前回は、天然ガスの価格高騰などにより、英国の小売り電気・ガス事業者が苦境に直面し、撤退する事業者も出てきているという、現在の状況について紹介した。また、あわせてこうした事態に陥った理由の1つとして、小売価格に上限を設定したPrice Capという制度についても解説した。今回は引き続き、市場価格の高騰が産業界に与えた影響、および英国以外の欧州各国の状況について、エネルギー経済社会研究所代表取締役の松尾豪氏が解説する。
ガス・電力市場価格高騰により、8月に1社、9月に8社、10月に4社の小売事業者が事業停止に直面した。英国電力市場N2EXの前日市場価格の推移と事業停止に直面した事業者を図3で示した。
英国では、価格競争と昨年から続いているCovid-19パンデミックによる需要減少、および支払い延期により小売事業者の収益状況は著しく悪化している。また、今回の危機においてはPrice Capの影響も目立った。大半の小売事業者が赤字に陥っている中、今回の価格高騰は事業継続を断念させる「最後の一押し」となった面は否定できない。
前編でも述べたが、足元でエネルギー供給を継続している事業者は35社まで減少しているものの、現在の高騰が続けば年末までに5-10社程度しか残らないと言われている。英国大手電力会社のScottish Powerのキース・アンダーソンCEOはPrice Capの制度見直しがない場合、11月中に少なくとも20社の小売事業者が事業撤退に直面する可能性があり、アンダーソンCEOはこの事態を「大虐殺」と表現している。
図3 N2EX前日市場の1時間毎の約定価格推移と、事業停止に直面した事業者
2020年2月まで6年間Ofgem(英国ガス・電力規制局)の長官を務めたダーモット・ノーラン氏はメディアの取材に対し、エネルギー小売事業への新規参入障壁を必要以上に低く設定してしまったと反省の念を述べ、参入時の審査を厳格にすべきだったと述べた。英国では2019年以降、新規参入者や既存小売事業者に対して財務健全性をチェックするストレステストを課しているが、ノーラン氏はストレステストの実施が遅すぎたことを認めた。
アナリストや事業継続中の電気事業者からは、Ofgemの事業者に対する財務健全性や調達面の事業リスクの監査が不十分であったと指摘されている。ノーラン氏は一部小売事業者が市場価格の変動リスクを軽視して「ギャンブル」のような事業運営を行っていたことが小売事業者の経営破綻を招いたとの認識を明らかにしている。
また、大手小売事業者Centricaのクリス・オシェイCEOは英高級紙Timesに寄稿した意見投書の中で、小売エネルギー事業者に対しても金融機関が課されている自己資本規制導入の必要性について言及している。
一方、影響は小売事業者破綻にとどまらず、産業界にも波及している。9月中旬、肥料大手CF Industriesがエネルギー価格高騰を理由に工場の操業を停止した。同社は肥料生産の副産物として発生する二酸化炭素を産業用として販売しており、同社のシェアは60%にも達していたことから英国内では深刻な産業用二酸化炭素不足に発展し、危機は養鶏、原子力発電所などの業界に波及した。
特に食肉生産過程で二酸化炭素を大量に消費する養鶏業界への影響は深刻であり、クリスマスに七面鳥を楽しむことはできないと言われている。尚、英国政府はCF Industriesに補助金を拠出して操業再開にこぎつけ、本格的な食料品不足への影響は避けられたかのように思われたが、トラック運転手不足に起因した物流混乱やパニック買いによる物資不足が本格化しており、食卓への影響は収まっていない。
また、電力多消費産業である鉄鋼・硝子・製紙業界への影響も深刻である。特に鉄鋼業界は非常に激しいロビイングを展開しており、製鉄メーカーの業界団体であるUK Steelは比較的価格上昇が緩やかなドイツの電力価格を引き合いに出し、電力価格が鉄鋼製品の価格競争力に影響すると主張し、英国のビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)や財務省に対してエネルギー費用を抑える政策の早期検討や補助金拠出を訴えているが、リシ・スナック財務大臣は財政規律維持の観点から産業界への補助金拠出は反対の立場を崩しておらず、この問題には決着がついていない。一部企業は補助金拠出がない場合、工場生産ラインの一時閉鎖や国外への工場移転をほのめかしている。
電気、ガス代がそれぞれ3〜4割値上げになる可能性も出ていた・・・次ページ
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