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2020年8月28日、安倍総理大臣は記者会見で辞意を表明した。7年8ヶ月という長期にわたる第二次安倍政権下では、エネルギー政策にも様々な動きがあった。安倍政権が終了し、次期政権へと移行することでエネルギー政策、そして再生可能エネルギーの今後にはどのような影響が出るのだろうか。元外務官僚の前田雄大氏(afterFIT)がその影響を読み解いていく。
安倍晋三総理大臣が自身の健康問題を理由に総理の職を辞任された。第一次のときも踏まえれば、内閣総辞職の後に、新総理が決まって内閣改造という流れになる。
世間の関心は目下、誰が次の総理になるかという点もあるだろうが、実は政策面においてどのような影響が出るかは、総理が誰になるか、閣僚人事がどうなるかの他にも、重要な要素がある。それは、官邸においてどの省が力を握るのか、という点である(閣僚の与える影響については、内閣改造後にまた分析をしたい)。
通常であれば、財務省が政府・官邸において力を持つというのが昭和・平成における長らくの慣行であった。しかし、安倍政権下においてはその慣行は継承されていない。
側近の位置づけである総理補佐官のうち、経産省出身官僚である今井尚哉、長谷川榮一両氏が2席を占める。秘書官についても経産省の秘書官の存在感が大きい。事実、総理の信任厚く仕えている佐伯耕三秘書官の名前がたびたび報道に出るのはその実態を反映していると言えよう(総理秘書官は他にも外務省等からも秘書官が出ているにも関わらず、である)。
経産省の官邸へのパイプは強固であり、かつ、そこの風通しは非常に良いものがあった。そして、強固であったがゆえに、経産省の通したい理屈が優先的にまかり通る世界がそこにあったと筆者は見ている。
それはエネルギー・気候変動政策についても同様である。
今回の内閣総辞職で官邸人事も一新される。したがって、経産省の強固な官邸へのパイプありきの政策の読み方は通用しなくなるのではないか。
官邸人事とともに、実はもうひとつ一新されるものがある。それは「安倍政権に振り付けてしまった政策」について、いつまでも整合性を追求しなければならないという論点がリセットされることである。
官僚は過去に振り付けてしまった政策との現状の政策の整合性を非常に気にする生き物である。特に総理、官房長官等に「振り付けて」しまい、それを世に送り出してしまった場合、その整合性をとろうという傾向は強まる傾向にある。ここで言う「世に送り出す」というのは、総理のスピーチや演説等の公への発表にとどまらない。外交において相手政府にトップセールスをした、というような話も含まれてくる。
エネルギーを取り巻く環境について、再生可能エネルギーがその存在感を増していることは、エネルギーを所掌している経産省も実感しているところであり、そこについては先日の記事でも言及した。
他方で、これまで累次にわたり、安倍政権下において重要性を唱えてきて、また、トップセールスをしてきてしまったものとの整合性も取らなくてはならない部分も多少なりともあった。そう、石炭火力と原子力である。
当然、政策は連続性があるものであり、また裏には産業界との調整があり、他とのバランスもとらなくてはならない世界であるので、リセット機能には限界がある。
それでもなお、内閣総辞職は、政策の転換の潮目となりやすいタイミングだ。
特に、目下の国際エネルギー情勢を踏まえ、かつ、民間からの要請も出始めているこの状況下において、再エネ重視の方向性に舵を切れるとしたらこのタイミングなのであろうと筆者は思う。エネルギー基本計画の見直し等が予定されていることから、この部分には期待したい。
一方、官邸と経産省との風通しの良さが失われるとすれば、総理を使って、霞が関で言うところの「タマ」を発表させることが、安倍政権時に比べ、これからしにくくなる。
(実はこれは官邸主導のものであったと筆者はにらんでいるが)、2018年の国連総会前の安倍総理のフィナンシャルタイムズへの寄稿文は気候変動について扱ったものであり、日本として取り組む決意が述べられた内容であった。
2019年の世界経済フォーラムにおいても水素やカーボンリサイクルといった内容を打ち出し、気候変動に取り組む姿勢を示してきていた。
これらの中身を見れば、いかにも経産省の影響色が濃いのが見て取れる。他方、エネルギー基本計画などで見え隠れする守りの姿勢よりも、創造性・新規性を重視したトーンが見えるところに、官邸の補佐官・秘書官の影響力の行使がまたうかがえるものとなっている。
こうしたある種、トップダウンでの指示に基づくエネルギーや気候変動を含む、経済の「タマ」が、総理含む官邸から打ち出される頻度もまた、経産省からの影響力低下によって変わってくるだろう。おそらくは、頻度が落ちる。
特に外交の場面において、エネルギー・気候変動関連の姿勢の打ち出しが弱まる可能性は十分にある。安倍政権下では外交の場でエネルギー政策を発表し、その政策を持ち帰って国内実施につなげていくというパターンも多くあったが、そうした頻度は落ちてくると考えられるわけだ。
今後、様々な外交の場で気候変動・エネルギー問題が取り上げられることが必至な中、そこに一抹の不安がないとも言えない。
外務省は二国間関係や安全保障には強い関心があるが、産業界を背負っているわけでもないため、果たしてどこまで気候変動・エネルギーの国際場裏の力学を理解するインセンティブがあるか、当事者意識を有しているかについては疑問がある。結果として、国際的な脱炭素化の潮流に国内状況の転換が間に合わず、日本が置いて行かれるという展開は十分にあり得る。
したがって、なおさら民間セクターは、自ら動きを加速させ、経済界全体としての影響力の行使という形で政府にも影響を及ぼし、脱炭素の方向に進んでいく必要がある。
新たに発足する内閣の下で願わくば、パワーバランスを保ちながら、「よいものはよい」と判断されること。また、再エネ・気候変動に関する官邸の実行力が発揮されることを望むばかりである。
参照
EnergyShift「7月の梶山発言と一連の動きから見る、日本の「脱石炭」政策と第6次エネルギー基本計画」
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