6月に行われたアメリカによる中国の貿易制裁措置が波紋を広げている。一部ではすでに太陽光パネルの価格に影響が出ているところもある。今回のアメリカの貿易制裁の狙いとこれからの影響を、ゆーだいこと前田雄大が独自に分析する。
6月24日、アメリカが中国のシリコン関連企業に対し、貿易制裁措置をおこなった。筆者はこれを脱炭素文脈での覇権争いとして、また中国包囲網として仕掛けてきたと見る。
アメリカはバイデン政権発足以後、脱炭素のフィールドで中国包囲網を着々と進めてきた。日本の温室効果ガス排出削減46%がその文脈であることも、大きな枠組みで見ることで、脱炭素の行方を見据えることができる。
今や国際エネルギー機関(IEA)も太陽光がエネルギーの王様であると表現し、再生可能エネルギーは、今後10年間の発電量の伸びの80%を占める可能性があるとしている。世界の経済圏にとって非常に重要なファクターであると言えるだろう。
今回はこのアメリカの貿易制裁措置と、その影響についてレポートする。
世界のエネルギーは、太陽光と風力をメインとした再エネがエネルギーの中心になっていく。これは、オイルの供給調整を目的として設立され、化石燃料を守る立場であったIEAですら、そう表明しており、世界中で認知されているといっていい。特に太陽光が今後もシェアが一番伸びる、と各種報告にもある。
太陽光発電は、2000年代には日本がパネルの世界シェアのトップだったものの、その後10年で日本のシェアは1%に下がりきり、中国の太陽光パネルのシェアは7割を超えている。
つまり、太陽光発電はこれからのエネルギーの中心となるものの、部材を中国がほとんど押さえていることになる。当然、中国系企業がずらりと並ぶ。現在の世界上位10社のうち、中国に拠点をおく企業は9社を占める。
世界の太陽電池モジュール生産量の国別分布(2019年)
太陽光パネルのサプライチェーンをおさらいしておこう。
石英という原材料が金属級(冶金グレード)シリコンになり、ポリ(多結晶)シリコン、インゴット、ウエハーとなり、半導体として太陽電池セルになり太陽光パネルになる。原材料である石英の採掘や金属級シリコン、ポリシリコンへの加工も、中国の太陽光パネルメーカーは中国国内のサプライチェーンに依存している。
この一連の過程のうち、石英採掘や金属級シリコンの製造に対して、新疆ウイグル自治区の強制労働問題が絡んでいるのではないか、という見方がされるようになってきた。
環境や経済の話だった脱炭素が、急に政治色を帯びてきた感じがしないだろうか。その感覚、筆者は正しいと思う。
いずれにしろ、これから急拡大する太陽光発電を中国が牛耳っており、中国としては、これで勝負をしたい。そのため国策としても太陽光パネル生産に積極的な攻勢をとっている。
一方で、その他の国、特にアメリカは、こう思っているのではないか。「脱炭素はエネルギーのコストを下げるためにも、またエネルギー自立の上でも重要だが、中国が牛耳る状況は面白くない」と。
アメリカとしては当然、この構図を壊すチャレンジをすることになるだろう。
アメリカは脱炭素のみならず、さまざまな場面で中国包囲網を形成してきている。外相会談は日本、韓国まで訪問したのに、中国には訪問せずに、アラスカに来させたというアレンジをはじめ、同盟国と産業協力を築き、新疆ウイグル自治区の人権問題等も取り上げるなど、中国を締め出しにかかっている。
エネルギーのみならず、今後の産業を左右する脱炭素で、中国に勝たれてはアメリカとしては困るので、その分野でもアメリカは中国絞め出しをはかる。
その嚆矢が4月22日‐23日にアメリカが主催した気候リーダーズサミットだった。ここでは主要国が2030年に向けた野心的な脱炭素目標を発表するようアメリカは仕向けた。もちろん、中国は2030年目標などまともなものは出せず、アメリカの狙いがはまった形になる。2060年カーボンニュートラルと中国は言っているが、脱炭素に真剣に取り組む気などない、と中国のあぶり出しを行ったのだ。
他方で、中国は太陽光発電でも風力発電でも産業が進んでいる状況でもある。アメリカとしても再エネにテコ入れをしていかないといけないことも間違いない。中国を相対的に追いやるなら、その他が組むしかない。国力もあり、手っ取り早く組める場はG7だ、とアメリカは考えたのだろう。
G7みんなで脱炭素協力をし、産業モデルを作り、成長し、中国が相対的に遅れるように仕向ける必要がアメリカにはあった。だからこそ、G7で脱炭素に強いイニシアティブを出したのだ。
G7サミット
これが欧州の脱炭素を進めたい思惑にもはまった。そこにはまらなかったのが、日本。「おい、いつまで石炭火力なんかやっとんねん」となったわけだ。
日本は事前にそこを読み違えた。まさか石炭でこんな展開になるとは思っていなかった。だから、G7で急に石炭火力のことを、欧米揃ってNGと言われたことは「想定外」だった。これがG7後に「もう石炭はダメだということになったわけだが、ただ、どうするかは検討する」という梶山経産大臣の発言につながる。
今になって、必死にエネルギー基本計画の見直しをしなくてはならなくなり、結果として基本計画のスケジュールが後ろ倒しになっている、と筆者は推察している。
G7に話を戻すと、共同宣言では温室効果ガス排出の論点を中国に求めていくという直接の言及こそなかったが、ほぼ同義で中国を名指ししていた。
その真意は3つある。
一つ目は、脱炭素ブランディングを中国にはさせないという意味。
二つ目は、仮にこれを受けて温室効果ガス排出を2030年までに中国が減らさないといけないとなれば、経済成長を鈍化させられるかもしれない、という狙い。
