好評連載の熊谷徹氏の欧州エネルギーレポート。多く寄せられている反響の中に、「そうは言ってもドイツは原発輸出国のフランスから電力を輸入している。だから再エネに取り組むことができるんだ」というものがありました。では、本当に再エネ先進国のドイツは、フランスから原発由来の電力が輸入されているから成り立っているのでしょうか。
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私は日本で時々欧州の電力事情について講演をすることがあるが、その時に聴講者から「ドイツは2022年末までに原子力発電所を全廃するが、フランスから原発で作られた電力を輸入しているではないか。ドイツは、本当に脱原子力を実現したいのならば、フランスからの電力輸入をやめるべきではないのか」という意見をよく聞く。
2017年の時点でフランスの電力の約71%は、58基の原発によって作られている。したがってドイツがフランスから輸入する電力に、原子力で作られた電力が混ざっていることは事実だ。
さらに隣国チェコやベルギーも原発を使っているので、これらの国からの電力にも原子力による電力が混ざっているはずだ。
ただし電力の物理的な性質から、家庭のコンセントから家電製品に流れる電力を、物理的に「100%再生可能エネルギーによる電力」とか「原発からの電力が全く入っていない電力」と分けることは、不可能だ。
ドイツでは多くの電力販売会社が「100%再生可能エネルギーによる電力」と銘打った料金メニューを用意しているが、これは契約上の話である。実際に消費者の自宅に流れる電力には、様々な電源からの電力が混ざっている。このためドイツの多くのエコ電力販売会社は、TÜV(テュフ=技術監視協会)など公共的な性格の強い認定機関から「この会社の電力は100%水力発電所で作られている」などの認証を受けている。
つまり2022年12月31日にドイツで最後の原発のスイッチが切られても、この国の電力市場に周辺国から原発からの電力が流れ込むことは間違いない。
さらに、欧州の電力市場では国境を越えた電力取引が日常茶飯事となっている。
ドイツの電力の卸売価格がフランスよりも安ければ、ドイツの電力が大量に流れるし、逆も起こり得る。しかも今後欧州では、国際的な電力取引が今よりも盛んになる。
欧州連合(EU)は、将来欧州を一枚の銅板のように各国間でスムーズに電力が行き交う「単一電力市場」にする計画を持っている。
具体的には各国の国境にある送電線の結節点の数を増やすことによって、国の間の電力の売り買いを盛んにする。欧州諸国の送電事業者は、国内で需給が逼迫した時に外国から電力を買うことによって、系統の安定を保とうとするのだ。
したがって、ドイツ政府がフランス政府に対して「あなたの国の電力の71%は原発で作られているので、買いたくない」と拒否することは事実上不可能である。そのような態度はフランスを怒らせ、欧州電力市場の統合の流れに逆行するものとして厳しく批判されるからだ。
また、エネルギー調達は各国経済の安全保障にかかわる問題なので、他国が干渉して変更させることは難しい。ドイツ政府がフランス政府に「原子力の比率を下げてくれ」と要望しても、フランス政府ははねつけるだろう。
ドイツ政府が日本の福島事故を教訓として脱原子力に踏み切ったのは、まず自国で出来る所から始めたわけである。
つまり他国のエネルギー政策に干渉することはできないので、「隗より始めた」というわけだ。ドイツはものづくり大国が長期的に原子力と褐炭・石炭と訣別し、自然エネルギー中心の社会に切り替えても経済成長を達成できることを、世界中に示そうとしているのだ。
資料=ドイツ連邦系統庁 Monitoringbericht 2018 (p.213)
https://www.bundesnetzagentur.de/SharedDocs/Downloads/DE/Allgemeines/Bundesnetzagentur/Publikationen/Berichte/2018/Monitoringbericht_Energie2018.pdf?__blob=publicationFile&v=3
ただし、欧州の電力取引の実態を知るには、物理的に流れた電力量だけでは十分ではない。その理由は、電力を売るには送電線に流さなくてはならないからだ。
たとえばフランスとポーランドは国境を接していない。したがってフランスがポーランドに電力を売る場合には、電力はまずドイツに流れ込み、そこからポーランドへ送られる。したがって、フランスからドイツに流れ込む電力が全てドイツで消費されるわけではなく、他の国へさらに流れるケースもあるのだ。
したがって、取引の実態を知るには、二国間の契約に基づく電力の取引量を調べる必要がある。連邦系統庁の統計によると、2017年にドイツが外国へ売った電力量は730億kWhだった。これに対しドイツが外国から買った電力量はその4分の1にも満たないわずか170億kWhだった。つまりドイツの電力の「貿易収支」は大幅な出超なのである。
