欧州で急激に進む脱炭素化 なぜ石炭火力発電所をたった5年で廃止するのか | EnergyShift

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欧州で急激に進む非炭素化 なぜ石炭火力発電所をたった5年で廃止するのか

欧州で急激に進む脱炭素化 なぜ石炭火力発電所をたった5年で廃止するのか

2020年11月30日

激動する欧州エネルギー市場・最前線からの報告 第32回

ドイツでは、石炭・褐炭火力発電所の廃止が進められている。日本のように非効率で老朽化した発電所から廃止していくということであれば、まだ理解されやすい。しかし、まだ運開したばかりの石炭火力発電所すらも廃止されようとしている。その背景にはどのような理由があるのか、ドイツ在住のジャーナリスト、熊谷徹氏が報告する。

真新しい発電所を来年廃止へ

スウェーデンの国営電力会社バッテンフォールのマグナス・ハル社長は、SZとのインタビューの中で、2015年にドイツ北部のハンブルク郊外で運転を開始したばかりのモーアブルク石炭火力発電所を、来年(2021年)廃止する方針を明らかにしたのだ。同発電所は、ドイツで最も新しい火力発電所の1つ。その発電所がなぜ、運開からわずか6年で停止させられるのか。

その背景にあるのは、ドイツ政府の脱石炭政策だ。ドイツは2038年までに全ての褐炭・石炭火力発電所を廃止することを決めている。そのうち、閉鎖する褐炭火力発電所には、政府が電力会社に総額43億5,000万ユーロ(5,220億円・1ユーロ=120円換算)の補償金を支払う

バッテンフォール マグナス・ハル社長

石炭火力廃止のための補償金を決める入札に参加

褐炭火力発電所の補償金に対し、石炭火力発電所の補償金は、ドイツ連邦系統庁(BNA)が実施する入札によって決められる。この入札では、最も少ない補償金額を提示した発電事業者が落札する。ドイツ政府は、CO21トンを減らすのに最も低い補償金を要求する電力会社に、落札させるわけだ。

ドイツ連邦系統庁は今年(2020年)9月1日に、第1回の入札を実施した。今回の入札の募集容量は、4,000MW。1MWあたりの補償金の最高価格は、16万5,000ユーロ(1,980万円)と決められている。ドイツ連邦系統庁は12月前半にも落札企業を公表する予定だ。

冒頭の紙面でバッテンフォールのハル社長は、同社がこの入札に参加したことを明らかにするとともに、「補償金を落札できれば、来年中頃にはモーアブルク石炭火力発電所を廃止する」と述べたのだ。

モーアブルク石炭火力発電所の建設は、2004年にハンブルク市当局によって認可され、2015年に運転を始めた。約818MWの発電設備を2基保有し、総工費は30億ユーロ(3,600億円)。1年間に11.5TWhを発電可能で、本来は2038年まで運転できるはずだった。

モーアブルク発電所

環境団体からの厳しい批判

このモーアブルク石炭火力発電所は、地球温暖化問題への市民の関心が高まるとともに、環境保護団体からの批判が集中した。バッテンフォールによると、同発電所は2019年に470万トンのCO2を排出した。毎年のCO2排出量は最大870万トンと推定される。このため同発電所は環境保護団体から「北ドイツで最悪のKlimakiller(気候を破壊する者)」と呼ばれていた。

モーアブルク石炭火力発電所の運開までに認可から11年もの歳月がかかった理由も、住民や環境団体の反発や、訴訟の多発だった。

バッテンフォールはこの発電所から地域暖房用の熱も供給する予定だったが、エルベ川を通過する熱の輸送用パイプラインの建設が当局によって許可されなかった。さらにバッテンフォールは、モーアブルクをハンブルクの地域暖房網に接続することを許されなかった

モーアブルクはバッテンフォールで、地域暖房網に接続されていない最後の石炭火力発電所だった。このため「発電と暖房を同時に行う」という長期的な経営戦略に合わなくなった。

この背景にはハンブルク市当局が、「2030年までに石炭火力発電所からの熱を市内の暖房のために使用するのをやめる」と決定した事実も影響している。

ハンブルクはドイツの中でも市民の環境意識が最も高い町の1つである。ハンブルクは都市でありながら、州と同格である。同市の「州政府」は社会民主党(SPD)と緑の党が連立して作った左派政権である。このことも、モーアブルク石炭火力発電所に対する風当たりを強くした。