そして3つ目が、中国は排出削減をせずに気候変動を助長している国、という位置づけを作り出し、正論をかざして中国を今後攻撃しやすくするようにする、という狙いになると思われる。だからこそ、日本には、G7の側に入ってもらわないといけなかったわけだ。そうでなければ連帯も崩れ、日本も攻撃対象にせざるをえなくなる。
G7では新疆ウイグル自治区の問題について中国が名指しで批判されていた。
我々は中国に対し、特に新疆との関係における人権及び基本的自由の尊重、また、英中共同声明及び香港基本法に明記された香港における人権、自由及び高度の自治の尊重を求めること等により、我々の価値を促進する。(G7共同宣言 外務省訳)
アメリカはこの文言をいれることによって、アメリカがこの問題をてこに何か制裁をしたとしても、それはアメリカのみの判断ではなく、G7としての共通認識に基づくものである、と説明できるようになった。
この新疆ウイグル自治区問題をアメリカは何に使ってきたのか。
今回の対中国の貿易制裁について、ホワイトハウスの文書を確認しよう。
FACT SHEET: New U.S. Government Actions on Forced Labor in Xinjiang JUNE 24, 2021
このファクトシートと呼ばれるアメリカの政策文書は、「G7サミットにおいて、世界の主要な民主主義国家は強制労働問題に連帯して立ち向かうことを確認した」から始まる。そして「それは新疆ウイグル自治区を含む」と明示している。さらに「グローバルサプライチェーンを強制労働から切り離すことにG7はコミットした」と続く。
強制労働問題は人権上の問題で看過はできない。ただ、アメリカはこれをサプライチェーンに紐づけてきた。中国のサプライチェーンを潰せば、中国の国際経済での活動に打撃を与えられるからだ。
しかし、そのサプライチェーン、どこを抑えると、今後の中国経済に痛手となるか。重要セクターであって、中国が強いところ。かつアメリカがどうしても中国の力を削ぎたいところ。
脱炭素分野であり、そして太陽光発電だ。
この答え合わせを見れば、筆者がこの半年来、アメリカの狙いを解説してきた意図がわかってもらえるだろう。
アメリカが貿易制裁の対象として(従来の制裁対象から)加えた企業が以下の中国企業5社になる。
具体的にはエンティティリストに5社を追加した形となる。エンティティリストとは、アメリカ商務省が輸出管理法に基づき国家安全保障や外交政策上の懸念があるとした企業リストであり、リスト入りした企業は、アメリカ政府からの許可がなければ、アメリカ企業と取引ができなくなる。
これら5社は太陽光パネルの原材料であるポリシリコンなどを製造する中国メーカーだ。
サプライチェーンの上流の方の企業に制裁を加え、これを使用する企業にも改善要求を出していく。改善が満たされなければ制裁をしていく、という流れを想定していると筆者は見る。
そして、それをG7の他国に対しても求めていくことが、これからのアメリカのやり方になる。なぜなら「人権を守らないといけない。この製品を買うということは、新疆ウイグル自治区問題を、欧米が助長することにつながる」というロジックだ。
そうすることで、現在中国が7割を占める、太陽光パネルの競争力を削ぐことができる。G7では、一見関係ないようにみえた新疆ウイグル自治区問題の言及だが、このような形で脱炭素につながってきた。
そして、それだけ脱炭素は超重要な論点ということだ。別論点でのカードを使ってまで、アメリカとして取りたい論点ということだからだ。
そもそも太陽光パネルの部材であるポリシリコンの価格は2020年7月から2021年3月にかけて120%も上昇するなど価格が上がっていた。
Global Polysilicon Prices
Source: Energy Trend | Monthly Average Polysilicon Price Tracking in USD/kg
これには様々な要因があるが、一つは世界における太陽光の需要増だ。そうした状況の中、アメリカの制裁がスタートしたことになる。
まだアメリカ一ヶ国だが、これが国際的に広がる場合、中国のポリシリコンへのマーケットでのアクセスができなくなる。となると、供給が一気になくなるため、太陽光パネルの国際マーケット価格は上昇するだろう。
この脱炭素時代をけん引したのは、再エネのコストダウンが大きかったことを考えると、これからの脱炭素の進展にも、事の展開次第では影響が出てくることになる。
そこにプラス、中国の何かしらの報復ということも考えられる。習近平国家主席が先般行った共産党創立100年の演説ではこう述べている。
「中国の人民は、外部勢力によるいかなるいじめ、圧力、奴隷のように酷使されることを決して許さない。故意に(圧力を)かけようとすれば、14億人を超える中国人民の血肉で築かれた「鋼鉄の長城」の前に打ちのめされることになるだろう」(日経新聞2021年7月1日)
外部の圧力には絶対に屈しないし、圧力があれば、それらは中国によって打ちのめされる、と。今後、アメリカが中心となって中国包囲網は確固たるものとして形成されていくだろう。ここに争いが生まれることは必至だ。そして、今回、完全に、脱炭素がその争いのフィールドになった。
世界1位のアメリカと第2位の中国が、経済がガチンコでぶつかり合う。その中で、このGreen Revolution、脱炭素革命がどう進展していくのか。ここをしっかり日本も風読みをし、脱炭素を着実に進展させ、エネルギー自給率を高めて、国力をあげていくこと。それが本当に重要な局面になった、そのように筆者は強く思う。今日はこの一言でまとめたい。
『米中のガチンコ対決 主戦場の一つは脱炭素』
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