日本と同じ島国であり、歴史的にも深いつながりがある台湾。2016年に樹立した蔡 英文政権は脱原発・脱カーボンを掲げている。しかし、今まで火力・原発で賄われてきたエネルギーの転換は一筋縄ではいかない。東アジアの諸国は今後のエネルギー転換政策をどのように実現しようとしているのか。
JETRO(日本貿易振興機構)・アジア経済研究所で東アジアのエネルギー問題を研究している鄭 方婷氏が解説する。
台湾のエネルギー政策と政治の関わり
近年、台湾では従来の火力・原子力発電から再生可能エネルギーへのエネルギー転換政策が積極的に推進されており、国内外での注目を集めている。しかしエネルギー政策は台湾の政治に根深く残るイデオロギー対立などの影響を非常に受けやすい上に、幅広い階層・分野において行うべき改革が山積していることも事実だ。また、日本の状況とも密接な関わりがあることから、今後のエネルギー政策の動向が非常に気になるところである。
本稿では近年の台湾のエネルギー事情や、現民進党・蔡英文政権のエネルギー転換政策について紹介したい。
「サステナブル・エネルギー」政策
蔡総統は前回(2015年)の総統選中に、電源開発、発電効率の改善、再生可能エネルギーの推進、という三本柱からなる「サステナブル・エネルギー政策」を掲げ、総統就任後も一貫して強調している。
まず「電源開発」とは、台湾の国営企業である台湾電力会社(Taiwan Power Company:以下、台電)の「電力開発計画」を指す。この計画には、火力発電の温室効果ガス排出基準を現在の水準より厳格化することや、石炭火力発電の縮小とガス発電の拡大をセットで実施することなどが含まれる。
「発電効率の改善」には「省エネ計画」の徹底をはじめ、「デマンド入札(需量競價)」の導入により電力の大口ユーザーにピーク使用量時の節電を奨励するなど、夏の高温化に伴う電力不足や停電のリスクを減らす狙いがある。こうした改善で、長期的に産業界の省エネ技術レベルの向上を進める狙いがある。
3本目の「再生可能エネルギーの推進」だが、これは発電所の開発・建設に関する入札・審査制度と発電設備容量の上限設定の見直しによって、太陽光と風力発電を中心に再生可能エネルギーの発電量を拡大し、国際市場に参入するという長期的な目標である。
蔡総統は就任後の2016年には「非核家園、永続台湾」(原発のないふるさと、サステナブル台湾)のスローガンの下、脱原発を前面に推し出しつつ、更なる再生可能エネルギー推進政策を改めて発表した。この中でエネルギーミックスに関しても数値目標が記されている。
具体的には、昨年(2018年)度の国内総発電量の内訳が原子力10%、再生可能エネルギー(水力を含む)6%、火力84%であるのを、2025年までに原子力ゼロ、再生可能エネルギー20%、火力80%にするというものである。
蔡政権の定めた目標は原子力の全てと、火力の一部も再生可能エネルギーに置き換えるという、非常に野心的な内容になっていると言えるだろう。
2018年、蔡 英文 (10.10 總統出席「中華民國中樞暨各界慶祝107年國慶大會」Official Photo by Makoto Lin / Office of the President)
目玉政策としての屋上太陽光、洋上風力発電
昨年度、総発電量の僅か6%しかない再生可能エネルギーを、今後6年間で20%まで増やすというのは極めてチャレンジングな目標設定だ。しかし、台湾政府に勝算がないわけではない。
まず、台湾の産業界では屋上型太陽光発電、洋上風力発電といったクリーン・エネルギーをビジネスチャンスとして前向きに受け止める見方が強く、実際に環境も整いつつある。
2009年の「エネルギー管理法」改正と「再生エネルギー開発条例」の制定により、再生可能エネルギーの普及のための固定価格買取制度(Feed-in Tariff: FIT)が既に導入されている。また、政府の強力なバックアップにより、近年太陽光と風力発電への投資が実際に著しく増加している。
例えば、全発電設備容量に占める太陽光発電の割合は、2008年にほぼゼロだったのが2018年には5.2%に拡大している(図1)。この急発展を支えているのは、工場や住宅などの屋上に設置された太陽光パネルによる自家発電である(図2)。
今後、自家用太陽光発電の更なる普及や、台電と民間発電所の動向次第では、更に設備容量が拡大する可能性もある。
一方、風力発電については、陸上風力が主力であった2008年から2018年までの10年間で発電設備容量の伸びは約2.5倍にとどまったのに対し、今後は洋上風力の展開を見込み、2019年から2025年までの7年間で発電設備容量を約0.72GWから6.7GWと9倍以上に拡大させる目標を定めている。
台湾経済部が2018年に発表した試算によると、台湾海峡は世界屈指の洋上風力発電ポテンシャルを持つことから、2025年までの投資規模は風力だけで9,000億ニュー台湾ドル(約300億米ドル)に達する可能性がある。
脱原発はまだ道半ば
エネルギー資源に乏しく、地震や台風など自然災害によく見舞われるという点で、台湾は日本と似ている。それを知る台湾人にとって、2011年の東日本大震災後に発生した福島第一原発事故は極めてショッキングな出来事であった。
それまで推進されてきた原発政策に対して国民の不安が一気に膨張し、数十万人に至る大規模デモなど、脱原発運動の大きなうねりが生じた。
韓国や日本にも脱原発の動きがあったように、台湾の蔡政権では非核家園政策を通して脱原発の姿勢は一貫している。
政権発足後、政府の下に関係省庁間の調整を行う組織「能源及減碳弁公室」(Office of Energy and Carbon Reduction: OECR)が設置され、また同年1月には「電気事業法」(以下、電業法)を改正し、95条の「2025年までにすべての原発を停止させる」ことを定めたことで、脱原発への第一歩を踏み出したのである。
台湾の原発はすべて国営企業の台電が所有しており、これは国営の韓国電力公社(KEPCO)が全ての原発を所有する韓国と共通するが、民間企業が運営する日本とは異なる。
一方で台湾には原子力設備の製造産業といった民間の巨大な利権集団がなく、この点では日本とも韓国とも異なる。それ故、台湾の脱原発は、政治の強力なリーダーシップがあれば日本や韓国よりも比較的推進されやすいと考えることもできる。
とはいえ、裏を返せば原発利用の賛否が政治闘争の材料になりやすく、現実には常に冷静かつ客観的な論争がなされているわけではない。実際に前述の電業法第95条は、2018年11月、国民投票の結果を受けて廃止されている。
現政権の下では、一応脱原発の方針は維持されているが、関係法案の整備は次の総統選挙の結果に委ねられることになり、選挙後の政治的要因によって現在の方針が180度転換しても不思議ではない。台湾の脱原発の道程もまた、長そうである。
脱原発・脱カーボンの流れにあるが、ハードルも多い
今回は、台湾のエネルギー政策の転換について簡略に紹介した。台湾政府の現行方針は概ね原発の縮小と再生可能エネルギーの拡大という世界的なトレンドに沿ってはいるが、天然ガスへの依存や環境破壊の懸念など、乗り越えなければならない様々な壁があるのも事実である。
次回は、台湾の再生可能エネルギーの開発状況についてお伝えしたい。