さらにバッテンフォールはエルベ川から冷却水を採取する予定だったが、行政裁判所が禁止したため、多額の費用をかけて冷却塔を作らなくてはならなかった。

ハル社長はSZに対して「モーアブルクは運転を最近始めたばかりで、燃焼効率も高い発電所なので、廃止せざるを得ないのは残念だ。発電所で働いている人々にとってもこの決定は、容易ではない。しかし、発電所を運転しても収益を稼げないのだから、何らかの対策を取る必要があった」と語っている。

ハンブルグでの抗議活動 2019年9月

化石燃料を使う発電事業の収益性低下

現在欧州の電力卸売市場では、コロナ・パンデミックによるエネルギー需要の減少などにより卸市場価格が低くなっている。たとえば今年、第3四半期のノルディック電力市場での1MWhあたりの電力のスポット価格は、前年同期比で74%も低かった。ドイツのスポット価格も前年同期比で4%低い。また2021年~2022年のための先物価格も、前年同期に比べて12~33%低くなっている。

さらに欧州連合が2017年以降CO2排出権価格を大幅に引き上げたために、石炭など化石燃料を使う発電所の収益性が激減している。バッテンフォールによると、2019年のCO2排出権価格は、前年に比べて23%高くなった

バッテンフォールのハル社長は、今年(2020年)10月27日に第3四半期の業績を発表した際に、「石炭火力発電所の資産価値が激減しており、100億クローナ(1,220億円・1クローナ=12.2円換算)の損金処理を余儀なくされた。このため第3四半期の当期利益は、前年同期に比べて86%も減った」と述べている。

つまりバッテンフォールの業績は、化石燃料を使った発電施設が「座礁資産」化しつつあるために著しく悪化したのだ。このため同社はCO2の排出を伴うビジネスを縮小せざるを得ない

発電ポートフォリオの非炭素化に全力

「持続可能性が高いエネルギー事業」を重視するバッテンフォールは、今後、石炭・褐炭火力発電の廃止によって発電ポートフォリオの非炭素化を進める方針だ。

同社は2016年から2017年にかけて、旧東ドイツの褐炭火力発電所を全てチェコの電力会社EPHに売却し、1年間に排出するCO2の量を約6,100万トン減らした。さらに2019年にはハンブルクの暖房用熱供給施設の売却などによって、CO2排出量を1,900万トン減らした。同社は2030年までに、ドイツの暖房用熱供給施設での化石燃料の使用を終える方針だ。

バッテンフォールは、社会全体の非炭素化を進めるために、同社に資材や部品を供給する下請け企業に対しても、ゼロ・エミッションを要求していく。つまりCO2削減努力を真剣に行わない下請け企業は、中長期的にバッテンフォールとの取引ができなくなる可能性がある。法人顧客に対してもCO2排出量を減らすためのコンサルティングを行う。

またバッテンフォールは、今後洋上風力発電などの拡大によって再生可能エネルギーの比率を引き上げるとともに、原子力発電を継続する。スウェーデン政府はドイツ政府とは対照的に、「原子力発電は地球温暖化に歯止めをかける上で貢献できる」と考えている。同社は、化石燃料を使わないエネルギーへの需要が将来増えていくという見解を持っている。

化石燃料の使用は、経済界にとっても社会にとっても、もはや選択肢ではない。我が社は、各国が進めるエネルギー転換に積極的に協力する」。

バッテンフォールのこうした意思表明は、欧州で急激に進むエネルギー事業のグリーン化を象徴するものだ。

 

熊谷徹
熊谷徹

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとし てドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「ドイツの憂鬱」、「新生ドイツの挑戦」(丸善ライブラリー)、「イスラエルがすごい」、「あっぱれ技術大国ドイツ」、「ドイツ病に学べ」、「住まなきゃわからないドイツ」、「顔のない男・東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」(新潮社)、「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「偽りの帝国・VW排ガス不正事件の闇」(文藝春秋)、「日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ」(洋泉社)「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」(SB新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリ ズム奨励賞受賞。 ホームページ: http://www.tkumagai.de メールアドレス:Box_2@tkumagai.de Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai
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