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福島事故をきっかけに脱原子力を加速したメルケル政権

福島事故をきっかけに脱原子力を加速したメルケル政権

2019/06/27
激動する欧州エネルギー市場 最前線からの報告 第3回

好評のドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏の欧州エネルギーレポート。第3回の主役は、ドイツとその首相、アンゲラ・メルケルです。原発擁護派だったメルケルが、再エネ中心の政策へとどのように舵を切ったか、その転換点を追います。

福島の事故がドイツのエネルギー政策を変えた

2011年3月11日に東京電力・福島第一原子力発電所で起きた深刻な炉心溶融事故は、1万km離れたドイツのエネルギー政策を大きく変えた。

ドイツ連邦議会は、福島事故の発生から丸4ヶ月も経っていない2011年6月30日に原子力法の改正案を可決。運転開始から30年以上経っていた原子炉7基と、変圧器のトラブルのために停止していた1基の原発を廃炉処分とし、残りの9基についても2022年末までに段階的に停止することを決めた。法案は7月8日に連邦参議院も通過し、8月6日に施行された。

出典:ドイツ連邦政府

2010年にドイツで原子力エネルギーが発電量に占める比率は、22.5%だった。福島事故後メルケル政権は、再生可能エネルギー拡大を加速することを決定。当時の再生可能エネルギー比率は約17%だったが、これを2050年までに80%に引き上げる。残りの20%は、燃焼効率の高い天然ガス火力発電所などで補う予定だ。

主要工業国の中で、福島事故を直接のきっかけとして、事故発生から半年も経たない内に、エネルギー政策を大きく変えて法制化した国は、ドイツ以外にない。

巨大タンカーが大きく進路を変えるように、福島事故によってドイツのエネルギー政策は大きく方向を変えた。

そのことを最も端的に象徴するのが、アンゲラ・メルケル首相の「転向」である。

原子力擁護派だったメルケル

メルケルは、元々原子力擁護派だった。彼女は保守政党・キリスト教民主同盟(CDU)の党首でもあるが、この党は1961年にこの国で商業用原子炉が運転を始めて以来、原子力発電を積極的に推進してきた。

ドイツでは、1970年代から原子力エネルギーについて激しい議論が行われてきた。原子力論争は右派と左派の間のイデオロギー闘争でもあった。保守政党の党員は原子力に賛成し、革新(リベラル)政党は原子力に反対するという構図が出来上がっていた。

具体的には、CDUとその姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)、自由民主党(FDP)は、原発推進派。社会民主党(SPD)と環境政党・緑の党は反原子力派だった。

SPDの伝統的な支持基盤は労働組合だった。元々SPDは、電力会社の組合の意向を尊重して、原子力について前向きだったが、チェルノブイリ事故以降は、脱原子力を主張していた。

メルケルは、1989年のベルリンの壁崩壊に感動して、政治の世界に飛び込んだが、それ以前は東ベルリンの東独科学アカデミーで研究員として働いていた。彼女の研究対象には放射線やラジオアイソトープも含まれていたので、原子力について豊富な知識を持っていた。原子力をエネルギー源として使うことについて、政治的なアレルギーも抱いていなかった。

ベルリンの壁崩壊 1989 Wikipediaより

ベルリンの壁崩壊後の1990年、彼女はCDUに入党する。当時首相だったヘルムート・コールに抜擢されて、連邦婦人青年大臣、連邦環境大臣、CDU幹事長に就任。とんとん拍子で出世街道を邁進した。環境大臣になってからも、旧西ドイツの反原子力運動や環境政党・緑の党に対し、批判的な態度を取っていた。

2005年、メルケルは首相に就任した。ドイツの原子力関連産業のロビー団体「ドイツ原子力フォーラム」が2009年に創立50周年を祝う式典を開いた際、主賓として出席。祝辞の中で「ドイツの未来を保証するためには、原子力エネルギーは必要だ」と述べ、原子力発電を重視する姿勢をはっきり打ち出していた。

また彼女は、電力業界の要請を受け入れて、2010年10月に、17基の原子炉の稼働年数を平均12年間延長する法案を連邦議会で可決させた(第11次原子力法改正法)。彼女はこの年に作成した長期エネルギー戦略の中で「原子力は、再生可能エネルギーが普及するまで、過渡期のエネルギーとして必要だ」と主張している。つまり彼女は、福島事故が起きるまでは電力業界寄りの政策を取り、原子力発電について理解を示す政治家だったのだ。

2011年3月11日、テレビを食い入るように見ていたメルケル

だが2011年3月11日に福島第一原発で起きた炉心溶融事故は、メルケルの原子力についての考え方を、180度変えた。

彼女は、5ヶ月前に決めたばかりの原子炉の稼動年数の延長を凍結し、11年間で全ての原発を廃止することを決めたのだ。

3月11日に、彼女は分刻みのスケジュールの合間を縫って、テレビのニュースを食い入るように見ていた。メルケルは「日本ほど技術水準が進んだ国でも、このような事態を防げなかったことは重大だ」として、福島事故の4日後に3ヶ月の「原子力モラトリアム」を発令。30年以上動いていた7基の原子炉を直ちに停止させるとともに、原子炉安全委員会に対し、国内の原子炉が洪水や停電などの異常事態に対して、十分な耐久性があるかどうかについて、緊急検査(ストレス・テスト)を行なうよう命じた。

