自然エネルギーを中心とした持続可能な社会に向けて、日本国内のさまざまなNGOが共同で展開しているのが、パワーシフト・キャンペーンだ。その一環として、2019年10月には、「自治体の電力調達の状況に関する調査報告書」が公表された。
報告書では、大手電力に契約が戻る事例の増加やFIT電源ではクリアできないCO2排出係数などの問題が指摘されている。地域の経済循環と再エネ拡大に資するかたちでの自治体の電力調達を進めるためには、何が必要なのか。事務局団体であるFoE Japanの吉田明子氏に、話をおうかがいした。
消費者がみずからエネルギーの未来を選びたい、という思いがきっかけで活動開始
パワーシフト・キャンペーンは、どういった経緯でスタートしたのでしょうか。
吉田明子氏:FoE Japanは、2011年に発生した東日本大震災以降は脱原発活動に力を入れてきました。東京電力福島第一原子力発電所事故の被害にどう向き合うか、被害者への賠償をどうするかなどに取り組み、さらにエネルギー政策への働きかけも行いました。2012年のエネルギー政策に関する「国民的議論」では、市民の参加を呼びかけました。
しかし、国のエネルギー政策の方針はなかなか変わりません。そんな中、日本でも電力小売全面自由化が実現することが決まりました。一般家庭も電力会社を選べるようになったのです。
そこで2015年に、再生可能エネルギーが中心となった持続可能なエネルギー社会にむけて、電力のあり方を変えていく「パワーシフト・キャンペーン」を、他の環境NGOなどと連携してスタートさせました。ドイツなどの欧州各国にも似たようなキャンペーンがあり、参考にもしました。
消費者に対し、固定価格買取制度(FIT)対象電源を含めた再エネ電気を重視し、原発や石炭火力発電所からの電気を使わない電力会社に切り替えることを促す活動を展開しています。例えば、持続可能な自然エネルギーを供給する方針をもった電力会社をウェブサイトで紹介しています(http://power-shift.org/)。
ウェブサイトでは、そのような電力会社に切り替えた企業や事業所のエピソードも公開しています。例えばTBSラジオや学校法人自由学園などが、なぜ切り替えたのか、本業との相乗効果などについて、体験談を掲載しています(http://power-shift.org/people/)。取り組みは様々な企業や事業所に広がり、パワーシフトが消費者にとって少しは身近なアクションになっていると感じています。
―企業が再エネ重視の新電力に切り替えるのは、どんなメリットがあるのでしょうか。
吉田氏:例えば子ども服を中心に製造・輸入・販売をしているギンザのサヱグサは2016年にみんな電力へ切り替えました。これが多くのメディアに取り上げられ、会社の広報効果もあったようです。切り替えにより電気代も少し安くなり、企業イメージのアップにもつながるという、まさに一挙両得となったそうです。
また千葉商科大学でも「自然エネルギー100%大学」を掲げて取り組んだことで、注目される機会が増えたといいます。同大学は、保有するメガソーラーのFIT電力とトラッキング付き非化石証書の調達を組み合わせるなどにより、再エネ利用率100%の実現を進めています。
パワーシフト・キャンペーンでは、企業や事業所の切り替えを広げるために、無料で相談に応じたり具体的に電力会社を紹介したりしています。
自治体の電力調達はどうなっているか
―キャンペーンの一環として、2019年10月に「自治体の電力調達の状況に関する調査」をまとめられました。どのようなきっかけで調査を行ったのでしょうか。
吉田氏:新電力のシェアが増えると同時に、大手電力による巻き返しも激しくなり、自治体の調達にもその影響があらわれていることが、様々な報道で明らかになりました。
自治体の公共施設などの電力調達は、2012年度以降入札の導入が広がり、新電力が落札する事例も増えていました。今回、それが現状どうなっているかを調査しました。
例えば神奈川県は、2013年1月に黒岩祐治知事が県施設で使用する電力を新電力から積極的に購入する旨を表明。一時は200カ所以上の県施設の電力を新電力から調達していました。ところが2019年度になると、県立学校169校や本庁舎、警察署などすべてを東京電力エナジーパートナーが落札しています。この事実が調査のきっかけの1つとなりました。
―調査はどのように行われたのでしょうか。
吉田氏:2019年の春にアンケート調査の素案をつくり、同様の調査を手がけていた環境エネルギー政策研究所(ISEP)、朝日新聞、一橋大学自然資源経済論プロジェクトと協力して調査を実施。47都道府県と政令指定都市、さらに自治体新電力を持つ自治体などにアンケート調査票を送りました。また、調査対象は自治体本庁舎の電力調達状況に絞りました。その結果、47都道府県と20政令指定都市すべてが回答してくれました。
