自動車業界は大きく変わろうとしている。自動車大国アメリカでは、ACES(自動化(Automated)、接続(Connected)、電化(Electrified)、共有(Shared))と呼ばれるトレンドが社会を変えようとしている。今回は「Shared」に着目し、シリコンバレーでは既に一般的となっているライドシェアとマイカーシェアリングについてアークエルテクノロジーズの宮脇良二氏がリポートする。
シェアリングエコノミーの本質
スマートフォンとクラウドの普及によって様々な分野で進んでいるシェアリングエコノミーだが、その最も大きな特徴は、「他の目的で所有している資産の遊休状態を活用して価値を生む」という事である。
これを自動車に当てはめると「マイカーの目的で所有している乗用車を、使っていない時間に活用して価値を生む」という事になる。つまり、初期費用が格段に安いために、廉価にサービスを提供する事ができる。
少し視点を変えると、「自動車の稼働率を上げる」ことによって新たな価値を生んでいるという事にもなる。
通常、自動車の稼働率は5%以下と言われているが、その稼働率を上げる事で価値を生むのが自動車におけるシェアリングの考え方である。
ライドシェアの特徴
シリコンバレーではUber(ウーバー)やLyft(リフト)のようなライドシェアは、それなしでは生活できないと言っても過言ではないくらい、人々の生活に浸透している。
スマートフォンの普及に伴い、ひとりひとりがGPSと地図、そして決済手段を持つことによって、ライドシェアのサービスが実現した。ライドシェアを使った事がない人はタクシーとライドシェアの違いが中々理解できないかもしれないが、利便性・快適性の面で全くレベルの違うサービスである。
その特徴は6つにまとめる事ができる。
- キャッシュレス
- ダイナミック・プライシング
- 双方向評価
- GPS
- ナビベース
- スマホアプリ完結
それぞれ以下に詳しく紹介していく。
徹底されたキャッシュレスとダイナミック・プライシング
最初の特徴は「キャッシュレス」である。 まず、スマホアプリ内でクレジットカード、デビットカード、Apple Pay等の支払いオプションを登録しておく。配車の際に乗車場所と行き先を指定すると運賃が表示され、それを承認するだけ。あとはお金に関するやり取りは何もない。目的地に着いたら”Thank you!”と言って、降りるだけである。現金やカードをその場で出す必要はなく、非常にスムーズでストレスフリーである。
アメリカのタクシーではチップが特に面倒くさいがそれもない(降車時の評価の際に、アプリ内でチップを提供する事が可能)。日本ではキャッシュレス決済という事で、都内だと交通系IC等での決済ができる車両も増えているが、そういうレベルではない。もちろんQRをかざすなんて手間もない。
繰り返すが、本当の意味でのキャッシュレスであり、ストレスフリーである。行き先を決めた時点で運賃が決まるので、遠回りした・しないといった喧嘩にならない。恐らく日本のタクシーにおけるトラブルの多くは運賃によるものだが、そうした事が起きにくい仕組みになっているのである。
次の特徴は「ダイナミック・プライシング」である。乗車時における需給の状況に応じて、運賃が大きく変わるのだ。
例えば先日、Uberで金曜日の朝の混雑時にパロアルト市内からサンフランシスコ国際空港に向かう際には126.56ドルだった運賃が、日曜日の午前にサンフランシスコ国際空港からパロアルト市内に戻った際の運賃(ほぼ同じ距離)が42.47ドルと約3倍の違いがあった。
この運賃の差によって需給を適切にコントロールしているのである。
都内では忘年会・新年会のシーズンや雨天の際の出勤時間帯にタクシーが全く捕まらないという悲劇が起こるが、そういった事態もダイナミック・プライシングによって緩和されるであろう。また、ドライバーの立場から考えても、非常に合理的で儲けの機会も大きな仕組みである。
ドライバーとユーザーの双方向評価、GPSのフル活用
3つ目の特徴はドライバーとユーザーの「双方向評価」である。5点満点の評価であり、態度が悪いとお互いに評価を下げ、自身の平均点数が悪いと、場合によってはドライバーの資格停止やユーザー停止(乗車拒否)といった事があり得る。
そのため、ドライバーはもちろん、ユーザー側も自ずと態度がよくなりトラブルが格段に減るのである。
日本のタクシーでは、ドライバーに対して横柄な態度をとったり、遠回りした等のイチャモンをつけて運賃を下げさせたり(その場合はタクシー会社ではなく、ドライバーの泣き寝入り)といった事象が後を絶たないが、そういうことをするユーザーは乗車拒否となる世界なのだ。
また、ドライバー側も同様で、態度が悪かったり、車内の清掃や匂いに問題があるとすぐに点数が落ちる。お互いにマナーが向上する仕組みなのである。
ちなみに、ユーザー側は評価を入れないと、次の乗車ができないようになっており、評価が必須となっている。
4つ目の特徴は「GPS」の徹底活用である。ユーザーがどこにいるか、マッチングされた自動車が今どこにいて、何分後くらいに到着しそうかがわかる。乗車後はその経路が全てスマホのGPSによってトラッキングされている。
日本では、冬場の終電後や台風や大雨の際に、いつ来るかもわからないタクシーを駅前のタクシー乗り場で、過酷な自然条件の元で(凍えそうになったり、ずぶ濡れになりながら)永遠と待ち続けるといった悲劇があるが、ライドシェアの場合は、安全で快適な場所で待つ事が可能である。
特にベビーカーを持つお母さんや高齢者の方々を想像すると良くわかるであろう。また、GPSのトラッキングによって、犯罪が格段に減る。万一、何かのトラブルがあった場合でも、その人物と場所を特定する事が可能である。