これ以降彼女は、「原子力は過渡期のエネルギーとして必要だ」という立場を捨て、「経済に悪影響を与えない限り、原子力を出来るだけ早く廃止するべきだ」と主張し始める。

メルケルはなぜ転向したのか

メルケルは、なぜ原子力擁護派から反対派に「転向」したのか。

その背景を理解する上で鍵となるのが、彼女が2011年6月9日に連邦議会で行なった演説である。この演説には、彼女の福島事故や原子力のリスクに対する見方と、科学者らしい分析的な思考スタイルがにじみ出ている。少し長くなるが、ドイツ人の今回の事故に対する考え方を象徴する文章でもあるので、一部を引用したい。

「・・・(前略)福島事故は、全世界にとって強烈な一撃でした。この事故は私個人にとっても、強い衝撃を与えました。大災害に襲われた福島第一原発で、人々が事態がさらに悪化するのを防ぐために、海水を注入して原子炉を冷却しようとしていると聞いて、私は“日本ほど技術水準が高い国も、原子力のリスクを安全に制御することはできない”ということを理解しました。

新しい知見を得たら、必要な対応を行なうために新しい評価を行なわなくてはなりません。私は、次のようなリスク評価を新たに行ないました。原子力の残余のリスクは、絶対に起こらないと確信を持てる場合のみ、受け入れることができます。

しかしその残余リスクが実際に原子炉事故につながった場合、被害は空間的・時間的に甚大かつ広範囲に及び、他の全てのエネルギー源のリスクを大幅に上回ります。

私は福島事故の前には、原子力の残余のリスクを受け入れていました。高い安全水準を持ったハイテク国家では、残余のリスクが現実の事故につながることはないと確信していたからです。しかし、今やその事故が現実に起こってしまいました。

確かに、日本で起きたような大地震や巨大津波は、ドイツでは絶対に起こらないでしょう。しかしそのことは、重要な問題ではありません。福島事故が我々に突きつけている最も重要な問題は、リスクの想定と、事故の確率分析をどの程度信頼できるかという点です。なぜならば、これらの分析は、我々政治家がドイツにとってどのエネルギー源が安全で、価格が高すぎず、環境に対する悪影響が少ないかを判断するための基礎となるからです。

私があえて強調したいことがあります。私は去年秋に発表した長期エネルギー戦略の中で、原子炉の稼動年数を延長させました。しかし私は今日、この連邦議会の議場ではっきりと申し上げます。福島事故は原子力についての私の態度を変えたのです。(後略)」

チェルノブイリの言い訳は通用しない

福島事故以前は、レベル7に達した原発事故は、世界でチェルノブイリ事故だけだった。メルケル首相を含めたドイツ政府関係者は、「チェルノブイリ原発で大事故が起きたのは、西欧や米国では使われていない黒鉛炉が使われていたことや、作業員の教育が徹底しておらず、規則に違反した実験を行ったため」として、技術水準が低い社会主義圏に特有の事故だと考えていた。
つまり彼らは、「西側では社会主義圏に比べると技術水準が高いので、原子炉の過酷事故は起こり得ない」と考えていたのだ。メルケルもそのように考えていた。

しかし「ハイテク大国」日本で起きた福島事故は、その「常識」と「ハイテク大国・ニッポン」に関する先入観を覆した。

福島事故は、チェルノブイリ事故とは異なり、原子炉の暴走と格納容器の爆発という事態には至らなかった。しかしドイツ人が信頼していた技術大国・日本ですら、一時的に原子炉を制御できなくなったことは事実だ。ドイツ政府はチェルノブイリ事故の時に使った、「社会主義圏だからレベル7の原発事故が起きた」という言い訳をもはや使えなくなった。

ボロボロに崩れ落ちた福島第一原発の建屋の映像は、「人類は原子力エネルギーを安全に制御できる」というドイツ保守派の確信を粉みじんに打ち砕いた。

つまりメルケルは、福島事故の映像を見て、原子力エネルギーの残余リスクがこれまで考えられていたよりも大きく、欧州の原発でも大事故が起こり得るという結論に達したのである。

メルケル首相 2014年 FNDE [CC BY-SA 4.0], ウィキメディア・コモンズ経由で

原子炉安全委員会よりも、倫理委員会を重んじる

福島事故直後にドイツの原子炉の安全点検を行った原子炉安全委員会は、「ストレス・テストの結果、我が国の原子炉の耐久性は、福島第一原発よりも高いことが判明した。原子力エネルギーの使用を直ちにやめなくてはならない理由はない」という結論に達した。

これに対し社会学者、哲学者や教会関係者などが構成する倫理委員会は、「万一事故が起きた場合の被害額は計り知れない。除染などに多額の費用をかけるよりは、原発に比べると健康や安全へのリスクが少ない再生可能エネルギーの拡大にコストを投じる方が意味がある」として、原発の廃止を首相に提言した。

メルケルは原子炉安全委員会の提言よりも、原子力については素人の集まりだった倫理委員会の提言の方を重視したのである。

この結果、原子力の発電比率は2011年から2018年末までの7年間で約半分の11.8%に減り、再生可能エネルギーの発電比率は逆に35%に増加した。

出典:ARD(公共放送局)2011年4月に実施。

しかしドイツ人たちが立ち向かわなくてはならない相手は、原子力エネルギーだけではない。褐炭・石炭による火力発電も、彼らのエネルギー転換の中で極めて大きな位置を占めることになる。

(続く)

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
 Facebook:https://www.facebook.com/toru.kumagai.92/ ミクシーでも実名で記事を公開中。

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