―結果はどのようなものでしたか。
吉田氏:報告書では、調査結果を都道府県と政令指定都市のパート1と、自治体新電力をもつ自治体およびその他の自治体のパート2に分けています。
パート1は大手電力会社の契約に戻っている事例が約半数と目立ちます。一方、パート2は自治体新電力をもつ自治体のほとんどが当地の自治体新電力から、調達していることが判明しました。その場合の調達方法は入札ではなく随意契約でした。自治体の計画のなかに再エネの推進や地元電源の調達などを位置づけたりして理由づけしている場合が多いようです。一例として、パート2の「その他の自治体の調査結果」では、大阪府吹田市が調達条件に再エネ30%以上の裾切りを設定するなどの興味深い事例もありました。
また、環境配慮契約法によって自治体の環境配慮方針の策定が推奨されて(努力義務)いますが、都道府県や政令指定都市でも電力の環境配慮調達方針を策定している自治体はだいたい半分強くらい。まだまだの状況だといえます。
しかも方針をもっていても、CO2排出係数での裾切りをしたうえで、結局は最低価格を提示した事業者が落札するしくみのため、有利なのは「安い」電源を持っている大手電力です。FIT電気を重視し、CO2排出係数の低い小規模の新電力は、入札に参加できない場合も多くなります。
自治体の電力調達は地域の計画や経済のあり方と密接に関わっているため、価格のみを重視する調達ではなく 、環境配慮や再エネ、地域の新電力などを考慮した総合的な評価が望まれます。
その点、東京都は実際に総合評価方式の入札を実施、都庁第一本庁舎では2019年度に再エネ100%の電力を調達しています。こうした取り組みを、他の自治体にも共有していく必要があると思います。
大手電力会社の巻き返しにより新電力は苦境に
―再エネ新電力も経営状況が厳しくなっていると聞きます。
吉田氏:2016年から、いくつかの新電力から大手電力会社の低価格競争や「取戻し営業」により営業努力が無駄になってしまい打撃を受けているという状況を聞いていました。パワーシフト・キャンペーンでは、2019年1月末に「再エネ新電力の危機 -大手電力会社による「取戻し営業」と水力によるRE100メニュー」というリリースでいくつかのエピソードをまとめました(http://power-shift.org/release_190131/)。
2019年11月には、電力・ガス取引監視等委員会に対し、調査と対応を求める申し入れをしました。その際に、この自治体調査の結果も参考情報として提示しました。監視等委からは、できるだけ具体的な価格などの証拠とともに、どのような見積提案があったのか、需要側の声も聞きたいとのことでした。つまり、需要側が相見積もりを取って価格を比較したならば取戻し営業と言い難い場合もあるということです。
監視等委も大手電力会社の取り戻し営業はグレーなことであることを承知しているとのことでしたが、自由競争の名目のもとで、また具体的な価格や顧客情報は企業からも開示されにくいなかで、動きづらい状況のようです。
再エネ新電力が目指す道
―再エネを重視する新電力はPPA(電力購入契約)モデルなど、新たな事業モデルを手がける段階に入ってきているのではないでしょうか。
吉田氏:再生可能エネルギーの調達や新設も容易ではない状況です。その中で、電力会社が顧客の屋根上を借りて太陽光発電を設置し、電気の販売によって生じる電気代収入でその設備費を回収するPPAモデルも注目されていますね。地域に根差した再生可能エネルギーをいかに調達していくかも重要です。
電力事業だけでなく、高齢者の見守りサービス、子育て世帯の支援、福祉作業所との連携などさまざまな地域振興に役立つ付加価値を工夫することが今後の新電力事業には必要となっていくと思います。
パワーシフト・キャンペーンでも、今後カギとなるのは再エネ調達だけでなく、いかに社会課題の解決や地域振興と結び付けていくかだと考えています。
今までは再エネをいかに増やすかでしたが、それだけでも足りない。電力事業を核として、いかに消費者に選択してもらえるような、魅力的なサービスを提供できるかが求められる時代になっていると思います。
2020年2月11日にはシンポジウム「自然エネルギーで社会を元気に!」を開催しますが、このイベントも、そのような観点で企画しています(http://power-shift.org/tokyosymposium-200211/)。
(撮影:岩田勇介、インタビュー:本橋恵一、テキスト:土守豪)