わかりやすいナビ機能とスマートフォンへの最適化
5つ目の特徴は基本的にナビで経路が決まる事である。乗車すると既にユーザーがスマホアプリで指定した到着地への経路がナビで指定されている状態である。
タクシーの「~までお願いします」というのが必要なく、もちろん「浜町 or 浜松町」といった聞き間違いによるトラブルもない。日本で最近多いのは、「新人で道に不慣れなので、道案内お願いできますか」といった事であるが、それもナビを使えばいいのにと思う。
ナビへの入力時間や、ナビの性能による到着時間や運賃の違いの問題を指摘する人が出てくるが、今時、ナビは音声入力が可能で、オンラインのナビであれば、混雑状況も分かり最適な経路を出してくれる。乗車時に運賃が決まっていれば、距離や時間による運賃の違いを気にする必要もない。日本のタクシーにも早期にオンラインベースの音声入力可能なナビの導入をお願いしたい。
最後の特徴が、ここまで解説した5つの特徴が全てスマホアプリに最適化された形で実装されているという事である。
ライドシェアが普及している地域では、財布を忘れても、言葉が分からなくても、スマホさえあれば”安全”に、”最適な値段” (ぼったくられる事なく)で移動する事が可能なのである。
随分とタクシーに対する不満を書いたが、つまりはタクシーで感じるペインポイントの多くを解消するサービスがライドシェアなのである。そして、シェアリングの特徴である、自家用車の遊休時間を活用したサービスなので、ピーク時以外はタクシーよりも安い。タクシーに必要な車両代が基本的に必要ないのだから当然である。
ウーバーとリフトはどこが違うのか
シリコンバレーではウーバーとリフトの2つが代表的なライドシェアであるが、その違いをよく聞かれる。
私は両方使うが、大きな違いはないというのがユーザーとしての感想である。カラー以外はアプリのUXにほぼ違いはない。
使い分けは単純に値段である。両方に目的地を入れて、安い方を使う。恐らく双方で価格を監視しあっているので、価格に大きな違いはでない事が多いが、完全に一致することもない。そしてたまに大きな価格差も現れる。ということで、少し遠くに行く際は特に両方の値段を比較して安い方に乗る。
値段以外の使い分けの理由は、事故にあった後に会社を変えるといった話を聞く事が多い。
ウーバー(シェアが高い)に乗車中、軽い衝突事故に遭い、それでリフトに変えるというケースだ。
事故対応については、両社とも対応は同じで、メールでしっかり謝罪があった上で、全額返金してくれるようだ。ちなみに軽い衝突事故に対するドライバー対応は、「大丈夫?」くらいの軽いもののようで、その点は日本人には不満であろう。
私の場合は、事故はないが、リフトで誤請求が一度発生した。その際、アプリからリフトにメッセージを送ったところ、1分もしないうちに丁寧な返信が返ってきて(今考えてみると、あればロボットだったかも)、その対応の素晴らしさに感動して、しばらくリフトを中心に使っていた時期があった。
ドライバー側も大きな違いはないようで、多くのライドシェアの車にウーバーとリフト、両方のステッカーが貼ってある。ドライバーに使い分けを聞くと、その日の予約が先に入った方のサービスで仕事をするといった答えを何度か聞いた。
以前は、リフトの方がドライバーに対して優しい制度と言われていたが、制度やストックオプション等もウーバーもリフトも似たものになっているようだ。現在は不明だが、少しだけオペレーションに違いがあるようで、ドライバーは特に深夜には自分の自宅方面と逆方面には行きたがらず、乗車拒否をする事があったため、ウーバーではドライバーが客を乗せるまで、行き先が分からないようにしているようだ。
マイカーシェアリング
シリコンバレーでは自家用車を使わない際に、人に貸し出すマイカーシェアリングも普及している。日本にも既にDeNAとSOMPOホールディングスのJVのAnyca(エニカ)というサービスや、NTTドコモのdカーシェア等のサービスが展開されているが、まだまだ普及度合いが低いように感じる。
シリコンバレーでは取引量が多いため、例えばテスラを購入して、マイカーシェアリングの仕組みで運用しているという話も聞くが、日本のサービス内でシミュレーションしたところ、テスラだと月に2~3件程度しか借り手が現れないという試算であった。国民性や東京など、都市の特性によって普及には差があるのかもしれない。
シリコンバレーではTuro(トゥーロ)とGetAround(ゲットアラウンド)が有名である。どのサービスも保険の仕組みまで完備されており、レンタカーやカーシェアリングと同様に安心してサービスを活用する事ができる。そしてそのサービスはスマホに最適化されており、UXに優れている。
私は何度かトゥーロを活用したが、レンタカーより廉価な価格や、行き届いた車内清掃等、いずれも満足のいくものであった。
また、様々な車種があることも魅力である。テスラやポルシェといった高級車も簡単に借りる事ができる。特にテスラについては、シリコンバレー内での購入意欲が高まっており、事前にマイカーシェアリングで借りて十分に試乗してから購入するという購買行動も見られる。
車はオーナーが届けてくれ、返却の際はオーナーのところまで持っていく事が多かった。オーナーの自宅まで返却した際には、家までオーナーが送ってくれたこともある。そうではない場合はそこまでライドシェアで移動する。
カーシェアリングは社会全体の移動コストを下げる
自動車のシェアリングは車の稼働率を上げ、社会全体の移動のコストを下げる方向に大いに寄与する仕組みである。シリコンバレーに限らず、多くの地域で自動車のシェアリングが普及する理由もよく理解できる。
次回の最終回は残りのC:コネクティッドについて解説する。