位を「k」で表し、1000Wh=1kWhとなる。
つまり電気自動車のバッテリー容量として用いられる「kWh」とは、そもそも電力量を示す単位だ。例えば30kWhのバッテリーの場合、30kWの消費電力が必要な電気モータを1時間、15kWのモーターなら2時間使い続けられる電気量があるということになる。
もちろん1〜2時間も電気モーターをフル稼働させたまま走るなんてことは、サーキットでも不可能だ。走行状況に応じて電気モーターの消費電力は変化する。例えば発進時や加速時は電力をより多く消費するし、一定速度で高速道路を走る際は、慣性の法則によってさほど電力を消費しなくても走ることができる。
とはいえ電力量(バッテリー容量)が大きいほど、長時間走れるのは間違いない。また大容量バッテリーなら高出力モーターを使えるので、電気自動車の異次元の走りを楽しめる。例えばバッテリー容量93.4kWhのポルシェタイカンのターボSなら停止時から100km/hに達するまでわずか2.8秒だし、最高速度は260km/hだ。まあ、サーキットでしかその性能を試すことができないのだけれど……。
ポルシェタイカンターボS
ただし、60kWhのバッテリーが30kWhのバッテリーの2倍走れるかというと、そう単純な話ではない。バッテリーの容量を増やせばその分重量も増える。重量が増えるほど、いわゆる電費(ガソリン車でいうところの燃費)が悪くなる。またバッテリー容量が増えれば、それを満充電する時間も当然延びる。2種類のバッテリーを用意する日産リーフを例に見てみよう。
日産リーフ
日産リーフ | ||
バッテリー容量 | 62kWh | 40kWh |
一充電走行距離 (WLTCモード) | 458km | 322km |
電費 (1km走るのにどれだけの電力を消費するか。WLTCモード) | 161Wh/km | 155Wh/km |
急速充電にかかる時間 (バッテリー残量計が点灯した時点から充電量80%までのおおよその時間) | 約60分 | 約40分 |
3kWの普通充電にかかる時間 (バッテリー残量計が点灯した時点から満充電までのおおよその時間) | 約24.5時間 | 約16時間 |
※ここに記載した数値はカタログとHPの数値。充電時のバッテリー温度など諸条件はそれらに準じる
40kWhバッテリー車と、その1.55倍の容量を持つ62kWhバッテリー車とでは上記のようになる。62kWhバッテリー車の「一充電走行距離」は確かに長いが、40kWhバッテリー車の約1.42倍で、単純に1.55倍にはならないことがわかる。
上記で示した「電費」は、1km走るのにどれだけの電力を消費するかを示した値。数字が低いほど電費がいいことになる。40kWhバッテリー車のほうが1kmあたり155Whと、62kWhバッテリー車の161Whより消費電力が少ないことがわかる。
ちなみに日本のガソリン車では一般的に「km/L」という「1Lあたりどれだけの距離を走れるか」という単位が使われている。この場合は数字が高いほど燃費がいいということになるが「数値が高いから低燃費」という、よく考えてみるとちょっと不思議な表示方法が使われている。
一方でヨーロッパではガソリン車でも「L/100km」や「L/km」が使われている。100kmや1kmを走るのにどれだけのガソリンが必要かという表示方法で、数値が低いほど低燃費になる。日本でも電気自動車の場合、上記の通り「Wh/km」という単位のみ使われている。これは世界市場を見たときにアピールしやすいためだろう。
さて充電時間を見てみると、急速充電や普通充電でも62kWhバッテリー車のほうが充電時間は長い。なお急速充電で80%までとしているのは、急速でフル充電するとバッテリーの劣化が早まるからだ。また高速道路のサービスエリアなどに置かれている急速充電器は、1充電につき最大30分までなので、30分経ったらまだ満充電されていなくても一度充電器から離れて、充電待ちの列があるならその最後尾に並び直さなければならない。
このように、必ずしもバッテリーの容量が大きいほうがいいとは言い切れない。そこでホンダは、あえて容量の小さいバッテリーを選んだ。電気自動車では後発だから、本来日産リーフ等の先行車より航続可能距離を伸ばしたバッテリーを搭載してもおかしくないのだが、逆に短い259kmや283kmでも良しとした。
