揚水発電との大きな違いは、スケールとコストだ。揚水発電はどうしても規模が大きくなり、ウン十万kWから200万kW(2,000MW)になるが、A-CAESでは前述の通り、500MWが1プロジェクトで考えられる。ただし、4つつくれば200万kWになる計算でもある。実際、カリフォルニアのエリアでは500MWと400MWのふたつを造り、900MWになる予定だ。
発電効率は揚水発電の70%がひとつの目安になるが、A-CAESは60%となっている。これは単純比較できるものではない、とハイドロスターはいう。つまり、揚水発電は規模が大きくなり、建設コスト、運用コストもかかるが、A-CAESはそのコストが非常に低い。そのため、非常に使い勝手がよくなる。そのメリットが大きい。
たとえば必要な水量も、A-CAESのプールに必要な推量は170m3/MWhだが、ダムの高さ120mの揚水発電に必要な推量の20倍少なくなるという。取り回しのよさがA-CAESの強みといえるだろう。
脱炭素社会への移行の中、再生可能エネルギーの利用拡大には太陽光パネルをどれだけ敷き詰めても、また、洋上を含む風力発電所をどれだけ建設しても、それだけではうまくいかない。こうした蓄電技術もこれからは必要になってくるのは間違いないが、それだけでもうまくいかないだろう。
太陽光や風力は、先述の通り(天候や風況による)変動性の高い電力(VRE)であり、これを広く有効に使うには、電力系統の柔軟性(フレキシビリティ)が求められるようになる。電力(系統)がどれだけこうした変動要因に「柔軟」であるか、が脱炭素社会における電源には非常に重要なポイントとなる。なぜなら、太陽光や風力は、火力発電や原子力発電などの大規模・一極集中の電源ではないからだ。
この電力系統の柔軟性確保の選択肢は多く存在し、世界中でおこなわれている。たとえば、広域での系統の運用や、デマンドレスポンス(DR:電力の過多・過小に需要側が合わせること)なども重要になってくる。さらに、調整力のある電源として、貯水池式水力発電、コージェネレーション、コンバインドサイクルガス発電等の活用も検討が必要になる。
今回のような、新しい技術による蓄電も、そうした柔軟性確保の一候補として検討されていると考えられる。ひとつの要素技術が脱炭素社会の実現にどのように関わってくるのかは複雑だ。圧縮空気技術などの目新しい技術は、(もちろん)それひとつだけですべてを解決できるわけではない。
さらに重要なことは、このような蓄電システムが必要になる時期だ。コスト効率を考えると、変動再エネの比率が4割から5割になってからだとIEAは指摘している。
柔軟性供給の優先順位
導入率高・コスト高の右上にCAESの導入時期がある。(出典) IEA Wind Task 25: ファクトシートNo.1, 風力・太陽光発電の系統連系 , NEDO (2020)
では、今回のハイドロスターへのゴールドマン・サックスのプロジェクト投資はどのような意味を持つのか。それは、カナダの会社であるハイドロスターによる、オーストラリアとカリフォルニアでのプロジェクト、ということが意味を持っている。
アメリカの中でもエリアによって再エネ導入比率はもちろん違っている。カリフォルニアは非常に進んでおり、2020年の時点ではすでに33%を超え、さらに増えている。2030年には60%の割合を目指す。オーストラリアのプロジェクトがあるのはニューサウスウェールズ州で、ここも2035年に石炭火力ゼロを掲げ、再エネ導入、再エネ技術への投資が急加速している地域だ。
その比率までいくと、こうした新しい技術による蓄電が、がぜん意味を持ってくる。このハイドロスターのカリフォルニアのプロジェクトは完成が2025年と2027年。その頃には再エネ比率は5割を超えているだろう。そこまでを見越した投資になっているのだ。
日本ではどうか、考えてみよう。もっとも再エネ比率が進んでいる九州エリアで変動再エネは2021年で20%。日本での2030年再エネ導入目標は、昨年の第6次エネルギー基本計画では36%から38%。新しい蓄電技術の導入が必須かどうか、微妙なラインだ。
こうした新技術開発だけでなく、市場を含めた制度のしくみづくりが、いまの日本にとってはより必要なのではないだろうか。
参照:
猿田浩樹ほか 圧縮空気エネルギー貯蔵システム 神戸製鋼技報/Vol. 70 No. 1(Jul. 2020)
末永 弘 再生可能エネルギー安定供給のための 圧縮空気を用いた電力貯蔵技術について 電気設備学会誌 2015年4月
安田陽 分散型電源と配電網 JPEA-京都大学 共催シンポジウム(2021)
エネルギー基本計画概要 資源エネルギー庁
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