一方、FC(燃料電池)の普及は家庭用燃料電池である「エネファーム」が中心になるとの見方もある。
日本は2009年、世界に先駆け家庭用燃料電池を販売すると、パナソニックやアイシン、京セラの3社を中心に高効率化や小型化、低コスト化などの開発を進めた結果、2020年度に普及台数が35万台を突破した。政府も2030年までに530万台まで拡大させる目標を掲げるほか、2050年には世界市場が約1.1兆円となり、年間約150万台が出荷されると見込む。
日本の3社が世界市場を取り込めるかはコスト低減にかかっている。家庭用燃料電池の販売価格(固体高分子形燃料電池の場合)は、販売開始当初300万円を超えていたが、ようやく100万円を切る水準まで低下した。さらなる普及に向けて、2024年までに80万円以下とする方針だ。
このほか、輸送部門において水素転換が期待されるのが船舶・航空分野だ。
商船三井、日本郵船、川崎汽船の海運大手3社は、2050年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにすることを目指している。脱炭素に向けては、各社が持つ自動車運搬船や大型ばら積み船などでCO2を排出しないアンモニアや水素燃料船への切り替えが不可欠だ。
商船三井は、船用低速エンジンメーカーのジャパンエンジンが世界に先駆けて開発する水素燃料エンジンを搭載し、実船での実証運航をおこなうほか、水素の安定調達に向け、アンモニアやメタネーションによる大量輸入に取り組む。
日本郵船は石油メジャーのBPと提携し、アンモニアや水素などの船舶用燃料の開発を急ぐ。また、東芝エネルギーシステムズ、川崎重工、日本海事協会、ENEOSとともに、中型観光船(旅客定員100人程度)の高出力FC搭載船舶を開発し、2024年に水素燃料の供給を伴うFC搭載船の実証運航をおこなう計画だ。さらに水素のサプライチェーンの構築を目指し、千代田化工建設などが主導するMCHプロジェクトなどにも参画する。
川崎汽船も、LNG運搬船の運航で培った経験などを活かし、液化水素の安全な運搬を支援するべく、豪州の褐炭から製造されるブルー水素の大規模海上輸送の実現に取り組む。もちろん、アンモニア・水素燃料といったゼロエミッション燃料の導入も検討中だ。
日本船主協会によると、日本の船会社が運航する船は約2,240隻あり、すべてをアンモニアや水素船に置き換えるには、約1兆円の投資が必要になるという。海運会社にとって1兆円は巨額だ。だが、脱炭素への転換によって、1兆円の新市場が生まれることを意味するだけに、長い不況に苦しんできた日本の造船業界の復活につながる可能性も秘めている。
航空分野でも水素航空機などの開発がはじまっている。欧州大手のエアバスは2035年までに水素航空機の市場投入を目指すと表明済みだ。水素航空機開発に向けては、国内でも2021年11月から、川崎重工が水素をエンジン燃料とした研究開発を本格化させている。2,000〜3,000キロメートルの航続性能をもつ機体など基幹技術の開発を手がけ、2030年度までに実証実験をおこなう予定だ。
三菱重工も水素航空機の軽量化に向けた成形技術開発などに取り組んでいる。重工大手は、新型コロナウイルスの影響をもろに受け、主力事業のひとつである航空機部門の不振から抜け出せていない。各社は水素航空機の開発などを通じて、航空機部門の浮上を狙っている。
もうひとつ、「つかう」分野で忘れてはいけないのが鉄鋼分野だろう。
水素から鉄をつくる水素還元製鉄の技術確立に向けて、日本製鉄、JFEホールディングス、神戸製鋼所のほか、欧州のアルセロール・ミッタル社や中国宝武鋼鉄集団などがしのぎを削る。製造工程で排出されるCO2が実質ゼロである「ゼロカーボンスチール」の世界市場は2050年に40兆円規模になると予想されており、巨大マーケットの争奪戦はすでにはじまっている。
水素は、水はもちろん、石炭やガスなど多様な資源からつくることが可能なうえ、発電や運輸、鉄鋼や化学部門など、さまざまな分野での利活用が見込まれるだけに、川崎重工や大林組などは神戸・関西圏における水素の社会実装に取り組む。トヨタを中心にした中部圏での取り組みも加速しており、地域経済の成長につなげようという機運も高まりつつある。
その一方で、水素関連事業が本格的に企業収益に貢献するには、まだまだ時間がかかる。大規模な需要を前に、日本企業が欧米や中国勢に打ち勝ち、水素ビジネスで存在感を発揮できるのか、注目が集まっている。
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