ホンダe
ホンダe | ホンダe アドバンス | |
バッテリー容量 | 35.5kWh | |
一充電走行距離 (WLTCモード) | 283km | 259km |
電費 (1km走るのにどれだけの電力を消費するか。WLTCモード) | 131Wh/km | 138Wh/km |
急速充電にかかる時間 (バッテリー残量計が点灯した時点から充電量80%までのおおよその時間) | 約30分 | |
普通充電にかかる時間 (バッテリー残量計が点灯した時点から満充電までのおおよその時間) | 約12時間 |
※上級グレードの「アドバンス」の航続距離が短いのは、より高出力タイプの電気モーターを搭載しているため。また普通充電の出力は明示されていないが、通常は3kWなので、この数値は3kWの普通充電と考えていいだろう。他も含め数値はカタログとHPの数値。充電時のバッテリー温度など諸条件はそれらに準じる
ホンダの調べでは、1日の走行距離が90km以内だった人が約9割だった。つまり街乗り中心がほとんどで、遠出はたまにするくらいの人がほとんどだということだ。だったら1回の充電でこれくらい(259km/283km)走ればいい、むしろ容量の大きい=重いバッテリーを積んだ電費の悪い電気自動車でいつも走っているのは、エコではないと考えたのだ。
確かにガソリンにせよ電気にせよ、無駄な電気を使うのはエコではない。特に日本においては、再生エネルギーではなく火力発電が多くの電力をまかなっている状況だ。年に数回の遠出のために電費の悪い電気自動車が走り回るのは、CO2削減という目的には反するだろうというわけだ。
バッテリー容量を増やせば電費が悪い=エコではないし、減らせば長距離を走れない。このジレンマを解決する方法として、現在主流になっているリチウムイオン電池に変わる、次世代電池の開発競争が行われている。
よく新聞などで目にする「全固体電池」は、リチウムイオン電池の電解質を、液体ではなく固体にした電池のこと。これにより小型化できるため、結果的に従来の電池の大きさで大容量にすることができる。トヨタやフォルクスワーゲンなど自動車メーカーが現在開発中と言われている。
あるいは走行中に充電してしまおうという方法もある。スマートフォンはすでにワイヤレスで充電できるが、それと基本原理は同じだ。道路に“ワイヤレス充電"を埋め込んでおけば走りながら充電できるから、バッテリー容量の小さな電気自動車でも遠出できる。こちらも日本や欧米で研究や実証実験が進んでいる。
一方で、バッテリーではなく充電器を進化させるという方法も試されている。先述のポルシェタイカンターボSの場合、一般的な急速充電器(出力が50kW)だと80%まで充電するのに93分もかかってしまう。そこでポルシェは、数は少ないが、独自に出力150kWの急速充電器を用意している。これなら93分が31分ですむ。例えるなら、コップで水を汲んでいたのを、バケツに変えるという発想だ。
とはいえ今ある急速充電器をすべて高出力型に変えるには費用がかかる。また車側も、高出力に耐えられるバッテリーが必要になる。
いずれにせよ、次世代電池やワイヤレス充電の実用化、高出力型急速充電器の普及にはもう少し時間がかかる。そこで「発電機を車に積んでしまおう」という電気自動車もある。
BMW i3には「レンジエクステンダー装着車」が用意されているが、これは発電のためだけの小さなエンジン(647cc)を搭載している。屋台の発電機のようなものだ。バッテリー容量が少なくなったら発電をして最寄りの充電施設まで走れるようにというもので、+約100km走ることができる。マツダMX-30にも、レンジエクステンダー(距離を延ばす)用エンジンを搭載したモデルが追加されると噂されている。
BMW i3
現状では街乗り中心ならバッテリー容量の小さな電気自動車か、レンジエクステンダーを積んだ電気自動車がオススメだ。とはいえ300km以上を頻繁に移動するなら、バッテリー容量の大きな電気自動車を選んだほうがいい。確かに充電時間はかかるが、充電回数の頻度で言えば大容量のほうが回数を減らしやすいからだ。ガソリン車なら3分もあればたいてい給油できるが、それと比べて30分も待つのは、やはり退屈だから。
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