時系列的に見ても、ドイツは2008年以来電力の「純輸出国」である。
2011年に輸入が大幅に増え、「黒字」が一時的に減った理由は、日本の原子炉事故の影響でドイツ政府が7基の原発を止めさせたため、国内の電力需要を急遽カバーする必要が生じ、外国からの輸入量が増加したからである。
それ以降は、再生可能エネルギーの設置容量の拡大とともに、輸出量が年々増加。逆に外国から購入する電力の量が年々減っているので、「電力の出超」が拡大する傾向にある。連邦系統庁によると、ドイツの電力出超量は、2011年からの6年間で約19倍に増えた。
ドイツの発電量の中では年々再生可能エネルギーの比率が増えている。ドイツが外国から輸入する電力量が年々減っているということは、フランス、チェコなどの原発からの電力を使った電力の比率も年々下がっていることを示唆している。
資料=ドイツ連邦系統庁 Monitoringbericht 2018 (p.215)
https://www.bundesnetzagentur.de/SharedDocs/Downloads/DE/Allgemeines/Bundesnetzagentur/Publikationen/Berichte/2018/Monitoringbericht_Energie2018.pdf?__blob=publicationFile&v=3
欧州随一の原発大国フランスからの電力輸入量も、減る傾向にある。
2016年にドイツはフランスから23億kWhの電力を買ったが、翌年には約35%減り、15億kWhとなった。逆にドイツからフランスへの輸出量は、120億kWhから153億kWhに増えた。
ドイツはフランスに対しても電力の純輸出国なのだ。
「フランスにはなぜ58基も原発があるのに、ドイツから電力を輸入するのか」と不思議に思われる方もおられるだろう。
その理由は、フランスのブルターニュ地方などで冬に電力が時折不足するので、外国からの電力輸入が必要になるからだ。さらにフランスの原発の修理・点検が重なると、ドイツからの電力輸入量が増えることがある。
資料=ドイツ連邦系統庁
Monitoringbericht 2018
212頁
https://www.bundesnetzagentur.de/SharedDocs/Downloads/DE/Allgemeines/Bundesnetzagentur/Publikationen/Berichte/2018/Monitoringbericht_Energie2018.pdf?__blob=publicationFile&v=3
さて、フランス政府は、原子力の発電比率を現在の約71%から2035年までに50%に減らす方針を明らかにしている。
同国では、原子力産業が重要な雇用先となっている。このためフランスは原子炉をドイツのように段階的に閉鎖するのではなく、再生可能エネルギーの比率を増やすことによって、原子力の発電比率の引き下げを実現しようとしている。
フランスでは2017年に再生可能エネルギーが電力消費量に占める比率は16.3%に留まっており、ドイツ(2018年=38% *)に大きく水を開けられている。
ドイツの環境・エネルギー問題に関する研究機関「アゴラ・エネルギーヴェンデ」のディミトーリ・ぺスチア研究員は、2018年に発表した独仏間の電力取引に関する報告書の中でこのように述べている。
「ドイツとフランスは、パリ協定の目標を達成するには、2030年までに再生可能エネルギーの比率を大幅に高め、原子力、化石燃料の比率を引き下げる必要がある。フランスは原発の設置容量を維持する方針だが、将来欧州の電力市場で再生可能エネルギーの価格競争力が高まり、普及が進むにつれて、原発はstranded asset(収益を生まない役立たずの資産)になる危険がある」。**
フランスが将来ドイツのように脱原子力に踏み切ることは考えにくい。そう考えると、ドイツで消費される電力の中に原発からの電力が混ざる可能性は将来も否定できない。
ただし今後は各国で再生可能エネルギーの発電比率が増えていくことから、ドイツで消費される電力に混ざる原発由来の電力の比率が将来減っていくことは確実だ。
*https://www.bdew.de/presse/presseinformationen/rekord-erneuerbare-decken-38-prozent-des-stromverbrauchs/
**https://www.iddri.org/en/publications-and-events/report/energiewende-and-transition-energetique-2030
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